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「科学技術立国」復権へ、ノーベル賞有力候補の藤田氏ら推進する“出島戦略”の全容

「科学技術立国」復権へ、ノーベル賞有力候補の藤田氏ら推進する“出島戦略”の全容

千葉県柏市の民間研究施設「三井リンクラボ柏の葉」(イメージ)

研究開発の現場で、新たな産学連携の萌芽(ほうが)が見え始めた。ノーベル賞が有力視される藤田誠東京大学卓越教授らは複雑な構造を持つ分子でも簡単に構造を解ける「結晶スポンジ法」の社会実装を目指す中で、企業への技術提供や共同研究を推進。2022年度に研究拠点を千葉県柏市に移し、大学と企業が一体で研究できる環境を整える。企業や大学の本体から独立した組織で研究開発のスピードと自由度を高める“出島戦略”により、「科学技術立国」復権を後押しする。(飯田真美子)

【伸び悩む日本】産→速さ・結果重視/学→報酬に不満

岸田文雄政権の課題の一つである「科学技術立国の実現」には、日本が持つ多くの先端技術を高度化することが重要だ。そのためには大学・研究機関と企業との連携による研究開発を促進し、基礎研究の応用で成果を社会実装することが必須となる。

海外に比べ、日本の産学連携は研究者個人と企業の一部門との連携にとどまり、小規模なものが多い。政府は産学連携を促進するため、25年度までに企業から大学・研究機関への投資を14年度比3倍の約3500億円にする目標を掲げるが、伸び悩んでいる。

背景には、短期間での研究者の入れ替わりや研究費獲得の有無といった大学や研究機関が抱える現状と、企業が求めるスピード感のある研究開発にミスマッチが生じていることがある。

一方で企業が大学や研究機関の研究者に、成果に応じた適切な報酬を支払っていないという現実もある。藤田卓越教授は「大学の基礎研究を安く買いたたくようなことがあってはならない」と強調。大学と企業の一体研究を促進する新たな研究拠点を設けて、産学のボタンの掛け違いを解消する構えだ。

海外では産学連携の機能を大学や研究機関から切り離し、外部組織化することで効果的に研究開発を進めている。例えば、米ローレンス・リバモア国立研究所は米カリフォルニア大学や企業などの連合組織が運営するほか、独シュタインバイス財団は大学教授を非常勤リーダーとして雇用し研究開発を実施するといった動きがある。日本でも各機関から独立した組織を立ち上げる出島戦略が、産学連携を促進するカギとなりそうだ。

【結晶スポンジ法】分子の立体構造解析/「自己集合」応用

藤田氏は“産学の壁”を取り払うには、これまでと異なるオープンイノベーションが必要と考える。東大の社会連携講座も活用し、自身らが開発した「結晶スポンジ法」の社会実装に向けて、新たな産学連携の形作りに挑む。

結晶にX線を照射して構造を調べる「X線結晶構造解析装置」(藤田研)

結晶スポンジ法は、分子が自発的に構造体を形成する「自己集合」を応用した分子の立体構造の解析方法。自己集合でできた分子は中央が空洞のカプセルのような構造で、複数のカプセルの中に試料を染みこませると規則正しく分子が並ぶ。X線を照射すると、試料成分の構造を解析できる仕組みだ。微量の試料でも対応でき、さまざまな分野から注目されている。

藤田氏は結晶スポンジ法の社会実装には「大学の基礎研究と、企業の応用研究が一体となることが重要」と認識。22年度から新たな拠点で、産学が膝詰めで研究する体制に移行する。新拠点の民間研究施設「三井リンクラボ柏の葉」(千葉県柏市)では、複数企業が連携可能な合同研究室や誰でも気軽に話ができる交流スペースを用意する。産学の一体研究による相乗効果で、高付加価値技術の社会実装につなげる。

X線で結晶の構造を調べるための試料を作製する(藤田研)

【藤田氏の連携講座】定期勉強会で情報共有

藤田氏が担当する社会連携講座「統合分子構造解析講座」には20社近くが参加し、結晶スポンジ法を使った研究開発や技術の取得に励んでいる。手を動かす実験にとどまらず、各社が成果を発表する「勉強会」を定期的に開催。情報共有などコミュニケーションの活発化で、研究の質をさらに高めようとしている。

結晶スポンジ法の活用は未知の分子構造の解析に使われ、高砂香料工業やツムラなどは分子の構造が複雑な天然物の解析、製薬会社では創薬過程で見られる分解物や活性相関の解明に使われている。一方、ダイセルや日産化学は製品の製造過程で発生する不純物を特定し、生産工程の改良を目指すなど製造分野での応用も有望視される。

同講座での研究が製品化につながった例もある。キリンでは体内脂肪が減らせるとされる成分を同手法で解析し、特定した分子を使った健康飲料の販売が予定されている。

多くの分野で活用が期待される結晶スポンジ法。同手法に適した機器の開発や改良を視野に入れる分析機器メーカーもある。藤田氏とともに同講座を担当する東大の佐藤宗太特任教授は「勉強会で同手法の経験者とのやりとりを深めることが研究を進める上で重要だ」と話す。

インタビュー/東京大学卓越教授・藤田誠氏 誰も思いつかない発明を

―産学連携の新たな仕組み作りに挑戦しています。

「社会連携講座では、大学の基礎研究と企業の応用研究を同時に進めることを第一義としている。気軽に情報交換できる場も作り、広い視野で物事の本質を見抜きながら研究に取り組める体制だ。このような活動をクレイジーだという人たちに『どやっ!』と言えるような、誰も思いつかない研究や製品開発を実現したい。この産学連携の形がロールモデルとなり、日本全国に広がって科学技術の発展につながればと考える」

―新拠点での研究活動が間もなく始まります。

「拠点には大学の研究者と複数企業の研究者が滞在する予定だ。多くの人が集える共有スペースや若手研究者が自由に研究できる実験室などを備える。大学と企業、若手研究者で共同研究を進め、成果を社会実装できる場にすることを目指している。成果によっては、大学発ベンチャーの立ち上げなども視野に入れる」

―結晶スポンジ法をどのような分野に広げたいですか。

「微量な物質を研究対象にしている企業のニーズを開拓したい。例えば、エレクトロニクス分野では半導体に使う新材料の開発、食品分野では甘さなど味覚のメカニズムとなる分子の解析に応用できるだろう。これまで分子の構造解析の経験がない企業とも共同研究し、同技術を使って他社がまねできないような商品開発を後押ししていきたい」

日刊工業新聞2021年12月23日

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