56号本塁打の期待が高まる村上宗隆への申告敬遠は是か非か?「プロ野球のあるべき姿」を考える
2021年のペナントレースもいよいよ大詰めだ。セ・リーグでは東京ヤクルトスワローズが連覇を決めたが、まだまだ見逃せないのが村上宗隆の個人記録だ。日本人単独最多の56号本塁打への期待が高まる中、気になる数字がある。この10試合、村上は44打席で10個の四球、うち4つが申告敬遠。球場に訪れたファンからはため息が漏れ聞こえた。勝負を避けて歩かせるのは、是か非か。プロ野球のあるべき姿を考えたい――。
(文=中島大輔、写真=Getty Images)
日本人単独最多56号への期待が高まる村上宗隆との勝負を避けた申告敬遠の是非
東京ヤクルトスワローズが29年ぶりにリーグ連覇を決め、セ・リーグの焦点は大きく2つに絞られた。巨人、阪神、広島がクライマックスシリーズ(CS)の3つ目のイスを懸けて繰り広げる争いと、ヤクルトの主砲・村上宗隆が目指す2つの偉業達成なるかだ。今季MVP級の活躍で優勝の立役者になった村上はすでに55本塁打を放って史上2位タイとしている記録をどこまで伸ばし、そして2004年に松中信彦(元ダイエー)が達成して以来の三冠王に輝けるのだろうか。
2つの焦点は絡み合っているから、プロ野球ファンは最後まで目が離せない。9月27日の阪神戦を終えた時点でヤクルトは残り5試合。内訳は阪神、広島とそれぞれ2試合で、ペナントレース最後には10月3日に本拠地・神宮球場でDeNA戦が組まれている。
CS進出を目指す阪神、広島にとって、とりわけ警戒するのは村上だろう。あらためて今季の成績を見ると、いずれもトップの打率.320、55本塁打、132打点と圧巻だ(今季の成績は9月27日終了時点、以下同)。9月13日の巨人戦で54、55号本塁打を放った後の10試合は33打数3安打で「不調」と指摘する声もあるが、連覇を目指す重圧から解き放され、気分新たに打席に迎えることがプラスに働く可能性は十分にある。
球場に訪れたファンが期待する力と力の真っ向勝負
プロ入り5年目の村上が今季見せているすごみを表す数字の一つが、「四球」の数だ。すでに116個を選んでおり、77個の丸佳浩(巨人)、59個の大山悠輔(阪神)ら2位以下を大きく引き離している。
55号本塁打を打った後の10試合では44打席で10個の四球があり、そのうち4つが敬遠だった。ホーム、ビジターにかかわらず、球場に詰めかけるファンは村上が日本人最多の56号を記録する瞬間を待ちわびており、歩かされるたびにブーイングやため息のような声がテレビ画面越しにも聞こえてきた。
歴史的偉業を見守る観客が、村上の敬遠に落胆の声をこぼすのは至極当然だろう。プロ野球は「興行」だ。お金を払って見に来てくれるファンやスポンサーに支えられており、彼らが見たいものを提供できなければ価値は低い。三冠王達成となれば18年ぶり、セ・リーグに限れば1986年にランディ・バース(元阪神)が達成して以来36年ぶりで、村上の打席はそれほど貴重な“コンテンツ”といえる。王貞治(元巨人)が1964年に達成した年間55号本塁打を塗り替えれば、58年越しの記録更新だ。
ファンの期待が象徴的に表れたのは、9月18日に甲子園で行われた阪神対ヤクルト戦で0対0で迎えた2回、村上が先頭打者で臨んだこの試合の初打席だった。マウンドの藤浪晋太郎がフルカウントから内角高めにストレートを投じると、村上の打球はライトへの大きな飛球となり、佐藤輝明がフェンス際で好捕する。直後、甲子園の大観衆は大きな拍手を送った。おそらく力と力の真っ向勝負を繰り広げた藤浪と村上、そして好プレーを見せた佐藤への賛辞を表したのだろう。
ファンはこうしたシーンを楽しみに球場に足を運んでいるといっても過言ではない。藤浪が村上に勝負を挑んだからこそ見られたプレーで、プロ野球の醍醐味(だいごみ)が凝縮されていた。
プロ野球は「興行」であると同時に「スポーツ」。優先すべき順序は…
ただし、プロ野球は「興行」であると同時に「スポーツ」である。スポーツではプロアマ問わず「スポーツマンシップ」が重要になり、チームと選手が何より求めるべきは全力で勝利を目指すことだ。「プロスポーツ」における順序としてはスポーツマンシップがまずあり、その上でエンターテインメントをいかに成立させるかが肝になる。
そうした意味で、9月18日の阪神対ヤクルトは「プロスポーツ」として絶妙に成り立っているように感じられた。前述した村上の初打席の後、ヤクルトが1点リードした6回一死2塁の第3打席で阪神ベンチは申告敬遠を選択した。甲子園の観客は落胆の声を表したが、阪神とすればリードを広げられるわけにはいかず、塁を埋めた方が守りやすくなる。「エンターテインメント」として村上への故意四球は最悪だが、「勝負」の観点から見れば致し方ないといえるだろう。
個人的にも阪神は村上と勝負して抑えるのが「理想」と考えるが、敬遠は作戦の一つだ。現在はボール球をわざと4球投げなくても、「申告敬遠」がルールとして認められている。阪神は勝利を最優先して手を打った。
試合はそのまま進んでヤクルトが1対0で迎えた8回一死に迎えた村上の第4打席で、カイル・ケラーはフルカウントから真ん中低めのフォークで三振に仕留めている。一発を避けるなら歩かせることもあり得る場面だったが、真っ向勝負で打ち取ってみせた。
この試合の他に、村上が55号本塁打を放った後に敬遠された場面は3回あるものの、いずれも「致し方ない」といえる状況だった。そのうち2つは最下位に沈む中日によるものだが、当時はまだCS出場の可能性があった。数字的に可能性が無くなるまでは諦めず、仮に“消化試合”になったとしても目の前の勝利を目指すのがスポーツマンシップの観点から見ても重要だ。加えてプロ野球選手は「仕事」としてプレーしており、チームの勝ち負けは「お金」にも影響を与える。そうした観点を踏まえると、チームの勝利を優先して村上を歩かせるのは「仕方ない」と個人的には感じた。
「昭和・平成」と「令和」のプロ野球で変わったもの
村上が歴史的なシーズンを送っている中、あらためて驚かされるのは“穴”が極端に少ないことだ。テレビ中継で表示されるストライクゾーンを9分割したチャート表を見ると、今季はどのコースも満遍なく打っていることが分かる。2021年は外角低めが打率.200、内角低めが同.226だったが、今季は克服してきているのだ(データは『2022プロ野球オール写真選手名鑑』参照)。
穴が無く、少しでも甘くなると長打の危険性があるから投手たちは厳しいコースを狙うしかない。そこに持ち前の選球眼の高さが加わり、ダントツの四球数になっている。そしてペナント終盤、対戦相手にとって落とせない試合が続き、敬遠で歩かされるシーンも目につくようになってきた。
ただし、村上が55号本塁打を放った以降の打席を追いかけていくと、故意に歩かせても不思議ではない場面でもセ・リーグの投手たちは基本的に勝負を挑んでいる。コントロールミスは許されないと内外角ギリギリを狙った投球ばかりで、村上と対戦しながら投手たちは成長を果たしているはずだ。
海の向こうに目をやると、MLBア・リーグ最多本塁打記録に王手をかけるアーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)に、相手がわざと勝負を避けたという報道も目にする。
対して最終盤のセ・リーグでは、勝利を優先するためには仕方ないような場面でしか、故意に歩かせるシーンは見られない。昭和・平成のプロ野球では個人記録を優先して故意に四球で歩かせるシーンがペナントレース終盤では決して珍しくなかったが、令和4年の今年は変わった。
残りわずかの今季ペナントレース。白熱したCS出場争いと村上の大記録にファンの視線が注がれる中、一流アスリートらしい高潔な勝負を最後まで続けてほしい。
<了>
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