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産業・先端技術基盤の底上げなるか、政府22年度予算案をまるっと解説【ポイント一覧】

産業・先端技術基盤の底上げなるか、政府22年度予算案をまるっと解説【ポイント一覧】

コンピューターの開発では再び“1位”を目指す(理研のスパコン「富岳」)

岸田文雄政権は「成長と分配の好循環」による「新しい資本主義」の実現に向け、デジタルやグリーンといった分野を重視した2022年度予算案を編成した。デジタル変革(DX)や脱炭素化をテーマに、技術革新を推進することでポストコロナを見据えた新たな成長戦略を描く。不透明感が拭いきれない経済情勢の中、わが国の産業・先端技術基盤を底上げする成長エンジンとなるか。

【デジタル】量子暗号通信の研究加速

岸田政権が掲げる成長戦略の根幹をなす「デジタル」と「グリーン」。岸田首相はこの2テーマを重点施策に選んだ理由を「世界全体の大きな流れに沿ってわが国の成長力を底上げする」ためと説明する。それには「市場機能だけに任せるのではなく、官民が協働し、外部不経済の克服、あるいは無形資産の投資などをしっかりと加速化することが重要」と認識。官民の枠を超えたイノベーションの創出が、経済・産業政策のカギを握る。それは各省庁の予算案からも如実に見てとれる。

デジタル政策の司令塔となるデジタル庁。同庁は9月の発足後初の当初予算として総額4720億円を計上した。そのうち、情報システムの整備・運用経費が4600億円を占める。各府省システムを含めた情報システム関係予算の一括計上により、情報連携を進めて国民に使い勝手の良い行政サービスの実現を図る。デジタル庁の運営や政策に係る経費に120億円を計上。牧島かれんデジタル相は「デジタル社会形成の司令塔という機能を果たしていかねばならないので、継続的に体制は強化していきたい」と述べた。

デジタル化の推進には通信網の高度化が欠かせない。総務省は第5世代通信(5G)の次の世代「ビヨンド5G」実現に向けて、民間や大学などへの公募型研究開発費などに100億円を計上した。戦略的な国際標準化、知財活動も進め、国際競争力を高める。また、量子コンピューター技術の開発が進む中、国家間で安全に機密情報をやりとりできる量子暗号通信網の研究開発に乗り出す。多様な実証が可能な環境を情報通信研究機構(NICT)に整備し、官民連携で早期の社会実装につなげる。

各省庁はデジタル化による産業基盤の強化にも力を入れる。国土交通省は「デジタル改革によるDX造船所の実現」に1億5000万円を盛り込んだ。従来はそれぞれで行われていた船型開発・設計、建造、運航・メンテナンスにかかわる各種システムを連携。造船所と実運航する船舶とのクラウドを通じたデータ連携、デジタル空間上でのシミュレーションなどを通じ、船舶のライフサイクル全体での効率化を目指す。

経済産業省はDX加速やデジタル人材育成などを目的とした関連施策に535億円を計上した。デジタルインフラ整備による基盤を形成し、企業や業種、地域の垣根を越えた動きを推進する。

【グリーン】脱炭素、地方から

20年に菅義偉前首相が宣言したカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を岸田政権も踏襲する。各省はさらに踏み込んだ施策を22年度予算案に盛り込んだ。環境省は50年の脱炭素実現に向け、「地域脱素移行・再エネ推進交付金」を創設し、200億円を計上した。意欲的な100地域を選び、自治体に交付して再生可能エネルギー発電設備の導入などを支援する。対象地域の第一陣を22年4月ごろに決める予定で脱炭素をめぐる自治体間の競争が始まる。

「デジタル」と「グリーン」の技術力を高めていくことで、成長力の底上げを図る(IHIのアンモニア混焼のガスタービン試験設備)

また、財政投融資で200億円を拠出してファンドを立ち上げ、再生エネ発電や大気中の二酸化炭素(CO2)吸収を促進する森林整備などを後押しする。公的資金を呼び水として民間資金も誘導し、総事業費1000億円規模を目指す。山口壮環境相は「地域や生活の脱炭素関連に総額1000億円以上を充てた」と強調した。

モビリティーやエネルギーなど、カーボンニュートラルに不可欠な重点施策も拡充する。経産省は脱炭素関連で6550億円を盛り込んだ。クリーンエネルギー自動車導入促進事業に155億円を計上。環境性能が優れた自動車の早期需要の創出や車両価格の低減を促す。

文部科学省は原子力分野の開発や人材育成に1470億円を計上した。また、日本原子力研究開発機構が所有する高温工学試験研究炉(HTTR)での水素製造に必要な技術開発や高速実験炉「常陽」の運転再開への準備などを進め、カーボンニュートラルの実現を後押しする。

持続可能な食料システムの構築にも目を配る。農林水産省は環境負荷軽減を推進する「みどりの食料システム戦略」の実現に向けた政策を推進。技術開発・実証事業に35億円、商品化や事業化につなげる産学官連携研究支援に40億円を計上する。関連予算は、1636億円に上る大型事業となる。

【私はこう見る】大和総研シニアエコノミスト・神田慶司氏
 歳出規模が大きくなったのは、新型コロナウイルス感染症対策予備費5兆円などが積まれたためで致し方ない面もある。成長戦略は科学技術振興費を確保し、デジタル、グリーンなど必要な分野を手厚くした。社会保障は薬価を引き下げた一方で、看護師、介護士の処遇を改善するなどメリハリを付けている。

大和総研シニアエコノミスト・神田慶司氏

懸念されるのは歳出拡大に歯止めがかかっていないことだ。1990年代と比べ歳入が5兆円増えた一方で、歳出は40兆円も増えている。コロナ収束を前提としても、歳入拡大だけでなく歳出抑制にすみやかに取り組むべきだ。海外のように第三者機関が歳入と歳出のバランスを監視し、政府に意見する仕組みの導入も必要となる。(談)

日刊工業新聞2021年12月27日

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