焦点:隠れ家に逃走手段、香港デモ隊を支える市民の輪

Sarah Wu
[香港 20日 ロイター] - 朝、目を覚ましたマクさんのもとに、子供たちが驚いた表情で駆け込んできた。おもちゃの台所セットやブロック、電車や自動車の模型、ドラムセットが散乱する子ども部屋の真ん中にあるエアベッドで、見知らぬ男性が眠っていたからだ。
男は香港で続く反政府デモに参加していた21歳の若者だった。抗議活動にもっと加わっていたいという思いで仕事を辞めたが、家賃を払うだけの収入がなくなったため、法律関係の仕事に従事するマクさんが自宅に招き入れていたのだ。
この男性が誰なのか、なぜ家にいるのか、6歳の娘と3歳の息子から初めて問われたとき、マクさんは「この同じ街に困っている人がいて、私たちはその人たちの力になれるということだ」と答えた。
「何か私にも貢献できないか、と考えていた」と姓だけを明かしてくれたマクさんは言う。「抗議に参加している若い人たちが、十分にお金を持っていなかったり、住まいや休む場所にも困っていることが分かった。私たちにも、最低限それくらいは提供できる」。
<摘発恐れ、匿名での支援>
マクさんの例に見るように、抗議の最前線には立たないものの、抗議参加者を支援している香港市民はたくさんいる。抗議デモはほぼ無許可で、ますます暴力的になっているため、自ら参加する勇気はないとしても、運動に貢献したいとは思っているからだ。
ロイターは、抗議参加者を支援する市民10数人に取材したが、いずれも匿名を希望するか、断片的な個人情報しか明かしてくれなかった。混乱が続く5カ月以上にわたり、5000人以上の抗議参加者を逮捕してきた警察による捜査を恐れているためだ。
抗議集会後は道路が封鎖され、鉄道の駅も閉鎖を余儀なくされることが多いため、提供される支援は隠れ家から車への便乗まで多岐にわたっている。こうしたプロセスのなかで、エアビーアンドビーやウーバーの無料版のように機能しているわけだ。
単位面積当たりでみると世界でも最も高額な不動産が多い香港だが、カトリーナさんのように、過密状態の狭苦しい集合住宅で暮らす市民も少なくない。
教会で働く34歳のカトリーナさんが夫とブチ猫と暮らす住居は、リビングとダイニングとキッチンを兼ねる部屋が1室、ベッドルーム1室、それに小さなオフィスという構成だ。それでも7月以来、彼女は7人の抗議参加者を迎え入れてきた。
「素晴らしい環境ではないが、彼らが本当に隠れ家を必要としているなら、路上に居るよりはいい」とカトリーナさんは言い、複数の抗議参加者を泊めるときにリビングルームの仕切りに使うブルーシートを指さした。より多くのスペースを空けるため、彼女は食卓用の椅子6脚を処分し、特に緊張が高まった夜には4人の抗議参加者を匿ったという。
カトリーナさんとマクさんは、フェイスブック上のグループを経由して接触した若い抗議参加者に自宅スペースを提供しているが、このグループには90人近くが参加している。また、メッセージアプリ「テレグラム」上には、抗議参加者向けに法律面での支援、公共交通機関の利用カード、食糧引換券、防護服などを提供するグループが少なくとも2ダース以上存在し、参加者は数千人にも達している
<「政権側が若者を無視している」>
抗議運動を支援する香港市民の数を計算する決定的な方法はない。逃亡犯条例への抗議として広がった活動は、いまや返還後の香港に保障された自由に対する介入への抵抗へと変貌してきた。中国はそうした介入を否認している。
香港中文大学が先月750人を対象に行った電話アンケートによれば、抗議参加者が掲げる普通選挙権の要求を支持すると答えた回答者は、前月の74%から80%へと増加している。
これとは別に10月に行われた世論調査では、四面楚歌の状態にあるキャリー・ラム(林鄭月娥)香港行政長官の支持率は、返還後の歴代長官のなかで最低となっている。
ラム長官は、自身の行政府に対する不満が広がっていることを認めつつ、エスカレートする暴力を批判している。ここ数日は、包囲された大学で抗議参加者と警察部隊との抗争が続くに至っており、最近の衝突では、催涙ガス、放水銃、火炎瓶が多数用いられ、何十人もの負傷者が出ている。
カトリーナさんは、自分としては暴力には反対だと言いつつ、彼女が匿っている人々が抗議の際に何をやったか尋ねようとはしない。
彼女は、政府にとっては、なぜ抗議参加者が暴力に訴えなければという気持ちになったかという問題の方が大きいと言う。
ラム長官は自分がどのような存在と見なされているかコメントしていないが、カトリーナさんは「長官は、自分は母親であり、香港の若者たちを我が子のように扱っている、と言う。だが、その子どもたちは、なぜ注意を惹くような行動を起こしているのか」と問いかける。「政権側が、彼らを無視しているからだ」。
先月の香港中文大学による調査では、行政府が大規模で平和的な抗議行動にきちんと対応しなかった場合は暴力的な戦術も正当化されるとの回答は全体の60%にとどまった。抗議活動が殴打や刃物の使用、さらには銃撃まで見られるほど暴力的にエスカレートしている中で、こうした支持に影響が出る可能性はあるが、今のところ、オンラインのグループを通じて抗議参加者に提供される支援に変化は見られない。
「市民は実際に(抗議参加者の)要求を支持しており、政府の対応に怒っている。市民としては、抗議参加者の暴力を非難しにくい」と調査を実施したフランシス・リー教授(ジャーナリズム論)は言う。
<デモ長期化、家族内の対立も>
スンさんはある日、彼女の抗議参加を知った母親に家から叩き出されたという。
「何も持たず、靴さえ履かずに出てきた」とスンさんは言う。彼女の他にも、抗議への参加をめぐって親とけんかになり、家を出てきた、あるいは追い出された若者は多い。
「絶望感を味わった。どうすればいいのか分からず、ただ、それでも抗議には行く必要があると分かっていた」と彼女は言う。
抗議が何カ月も続くなかで、一部の家庭では深い断絶が生じている。子どもが逮捕される、あるいは今後のキャリアに傷がつくことを心配する親が、デモには参加するなと警告するからだ。
抗議に参加する若者たちは、最近は夕食の時間が怖いという。夕食は香港の家庭生活における重要な柱だが、デモをめぐる口論になってしまうのが当たり前になった。
混乱をめぐるストレスやトラウマは、医療・福祉サービスでは手に負えないメンタルヘルス上の問題を生み出している。抗議に関連する自殺も数件起きており、この夏、ラム長官は、「香港の社会に深く根ざしている根本的な問題」を指摘した。
ティーン世代支援のNPOで働く45歳のナムさんは、200人以上の若者と日常的に接している。その中心は労働者階級の抗議参加者で、親に家を追い出される、仕送りを止められる、学費の支払いを拒否されるといった境遇にある。
ナムさんがこうした問題に対する注意喚起のため、若者たちのエピソードをフェイスブックに投稿しはじめると、すぐさま大きな反響を呼んだ。ナムさんによれば、投稿を開始してから、支援したいと希望する人々から1万件以上のメッセージを受け取っているという。
「支援はすべて私のおかげだと思っている若者もいるが、私の背後には多くの人々がいる、と話すようにしている。すると、彼らは泣き出してしまう」とナムさんは言う。「必要不可欠なニーズを満たすというだけでなく、見知らぬ人からの愛と気遣いがありがたいのだ」。
<逃走を助けるドライバーたち>
27歳のチュンさんは、繰り返し抗議の現場となっている九龍半島の繁華街・尖沙咀のユースホステルで働いている。
勤務先のオーナーからは、抗議参加者は無料で泊める、警察による摘発を避けるため、ヘルメットやマスク、楯といった抗議ツールを保管してやる、といった指示があったとチュンさんは言う。
「香港市民は利己的だと思っていた」とチュンさんは言う。「でも今は、私たちは公共の利益に基づいて動いていると思える。私やあなたのためではなく、皆のためだ」
抗議の現場から参加者を安全に帰宅させることを目的とするオンラインのチャット・グループは多い。さまざまな社会階層のドライバーが、スマートな高級車であれ薄汚れたセダンであれ、抗議参加者を乗せて走っている。
そうしたグループの1つ、企業のウーバーとは何の関係もないのに「ウーバー・アンビュランス(救急車)」と名乗るグループは、登録メンバー3万2000人以上を数え、出動要請のときには隠語を使っている。抗議参加者は通常「生徒」、抗議活動は「学校」、使われる車は「スクールバス」、ドライバーは「父兄」、抗議ツールは「文房具」といった具合だ。
たとえば、「放課後、生徒を迎えに来られる父兄はいませんか」などと投稿する。
エリックさん(34歳)は、日中はお抱え運転手として働き、勤務時間後は抗議参加者を乗せているという。抗議の最前線に立つのは怖いが支援したい、とロイターに語った。
エリックさんがある晩、中心街での抗議を終えたティーン世代の少年たち3人を乗せて新界地区に向かったところ、彼らは夢中になって女の子の話を始めたという。
だが、気軽なおしゃべりは突然終わった。仲間の何人かが逮捕されたというメッセージが入ったからだ。
「彼らは抗議現場から脱出しようとしており、警察に追われていた。それでも、女の子たちについて話す余裕はあった」とエリックさんは言う。「何と言っても、彼らはまだ10代なのだ」。
「正直なところ、今後がどうなるか、とても不安だ。だが1つだけ確かなのは、抗議が行われるたびに私が車を走らせるということだ」。
(翻訳:エァクレーレン)

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