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プラスチックの良さを再認識 自由な発想で使えるコップに込められた思い

プラスチックの良さを再認識 自由な発想で使えるコップに込められた思い

ウエノスケシタノスケ(同社提供)

カラフェのように、コップに蓋がかぶさるデザインが特徴の「ウエノスケシタノスケ」。「俺、水飲むの趣味だわ。」というキャッチコピーの通り、「シタノスケ」部分のコップに入れた飲料を飲みながら仕事などをする際に「ウエノスケ」で蓋ができ、飲み口を清潔に保てる。さらに蓋をコップや器として利用することも可能だ。美しい光沢と色合い、蓋と本体がスッと重なるように閉まる精工さがプラスチックとは思えない高級感を醸成する。

サイズとカラーバリエーション(同社提供)
 手掛けたのは、家電や自動車向けのプラスチック部品を製造するサカエ工業(栃木県栃木市)。2010年頃から自社製品開発を進め、医療・介護関係製品や食器などを十数種類の製品ラインアップを持つ。「使い捨てのイメージが強いプラスチック製品だが、素材の特徴を生かして長く使ってもらう製品を作りたい」と池添亮社長は意気込む。

大型部品の製造、組み立ても得意とする

アイデアを共同で製品化

同社の自社製品は介護用品からスタートした。池添社長の地元の知り合いが参加した医療関係の学校の研究報告会にて、「介護施設の自販機でペットボトルを売っているのに自力でキャップ開けられない人が多い」という話を聞いた。これを解決すべく、3年ほどかけて、軽い力でキャップを開けられる「スマイルオープナー」を開発、10年に発売した。「自分たちで作った製品が喜んでもらえ、エンドユーザーの反応が届く経験がすごく良いと感じ、そこから製品開発を継続してきました」と池添社長は振り返る。

自社製品開発にあたっては、外部との連携を重視している。医療・介護関連製品では、自治医科大や婦人発明家協会などのアイデアを共同で製品化。また、17年からはマルチクリエイティブ会社のザリガニワークス(東京都渋谷区)とともに、子ども向けのビアマグやカクテルグラス、ロックグラスといったユニークな製品を作ってきた。
 この流れの中で、大人が生活の中で使えるオリジナル製品を開発してみたい、という思いから、日用品関連のデザインを得意とするTENT(テント、東京都目黒区)に声を掛けた。サカエ工業、ザリガニワークス、テントの3社にて21年より開発がスタートした。「自社製品開発ではコンセプト作りが一番難しく、デザイナーなどプロの知見が必要だと考えています。思わぬ意見が出ることもあり面白く、当社としてはアイデアの実現に全力を尽くしてきました」(池添社長)。

池添社長と、同社の自社製品たち

ウエノスケシタノスケの開発では、底面が特に難しかった。
 高級感をもたらすために底面にある程度の厚みを持たせているが、厚すぎると射出した際に材料が暴れ、ヒケ(表面の歪みや凹み)やシワが出るなどの不良が発生しやすい。不良が出ない程度の調整に苦労したという。逆に飲み口部分は薄く仕上げている。
 さらに、ゲート(樹脂を流し込んだ痕)が見えないようにできるだけ小さくし、切断した後に機械で研磨、さらに職人が目視しながら1つひとつ研磨を徹底することで、痕が全く分からないほどの仕上がりを実現した。

(一番右より)成形し、ゲートを切断しただけのもの、底面を磨いている途中、ほぼ研磨が終了したもの

また、同製品にはトライタンという材料が用いられている。強度としなやかさが特徴だが、その分高価で、100円ショップなどで売られているような一般的なプラスチックコップ材料の4~5倍の価格だ。しかし、「長く安全に使ってもらう」という製品コンセプトを実現するためにはこの材料が適していた。
 「通常、プラスチック製品は『早く、安く』作ることが求められます。しかしこの製品ではゲート痕を手磨きしたり、高価な材料を使ったりと、ほとんどその逆のことをやっているんです。割れにくい、安全、さまざまな形を作りやすい、といったプラスチックの良さを生かし、技術力と製品コンセプトを組み合わせることで製品を長く使ってほしい。これは自社製品だから実現できることです」(池添社長)。

研磨の仕上げは1つひとつ職人が目視しながら行う
 22年から販売を開始し、これまでに約3000個を販売。今後は年5000個の販売を目指す。3色、2サイズ展開で、Sサイズが消費税込み2420円、Lサイズが2750円。現在、新たなカラーバリエーションも開発中だ。

生きている限りは自社製品を続ける

自社製品開発を進めて約10年。成果は製品の直接的な売上だけにとどまらない。製品を見た顧客からのOEMの問い合わせが増加し、大手飲料メーカーや日用品メーカー、京都の製茶メーカーのグッズ製作など、従来取引のなかった業界からの受注が拡大した。

また意外なことに、従来取引していた企業からも好評だという。「とある大手家電メーカーの担当者からは、『他業界との仕事を積極的に推進して、その成果を逆に教えてほしい』という言葉をもらいました」と池添社長は顔をほころばせる。3DプリンターやUVインクジェットプリンターなどの設備投資も行い、事業の幅を広げている。

「自社製品を作っていく大変さは始めから分かっていました。でも、『自分が生きている限りは自社製品を続ける』と宣言し、続けています」と池添社長は話す。
 現在、11点の自社製品ラインアップを20点ほどに増やし、売上比率の10%を達成することを目標に掲げる。「売れるものというより、作っていて楽しいもの、そしてお客さんにも喜んでもらえそうなものを製品化していきたい」(池添社長)と意気込む。
 環境負荷の観点などから、プラスチック製品に厳しい目が向けられている。そんな中、同社は長く使ってもらえる製品を通じてプラスチックの良さを伝えていく。

ニュースイッチオリジナル
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
底面研磨工程の改善にも取り組んでいます。研磨機を自社開発し、ある程度まで機械で研磨したのちに、最終仕上げを職人が実施しています。また、家電向け部品などを製造する工程では、射出後の製品を機械から取り出し、次のセットを行う作業をほとんどロボットが行っていました。「すべて人の手」が良いわけではなく、機械や自動化の良さをうまく組み合わせながら製品づくりをしている企業だと感じました。

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