コラム:英議会は「ジョンソン首相」の暴走止められるか=田中理氏

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト
[東京 24日] - 英国では20日、メイ首相の後任を選ぶ与党・保守党党首選の第1ステージが終了し、ジョンソン前外相・前ロンドン市長とハント外相の2人が決選投票に駒を進めることが決まった。
両候補ともに、10月31日に延期された期限までに英国の欧州連合(EU)からの離脱実現を目指している。ハント氏は、「合意なき離脱(ノーディール)」の可能性を排除しないが望ましくはないというスタンスで、必要に応じて離脱期限の延長も視野に入れているのに対し、ジョンソン氏は合意の有無にかかわらず10月末に離脱すると主張している。
そもそも、ジョンソン候補は離脱キャンペーンの旗振り役を務め、メイ首相の離脱方針に反発して外相を辞任した人物だ。一方のハント候補は2016年の国民投票で残留票を投じ、その後に離脱支持に転向した。
20日の議員投票で77票を獲得したハント候補が保守党内の穏健派や残留支持者からも支持を集めるのに対し、160票で圧倒的にリードするジョンソン候補は、強硬離脱派からの支持を一身に集めるのと同時に、閣僚ポスト狙いで勝ち馬に乗ろうとする議員や、次の選挙に勝てる党の顔を欲する議員の支持も集める。
決選投票は十数万人の保守党党員による郵送投票で行われる。22日のバーミンガムを皮切りに、来月17日のロンドンまで英国各地で計16回の討論会が開催される。投票用紙は7月初旬に発送され、同月22日の週(23日が有力)に投票結果が判明する。
ハント候補はジョンソン候補の実務能力への不安や不誠実さを攻撃するとともに、自身のビジネス界での成功経験や、閣僚としての実績、安定感や誠実さ、EU首脳との良好な関係をアピールするとみられる。ただ、離脱実現を約束する同氏には、メイ首相と同様に国民投票で残留に投票した過去がつきまとう。保守党がブレグジット党に奪われた離脱支持者を奪い返し、労働党の政権奪取を阻止する上で必要な有権者への訴求力ではジョンソン氏に軍配が上がる。
今回の党首選で安全運転を心がけてきたジョンソン候補だが、決選投票への進出が決まった翌日、パートナーとの激しい口論に警察が出動する騒ぎも起こしている。一部の世論調査ではハント氏がやや追い上げているが、ジョンソン候補の優位は揺るがない。
<「ジョンソン首相」のブレグジットは難航へ>
ジョンソン首相が誕生した場合も、離脱協議の難航は避けられない。同氏は離脱後の北アイルランド国境管理のバックストップ(移行期間中に最終的な国境管理策がみつからない場合、英国全体が一時的にEUの関税同盟に残留する保険案)の見直しを求め、技術活用による国境管理策を主張している。だが、こうした提案は過去にEUが技術的に未熟だとして拒否してきたものだ。EU側は「将来関係の政治宣言」(離脱後の英国とEUとの将来関係の骨格を定めたガイドライン)の見直しに応じる可能性を示唆しているが、バックストップについて規定する離脱協定の修正には一切応じない姿勢を明確にしている。
ジョンソン首相が誕生し、離脱協議が行き詰まったまま、10月末の期限が近づいた場合、英国が合意なき離脱に突き進む恐れはどのくらいあるのだろうか。
ジョンソン首相誕生の可能性が高まった後、金融市場では合意なき離脱に対する警戒がやや高まっているが、そこまで切迫感のあるリスクイベントとしては受け止められていない。
市場の反応が限定的な理由の1つは、堂々巡りの議論に食傷気味で、半ば思考停止状態にあることが挙げられる。筆者が意見交換をする市場参加者からも、離脱協議の途中経過よりも、最終局面が近づいてきた段階での結論が知りたいとの声が聞かれる。
市場の不安を和らげるもう1つの理由は、議会が合意なき離脱を阻止するであろうとの期待感がある。その根拠は首相が変わっても議会の構成が変わらないことだ。離脱方針で意見集約ができずにいる議会も、過去に何度か行われた投票で合意なき離脱を回避する点では一致してきた。
ただ、議会の多数意見が合意なき離脱の回避を望んだとしても、それを阻止する手段を持つとは限らない。議会の審議時間を何に使うかは、議会ではなく政府が決定権を持つ。弱体化したメイ政権は、離脱協議で議会に協力を求めるため、そして残留派閣僚の辞任を阻止するために、さまざまな投票機会を与えることを余儀なくされた。
ところが、ジョンソン氏は合意なき離脱をEUに対する重要な交渉カードと考えている。強硬離脱派の支持を受けて首相に就任する同氏が、そう簡単に少ない手札を手放すとは思えない。党首選でジョンソン氏を支持する強硬離脱派の議員は22日、テレグラフ紙に寄稿し、次期首相に対して10月末の離脱実現を強く迫っている。
10月末の期限が迫れば、離脱期限が再延期されるだろうとの楽観論も聞かれる。ただ、離脱期限の延長は、英国政府からの要請に基づき、英国を除く全EU加盟国の賛成が必要となる。期限延長を要請するかの決定権は議会でなく、政府にある。合意なき離脱を交渉カードにしたい英政府は、離脱期限のぎりぎりまでチキンレースをしかける可能性がある。
<余裕のない審議日程>
議会の審議日程も偶発事故による合意なき離脱の可能性を高める。新首相が誕生する7月末に議会は夏季休会に入る。議会が再開するのが9月初旬。そこから1週間程度で今度は秋の党大会のために議会は再び3週間余りの休会に入る。新首相の離脱方針が承認される場とみなされる保守党の党大会は9月29日から10月2日に行われる。党大会終了後、10月上旬の議会再開から、EUとの暫定的な合意期限である10月17─18日の欧州首脳会議までが1週間足らず、10月末の離脱期限までもわずか3週間しかない。
新首相の暴走を議会が止める最終手段は、野党が提出する内閣不信任案に、与党の残留派議員が同調し、次期政権を不信任に追い込むことだろう。現在の議会構成では、保守党の3議員が離党覚悟で造反すれば、内閣不信任案が可決する。議員歳費の不正申告で議員の座を追われた保守党議員の後任を選ぶ下院補欠選挙が7月下旬に行われる予定で、そこで保守党が議席を失えば、わずか2議員の造反で内閣不信任案が可決する。
内閣不信任案が可決し、14日以内に改めて信任されない場合、議会の解散・総選挙が行われる。最近の世論調査では、保守党と労働党がそろって大幅に支持を落とし、代わりにブレグジット党と自由民主党が二大政党を上回る支持を得ている。二大政党に有利な小選挙区制で行われる下院選挙で、ブレグジット党や自由民主党の獲得議席は限られよう。
ただ、保守党はブレグジット党と離脱支持の有権者を、労働党は自由民主党と残留支持の有権者をそれぞれ奪い合っている。
5月2日に行われた下院補欠選挙が好例だが、離脱支持の接戦選挙区では、保守党とブレグジット党の間で離脱票が割れ、労働党が議席を獲得する可能性がある。総選挙となった場合、労働党が政権を奪取し、関税同盟残留を軸とする穏健離脱に方針転換するか、国民投票の再実施を経てEUに残留するとの見方も浮上している。
今の世論調査が示唆する通りの選挙結果に終われば、こうしたシナリオにはそれなりの現実味がある。再国有化や課税強化を掲げるコービン党首が率いる労働党政権の誕生は別の意味で金融市場をナーバスにするシナリオだが、そもそも次の選挙での政権交代が既定路線とは言えない。ジョンソン氏が保守党党首に就任すれば、ブレグジット党に奪われた離脱支持票の多くは保守党に回帰すると考えられるためだ。
自由民主党に支持を奪われている労働党は、2度目の国民投票の実施方針に傾いているとされ、離脱支持票を保守党に奪われる恐れもある。ジョンソン党首の誕生時には保守党とブレグジット党との選挙協力の話も一部で浮上しており、保守党政権の存続どころか、場合によってはブレグジット党と連立を組む可能性もある。
こうしてみると、ジョンソン首相が誕生した場合にも、議会が合意なき離脱を阻止し、解散・総選挙で労働党が政権を奪取するので、穏健離脱やEU残留に傾くとの楽観論が必ずしも成立するとは限らないことが分かる。
合意なき離脱への暴走を止めるのは、議会か、労働党か、ジョンソン氏自身か、あるいは誰にも止めることができないのか、その結論は秋に出そうだ。
*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
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編集:宗えりか

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