コラム:英大使辞任にイラン問題、疑心暗鬼渦巻く「世界新秩序」

コラム:英大使辞任にイラン問題、疑心暗鬼渦巻く「世界新秩序」
7月11日、トランプ米大統領を酷評した極秘公電が流出し、英国の駐米大使が辞任に追い込まれた事案を受け、英国は、厄介な問題に思案を巡らせることになった。写真は2017年1月、ホワイトハウスでメイ英首相とトランプ氏の会見に出席した当時の英国のキム・ダロック駐米大使(2019年 ロイター/Carlos Barria)
Peter Apps
[ロンドン 11日 ロイター] - トランプ米大統領を酷評した極秘公電が流出し、英国の駐米大使が辞任に追い込まれた事案を受け、英国は、厄介な問題に思案を巡らせることになった。
米国とのいわゆる「特別な関係」を意図的に覆そうと、公電を外部に流した人が国内の政府関係者や政治家にいたのか、それとも外国勢力による攻撃の餌食になったのか、という問いだ。
この苦しい問題は、ほぼすべての西側諸国の政治の中枢にある、気まずい構図を指し示している。
数カ国の主要国、少なくともロシアや中国、イランは、情報のリークや噂、そして政治的策略を、自国の地政学的目標のために利用することに長けている。
だが問題は、西側諸国の中で拡大している一部の勢力も、こうした戦術を取り入れていることだ。これは、事態解明を困難に、時に不可能にしてしまう。そして恐らく最も危険なのは、これが、国際的な空気が悪化の一途をたどり、それが正当なものかはさておき、被害妄想が拡大していることを意味している点だ。
こうした事例は、時とともに世界中で増加している。例えばイランと米国、その同盟国との対立は、最初は外交的「口論」で始まったものが、あっという間に石油タンカーへの攻撃や米軍無人機(ドローン)撃墜へとエスカレートし、全面的な軍事行動に極めて近いところまでいった。
水面下で何が起きていたのかは今も不明で、議論の対象となっている。だが、これは将来的にロシアや中国、または両国との対立が緊迫した場合に起き得る、憂慮すべきシナリオを示している。当事者が「ルール」を無視し、流血の事態も厭わない、それどころかそれを歓迎する時代が来る可能性だ。
<石油タンカー攻撃の裏側>
シリアやイエメン、ウクライナ、もう少し軽度とはいえリビアなどで、こうした計算と、それに伴う代理戦争が、すでに多くの人の命を奪っている。その以外の国や地域、特に西側では、国家同士の対立はほぼすべて流血の事態にならずに終わっている。
しかし、実際に何が起きているのかを解明するのは困難だ。実際のところ、当事者の多くは、明らかにこの「気まずい構図」とその結果生じる困惑を歓迎し、つけこもうとしているからだ。
湾岸地域で先ごろ起きたタンカー攻撃事件が、まさにこれを証明している。米国は、ためらいなくイラン、特にその精鋭部隊であるイスラム革命防衛隊を批判したが、米国の同盟国である欧州諸国を含めた他の国は、明らかに懐疑的だった。中東でささやかれていた仮説は、イラン国内の強硬派が、米軍を挑発して軍事行動を誘発すれば、国内のライバルに対して政治的優位に立てると考えて実行した、というものだ。
辞任した英国のキム・ダロック元駐米大使の場合、極秘公電が流出したのは、英首相の座を巡る競争と関連があるとの見方が広がっている。噂によると、ボリス・ジョンソン元外相が、英国のEU離脱(ブレグジット)推進派の声をより反映させるために大使を交代させようとした、というのだ。
もし英政府内の誰かが公電をリークしたのなら、それは英米の「特別な関係」を大きく傷付け、重大な公職守秘義務違反を犯したことになる。現段階では、情報の流出元ははっきりしないようだ。保守党党首選でジョンソン氏の唯一残った対立候補であるハント外相は、外国政府が関与した特段の証拠はないとしている。
<クレムリンのシナリオ>
ロシア政府のやり方とは整合性が取れるように見える。
民主党候補として米大統領選に出馬したヒラリー・クリントン氏からマクロン仏大統領に至るまで、メールなどが流出した多くの重大ハッキング事件の背後には、ロシア政府がいたとみられている。
事件後に明かになったことがだ、仏大統領のチームはこうしたハッキングを予期して、メールサーバーに偽の情報やデータを仕込んでいた。旧ソ連で働いていた人たちは、すでに一線を退いているスパイや現役のスパイが、様々な技術を使って情報を盗み、ライバルや交渉相手の足元を揺さぶって状況を有利にしようとすることに慣れている。
だが、これは何も、ロシアだけではない。オーストリアでは、社会を騒然とさせた「イビザ事件」の謎が、いまも政治的な尾を引いている。
ドイツの2紙が5月17日、スペインのイビザ島の別荘で録画したとされる、当時オーストリアの副首相で、連立与党で極右の自由党党首だったハインツクリスティアン・シュトラッヘ氏の会話を報じた。
その中でシュトラッヘ氏は、ロシアのオリガーク(特権階級の富豪)の姪と身分を偽った女性から、資金提供と、オーストリアの大手タブロイド紙買収の提案を受けていた。シュトラッヘ氏は最終的に疑問を感じて面会を終わらせてはいるが、映像が十分な痛手となり党首を辞任。年内に再び選挙が行われることになった。
この「罠」を仕掛けたのが誰だったのか、憶測が極秘裏に飛び交っている。オーストリアでは、疑いの声すら上げない人も多く、政治に疑心暗鬼が渦巻いていることを示唆している。オーストリアの警察は昨年、連立与党自由党の指示を受けたとみられる捜査の一環で、自国の情報機関を家宅捜索した。
「忠誠」がどこに置かれているのかを判断するのはほとんど不可能だ。多くのオーストリア人は、オフレコという条件ですら、イビザ事件の録画の背後に誰がいたのか推測を語ってはくれない。
<陰謀論>
より広い観点から見れば、この「マキャベリ的曖昧さ」の警戒すべき台頭は、民主主義に大惨事を招くリスクをはらんでいる。疑いもなく、これは極右やロシア政府など、情勢をかく乱させようとする勢力が好む「陰謀論」を勢いづかせる。そして国際的な舞台では、「計算違い」のリスクを劇的に高める。
自国内に容赦ない伝統を抱えるロシアや中国、イランなどの独裁国家とその指導者も、被害妄想を抱えている。こうした国々は、程度の差こそあれ、国内の反対勢力の背後に西側がいると考えている。香港のような市民の不満の高まりが拡大するにつれて、彼らの「懸念」は増幅するだろう。
こうした緊張関係が暴発するのを防ぐほぼ唯一と言っていい希望は、核保有国の間、そして国内の政党や派閥との間の双方に、オープンで率直な「外交チャネル」を持つことだ。
だが、こうした努力は英国駐米大使を巡るリークのような行為によってより困難になる。この件は、英外交官が権力について真実を正直に話すことを妨げかねない。
こうした妨害は、格差やテクノロジーの変化、そして気候変動など、現在の重要課題に取り組むことを阻害する。
混乱が自らの利益になると考える輩に事欠かないことは明らかだ。短期的には、彼らは正しいかもしれない。だが長期的には、われわれと同じぐらい過酷にその結果を受け止めることになるだろう。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。2006年にスリランカの内戦を取材中に交通事故に遭い四肢がまひしたため、国際情勢やグローバリゼーションのほか、身体障害についてもブログを書いている。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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