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微生物で石油化学製品の代替品。カーボンニュートラルのカギを握る「バイオファウンドリ」とは?

微生物で石油化学製品の代替品。カーボンニュートラルのカギを握る「バイオファウンドリ」とは?

NEDOは関東圏と関西圏に拠点を整備する(写真は発酵槽)

微生物の働きを活用し有用な物質を効率的につくる技術「バイオファウンドリ」に光が当たってきた。カーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現が社会課題となる中、二酸化炭素(CO2)排出量が少ない形で、石油化学製品の代替品を生産できる点が注目される。政府支援が充実してきたほか、事業化をにらみスタートアップの動きが活発化する。バイオファウンドリは経済成長とカーボンニュートラルを両立する切り札になるか。(小林健人)

AIなどで開発期間短縮

石油化学製品の製造では、原油由来のナフサを高温で分解する工程などで大量のCO2を排出する。業種別の排出量は鉄鋼に次ぐ2位で国内全体の約15%を占める。カーボンニュートラル実現には、石油化学分野でのCO2削減が欠かせず、バイオファウンドリが視線を集める。

以前からバイオを使ったモノづくりでは、有用な物質をつくる機能や、物質の大量生産を可能とする機能を持った微生物「スマートセル」が重要な役割を担ってきた。ただスマートセルの開発は困難。膨大な数の候補の中から、実験を繰り返し最適な微生物を選定する作業が必要で、開発には長い期間がかかっていた。

バイオファウンドリは、ゲノム編集などのバイオ技術と人工知能(AI)などの情報技術を組み合わせたシステムで、スマートセルの開発期間を短縮できる。

具体的にはまず開発したい微生物の候補をAIで絞り込む。続いてゲノム編集やDNA合成技術を使い遺伝子を設計・構築する。さらにその遺伝子の性能を評価。最後に結果をAIに学習させるという循環「DBTL(設計・構築・評価・学習)サイクル」を繰り返す。AIによる候補の絞り込み性能を高め開発を効率化する。

石油化学製品の製造をスマートセルに置き換えるイメージはこうだ。原料としてCO2そのものや、CO2を光合成によって回収するバイオマスなどを用意し、スマートセルに与える。それらから有用な物質をつくらせ、石油化学製品に発展させる。既存の石油化学のように製品を作るたびに炭素を地球上に排出するのではなく、生産プロセスの中で炭素を循環させる。

経済産業省はバイオマスを原料に使った製品を2035年までに、CO2などを使った製品を40年までに実用化する目標を掲げ、足元では研究開発支援を加速している。

NEDOも支援

一つは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「バイオものづくりプロジェクト」だ。NEDOは16年度からスマートセルの開発を支援するなど長年にわたりバイオ技術の社会実装を後押ししてきた。20年度からは7年間で138億円の事業予算を確保。微生物をより高効率に培養する方法など生産プロセスの開発に力を入れる。研究室レベルから発展し、産業利用に堪えうる微生物の開発を視野に入れる。

同プロジェクトの目玉は、関東圏と関西圏に整備するバイオファウンドリの実証拠点だ。関東圏では4月にもグリーン・アース・インスティテュートが中心となり、3000リットル規模の生産実証拠点を開設する。

関西圏では大阪工業大学などが、微生物の培養など生産プロセス開発を目的に、30リットル規模の拠点構築を進める。加えて神戸大学では、より高効率のスマートセル開発を担う。一連の拠点が揃うと、スマートセルの開発からプロセス開発、生産実証まで行える基盤が整う。

スタートアップも誕生

国内外でスタートアップの動きも活発化してきた。代表格は米ギンコバイオワークスだ。同社はスマートセルを設計、開発するプラットフォームを運用する。このプラットフォームから生まれた技術を他社にライセンスし、収益を得るビジネスモデルだ。

神戸大副学長でバッカス・バイオイノベーション取締役の近藤氏

日本では神戸大発スタートアップのバッカス・バイオイノベーション(神戸市中央区、丹治幹雄社長)が、スマートセル開発の効率化に挑む。同社取締役で近藤昭彦神戸大副学長は「バイオファウンドリはオープンイノベーションの考え方そのものだ。自社の知見だけでなく、他社の知見を得て開発を効率化できる」と話す。ラボ拠点を現在の約800平方メートルから1000平方メートルまで拡張する。23年からDNA合成装置などを順次導入し、拠点の機械化を進める。大腸菌や水素酸化細菌などの微生物を開発ターゲットにする。

bitBiome(ビットバイオーム、東京都新宿区、鈴木悠司最高経営責任者〈CEO〉)は、早稲田大学の細川正人准教授の開発したゲノム解析技術を使い、従来読み取りの難しかった微生物のゲノムを解析し、独自データベースをつくる。未知の微生物の遺伝子情報をバイオファウンドリに活用したいというニーズに応える。

米ツイストバイオサイエンスは、シリコンウエハー上にDNAを合成する技術を有する。既存方法よりも安価にDNAを合成できるのが特徴だ。野口匡則カントリーセールスマネージャは「アジアは成長市場。日本では製薬企業との連携を強化したい」と話す。将来は日本にも拠点を設ける計画だ。

米中との競争激化確実 情報技術軸に国家戦略必要

バイオファウンドリへの関心が高まっている状況について、千葉大学大学院工学研究院の関実教授は「第三次バイオブームの様相だ。1980年代、2000年代のバイオブームとは違う」と評する。背景にはカーボンニュートラルという追い風に加え、AIなど情報技術の進展があると見る。

近年、生物の全遺伝子情報(ゲノム)を低コストかつ素早く読み取れるようになった。DNAの塩基配列はAGCT(アデニン・グアニン・シトシン・チミン)の4種類で構成され、デジタルデータに変換できる。その配列情報から酵素の機能を予測する。

「解析された微生物ゲノムの数は加速度的に増加」(関教授)しており、情報がデータベースとして蓄積されることで、さらに予測の精度が高まるという好循環に入っている。しかし前途洋々と言える状況ではない。人間にとって有用な物質を多く作り出すには、一つひとつの酵素だけでなく、代謝など微生物のシステム全体を設計する必要があり、依然としてスマートセル開発の難易度は高い。

関教授は「微生物は非常に多様。それ故に、情報技術だけでは最適なものを見つけられない」と前置きしつつも、「開発効率化には情報技術が不可欠だ」と強調する。情報技術をさらに磨き、AIの予測精度を高められるかが鍵を握る。

米国はバイオファウンドリに集中投資する方針を示す。中国もバイオ分野への約11兆円以上の投資を決定しており、海を跨いでの競争激化が確実だ。情報技術を軸にどうバイオファウンドリを高度化していくか、日本でも国家戦略が問われる。

日刊工業新聞 2023年02月22日
小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
AIは万能ではないが、効率化には必須です。AIを使いこなすには、その結果をどう解釈するかといった要素も不可欠かと思います。日本からもギンコやアミリスを超えるような企業が出てくることを期待します。

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