コラム:トランプ政権で手綱緩む、ホワイトカラー犯罪の訴追減少
Reynolds Holding
[ニューヨーク 19日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 「貧しくてかわいそうな弁護士だ」などと言う人は聞いたことがない。しかし、米国では司法の変化を映し、ホワイトカラー犯罪を担当する被告側弁護士の需要が減っている。変化とは、銀行その他の企業に対する訴訟の減少だ。もしかすると、米企業はついに素行を改めたのかもしれない。いやそれよりも、検察が見て見ぬふりをし、別の獲物を追い始めた可能性の方が高そうだ。
弁護士の採用が減っていることを示すのは状況証拠だけだが、その証拠には十分な説得力はある。Mリーガルやメジャー・リンゼー&アフリカなど、著名な法律関係の人材紹介企業によると、不正行為で訴えられた企業幹部に付く弁護士は、職を見つけにくくなっている。最も苦しんでいるのは権威ある検察上がりの弁護士たちで、かつてなら高給を得られる大手法律事務所への横滑りが確実だった。
主な原因は、訴追の手が和らいだことにある。米司法省の最新データによると、今年5月の連邦当局によるホワイトカラー犯罪の訴追件数は443件で、前月比約10%減少した。シラキュース大学の報告によると、過去5年では35%超減少しており、1月は337件と20年ぶりの低水準だった。
ニューヨーク大とコーナーストーン・リサーチによると、米証券取引委員会(SEC)が上場企業を相手に起こした民事訴訟の件数も、昨年上半期に5年ぶりの低水準となった。おかげで、企業も以前ほど弁護士を必要としなくなった。
公平を期すため記しておくと、多くの企業は行動を正している。例えばJPモルガンは2012年の「ロンドンの鯨」事件で巨額損失を出したのを機に、相談役と法令順守の最高責任者の職を切り離した。ゴールドマン・サックス、HSBC、バークレイズなども、法令と倫理基準の順守に関わる職務の権限を強めている。
こうした自主的に監督を強化しようという動きは報われている。例えば司法省は2月、ITサービスの米コグニザント・テクノロジー・ソリューションズの収賄事件について、取締役会が事件発覚後2週間で不正行為を全面開示したため訴追を見送った。オバマ前大統領が2期目の終盤に、遅ればせながら企業不正を取り締まったことも、現在の訴追減少に結びついているのかもしれない。
しかし、ホワイトカラー犯罪が大幅に減ったと考えるのは甘いだろう。銀行は特に、依然としてリスクが高いようだ。昨年はオランダのラボバンクの米子会社が疑わしい資金処理を行って規制当局の調査を妨害したことを認め、罰金を科された。
ビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)も詐欺の温床となりつつある。SECと米商品先物取引委員会(CFTC)は、未登録の証券を販売したなどとして少なくとも10社を摘発した。また米連邦取引委員会(FTC)は6月、個人情報流出に関してフェイスブックに50億ドルの罰金を科した。これらはもちろん、当局が把握した事例だけだ。
米政府が訴追を減らしたのはなぜか。原因の1つは優先順位の変化かもしれない。過去2年間、司法省は金融関係の不正より移民や薬物、粗暴犯に重きを置くようになった。SECは個人投資家を欺く小規模な不正の追及に目を転じ、クレイトン委員長は企業の取り締まりよりも「経済成長」の重要さを強調している。
もう1つの原因として、株価の上昇により不正行為が覆い隠されている可能性が考えられる。ウォーレン・バフェット氏の言葉を借りれば「だれが裸で泳いでいるかが分かるのは潮が引いた後」だ。また、プリート・バーララ、メアリー・ジョー・ホワイト両氏など、金融機関の不正を厳しく追及してきた元連邦検事も去った。
しかし最大の原因は、トランプ大統領と共和党が推し進める規制緩和路線にある。例えば昨年成立した経済成長・規制緩和・消費者保護法は、金融危機後に導入された小規模銀行への規制を緩和した。
ホワイトハウスは大気・水質汚染から有毒化学物質に至るまで、80を超える環境規制の撤廃手続きを進めている。トランプ氏の就任以来、ウォルマートやバークレイズといった企業が連邦当局による訴訟で支払う制裁金は、オバマ政権時代の数十分の1程度に減っている。
ただ、一部の法執行機関はこの緩みを補う構えのようだ。各州の司法長官は、伝統的に連邦当局が扱ってきたオピオイドや環境基準違反その他について、刑事・民事訴追を積極的に進めている。
ニューヨーク州司法長官は最近、不適切な販売手法を巡りオピオイドを製造・販売する多くの企業を訴追した。CFTCのジェームズ・マクドナルド執行局長は不正取り締まりの「手を緩めない」と言明した。
法律事務所までもが、法執行の緩和を受けて企業に自主監督を促している。大手法律事務所ワクテル・リプトン・ローゼン&カッツの最近のメモには、訴追の大幅減少は「企業が法令順守プログラムに投資し続ける絶好の機会」だと記されている。
もちろん商売のためのうまい宣伝文句だが、傾聴に値する。法の執行がやや緩んだときに社内監視を怠った企業は、当局が再びホワイトカラー犯罪への監視を強めたときにしっぺ返しに遭う恐れがある。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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