コラム:リセッション特効薬に求められる「新発想」

コラム:次のリセッションの「特効薬」とは、求められる新発想
6月12日、グローバル経済に減速の可能性が見えてきたことで、債券市場には焦りが生じている。写真は2009年12月、ニューヨーク証券取引所の床を掃除する従業員(2019年 ロイター/Mike Segar)
Edward Hadas
[ロンドン 12日 ロイター BREAKINGVIEWS] - グローバル経済に減速の可能性が見えてきたことで、債券市場には焦りが生じている。だが、多くのエコノミストは別の理由から懸念しはじめている。
それは、各国中央銀行が打ち出せる金融政策が弾切れ状態になっているという点だ。これまでにない斬新な発想が求められている。
資産運用担当者らは経済の減速を予想しており、その後に金融緩和政策が続くものと見ている。つまり、政策金利の引き下げだ。債券投資家はそれに備えて長期証券を買い込んでおり、10年物国債の利回りは、米国債で2.1%、ドイツ国債ではマイナスに落ち込んでいる。
確かに、深刻なリセッションに対する各国中央銀行の準備は不十分だ、米国でさえ、利下げによって融資や在庫積み上げ、生産的な投資を大きく刺激するには、2.4%という現行のフェデラルファンド(FF)金利では十分に高いとは言えない。政策金利が0.75%の英国、マイナス金利のユーロ圏はさらに不利な状況だ。
金融当局としては、紙幣を増刷して資産を購入する、いわゆる量的緩和政策を復活させることもできる。すでに欧州中央銀行の政策担当者の一部にはそうした議論が見られる。だが、これまでに量的緩和によるポジティブな経済効果があったとしても、あまりにも小さくて明瞭とは言いがたい。
多くのエコノミストは、政府財政赤字を拡大する方がリセッション対策としては効果的だと考えている。だが、これに同意する政治家は多くない。実際のところ、各国の議会にショックを与えて財政拡大に向かわせるには、もう一度2009年並みのグローバル金融危機が必要だろう。
現代金融理論(MMT)なら話は明快かもしれない。偉大な経済学者ジョン・メイナード・ケインズが発案したアイデアに多くを負っている、マクロ経済への1つのアプローチだ。
MMTの代表的な提唱者であるランドール・レイ氏は、柱となる考え方を次のように説明する。「高い負債(債務)比率に繋がる道は2つある。マズい方法とうまい方法だ」。
経済全体の繁栄に役立つのがうまい方法であり、エリート層を中心とする少数の人にしか利益をもたらさないのがマズい方法である。
金融政策についても、これと同じような2つのタイプを想定することができる。マネーの創出が経済にとって吉と出るか凶と出るかを決めるのは、融資の量や借入コストの増大や減少ではない。重要なのは、新たに生み出されたマネーがどこに使われるか、である。
近年の緩和的な金融政策は、設備投資や雇用創出を促すというよりも、金融資産の価格を上昇させる効果の方がはるかに大きい。また、金融市場における投機的活動の収益性が高まり、優秀な人々が実体経済から離れてしまう。これが「マズい方法」だ。
「うまい方法」を促すために、中央銀行当局者が視点を変えるべきである。
政策金利にあまり心を砕くことなく、経済的に有効な融資を促すことにもっと注意を払うべきだ。それこそが、巧みに練り上げられた産業政策や雇用を促進する労働改革にも匹敵する金融政策なのである。
抑制すべきものの好例が、レバレジッド・ローン(信用度の低い企業向けローン)である。特に政策金利が非常に低い時期には、既存企業のバランスシートに債務を追加することは、プライベートエクイティ投資家に利益をもたらす可能性がある。だがそうしたやり方は、新規の設備投資にとっては有害となる傾向がある。特に、経済成長が減速し、そうした新規設備投資が何よりも求められている時期であれば、なおさらだ。
監督当局は、そうした経済的に有益な融資を促すように融資のリスク評価を調整することにより、視点の転換を後押しすることができる。「マズい」融資には「うまい」融資よりも多くの資金が必要になるのだ。
政府による税制や支出も、有益にもなれば有害にもなる。MMTが説明しているように、政府債務の大きさ自体が問題なのではない。問題は、政策の選択にある。この洞察はどんな場合でも的確である。深刻な景気後退においては、特に切実であろう。
結局のところ、生産的な融資が有利になるように金融監督当局がすばやく行動できるわけではなく、一般的に、融資は経済全体にゆっくりと浸透していくものだ。対照的に、政府が投じる資金はほぼ一瞬で生み出され、迅速かつ生産的に使われる。ただし、それがふさわしい相手に渡る場合に限られるが。
MMTを批判する人々が、不適切な用途に過大な資金を投じることによって、「マズい」巨額の赤字と政府支出が生じることを懸念するのは正しい。公共事業に関して、ムダや利益誘導、縁故資本主義といった言葉が連想されることが多いのは偶然ではない。
こうした腐敗を伴うムダな支出の例は、中国でふんだんに見られる。この国では、政府が斡旋する巨額の融資・財政プログラムが成長率の維持という点で全般的に効果を挙げてきた。巨額の資金が見当違いの使途に向かうリスクは、米国でも大きい。以前から官僚機構が正当な評価を受けず、企業のロビー活動の方がはるかに大きな影響力を振るってきたからだ。
それほど力の強くない政府がそれでも前進するための方法は、政府債務によって調達した資金を、国民や企業に効果的に使ってもらうことだ。
たとえば、新たに生み出された雇用を対象とする雇用税の引き下げなど、対象を絞った税制の変更は、意志決定を民間に委ねることになる。また、特に貧困層を対象とした債務免除を提供することも、経済にとってプラスになるかもしれない。消費を刺激し、経済への信頼感を増し、そして特に米国においては格差を縮小することになろう。
こうした金融・財政政策の組み合わせは、現時点では政治的に不可能である。しかし、1930年代の大恐慌が始まった頃には、ケインズ流の財政赤字も論外だと見なされていたのである。
困難な時代に入ると、旧来の正統的な考え方が捨て去られる場合がある。金融・財政政策に関する現行のルールも、見直しに向けて機は熟しているように思える。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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