焦点:高くついたゴーン流経営、日産に残した身勝手と不正のツケ

アングル:高くついたゴーン流経営、日産に「身勝手」と「不正」のツケ
 3月20日、巨額の負債で瀕死状態にあった日産自動車をⅤ字回復させたカルロス・ゴーン前会長。写真は6日、都内で撮影(2019年 ロイター/Issei Kato)
[横浜市 20日 ロイター] - 巨額の負債で瀕死状態にあった日産自動車<7201.T>をⅤ字回復させたカルロス・ゴーン前会長。しかし、かつて同氏のカリスマ的経営手腕に日産社員が抱いた絶大な信頼はすでに消え、同社内にはむしろゴーン氏の強引な経営への疑念と批判が渦巻いている。
救世主として迎えた敏腕経営者を刑事告訴するに至った日産社内の変化はどのように広がったのか。ロイターの取材の中で、その重要な伏線のひとつが2007年に起きた出来事にあったことがわかった。
<機関決定直前の変更要請>
同年9月、インドにおける販売・マーケティングのパートナー会社の選定をめぐり、ゴーン氏は周囲を驚かせる行動をとった。事情に詳しい4人の同社関係者によると、パートナー会社の最終候補になっていたのは、自動車関連ビジネスなどを展開するインドの企業グループ、TVS。しかし、TVS採用を機関決定する執行委員会の開催日の2日前にゴーン氏は突然、別の会社であるホーバー・オートモーティブ・インディアを自身の候補企業として後押しする動きに出た。
それを受け、日産のある幹部は執行委員会を準備していた社員らに、TVSではなく、ホーバーを望むとするゴーン氏の意向を文章で送付。ホーバーの選定が確実になったという。
ホーバーの創業者で会長のモエズ・マンガルジ氏は、ゴーン前会長が家族ぐるみで付き合いがある人物だった。しかも、ホーバーはパートナー会社の候補のひとつにはなっていたものの、自動車取引やマーケティングでの経験が不十分と判断され、最終候補からはすでに外されていたという。
ゴーン氏が自分の友人を助けるために日産に負担をかけた一例だーー。同社の関係筋は日産社内の受け止め方をこう表現した。ゴーン氏がこれによって個人的な恩恵を受けたという証拠はないが、同氏に対する日産内部の疑惑調査の中で、この時のゴーン氏の言動は深刻な問題事例として浮かび上がった。そして、日産の一部役員にとって、この出来事が自社を破綻の瀬戸際から救った人物の底意に疑問を抱く決定的な瞬間になった、と社内関係者は振り返る。
<経営陣は反発せず>
こうした日産側の見方に対し、 ゴーン前会長の広報担当者は、ホーバーのために介入してはおらず、提携に関する決定はすべて執行委員会が下した、と説明している。
さらに同氏側は「根拠のない非難や特定の日産幹部による絶え間ないリークは、ゴーン氏の評判を汚すだけでなく、(仏ルノーとの)アライアンスの力関係を揺るがして白紙に戻し、日産の憂慮すべき業績から目をそらさせるための明白で恥ずべき試みだ」(広報担当)との厳しい批判声明を出した。
ホーバー創業者であるマンガルジ氏の代理人も、ホーバーには豊富な経験を持つ専門家が勤務していたとし、「ホーバーはゴーン氏や他の誰からも特別待遇を受けたとは一度も認識していない」とし、便宜供与の存在を強く否定している。
それから5年後、2012年にインドの日産ディーラーが販売不振について幹部らに抗議し始めた時も、ゴーン氏はホーバーを支持し続けた。抗議の声は勢いを増し、13年には日産のインドのディーラーを代表する複数のグループが日産幹部らに書簡を送り、事態収拾への介入を訴える事態となった。日産は翌年、ホーバーとのパートナー契約の打ち切りに踏み切った。
ロイターは、ホーバー選定に関する意思決定の一部をまとめた日産の内部文書も確認した。
ゴーン氏の行動に他の経営陣は歯止めをかけることができなかったのか。関係筋によると、ゴーン前会長が機関決定を覆すような形でホーバーを推した件のほか、社内で問題視する声もあった中東の販売代理店に関する別の事項についても、日産の意思決定機関のひとつであるエグゼクティブ・コミッティをはじめ、経営陣の反発はほとんどなかったという。
「いろいろな意味で、ゴーン氏の言ったことに疑問をはさむ必要はないという暗黙の了解があった。それは彼が下したほぼ全ての決定に当てはまる」。関係筋の一人は日産社内でゴーン氏の独断を抑える機能が働いていなかったことを認めた。
<変わる日産の経営手法>
昨年11月19日のゴーン前会長逮捕の1週間後、日産の西川廣人最高経営責任者(CEO) は社員向け説明会で、1人の人物に過剰な権限が集中していたのは明白で、経営陣は十分に対応しなかった、と述べた。
「19年間、私を含む経営陣、この勝手を許し、不正を許してしまったということに対するこの後悔、皆さん同じだと思いますけれども、もう少し言うと、自分の力不足、無力感というものを実は感じております」。
西川CEOはこう語り、「私たちの最大かつ喫緊の課題は、ゴーン氏の長年のリーダーシップとコーポレートガバナンス(企業統治)によってもたらされた負の遺産を拭い去ることです」と続けた。
日産とその筆頭株主であるルノーは先週、ゴーン前会長に権限が集中していた旧体制と決別し、今後は新組織「アライアンス・オペレーティング・ボード」を通じ、ルノー、三菱自動車<7211.T>との3社トップによる合議制で戦略を策定すると発表した。ルノーのスナール会長は新組織の議長に就くが、日産の会長には就任しないと明言した。
日産の企業統治のあり方を議論している「ガバナンス改善特別委員会」(外部有識者で構成)は今月中に、役員人事や報酬に関する手続きを含め、企業統治の見直しに向けた提言を行う見通しだ。
こうした反省は、日産の経営手法の大きな変更にもつながっている。ゴーン流経営では、「コミットメント」と呼ばれる販売と収益性に関する野心的な目標を設定し、それを達成できない場合は経営陣が責任を問われる、という信賞必罰の考えが根底にあった。
西川CEOは社員に対し「(経営目標は)これができなかったら大変だぞということで、スレット(脅し)の形になっているように感じます。 従って、やはりそういう部分はより健全な形に変えていく必要があります」と語った。
<不透明な資金の流れ>
ゴーン前会長への社内の見方が当初の信頼から深い不信感へと変質する中、同氏が独断でとりまとめたとされる様々な取引や資金の流れについての社内調査も進んでいる。同氏の逮捕へとつながった2017年からの調査を手掛けたのは、同社の唯一の社内監査役である今津英敏氏だ。
今津氏は、オランダの子会社「Zi─A(ジーア)キャピタル」の設立目的について日産の監査を担当するEY新日本監査法人が提起した質問に注目していた、と関係者の一人は話す。ゴーン前会長が使っていた高級住宅の費用がジーアやその子会社を通じて支払われたという見方があったためだ。
同子会社について今津氏が懸念を深めたもうひとつのきっかけは、ロイターが2017年6月に配信した記事だった、と複数の関係者は言う。その記事の中でロイターは、ルノー・日産連合に助言する投資銀行が、オランダに新設する子会社を通じてゴーン氏ら幹部に非公表の賞与を支払う案をまとめた、と報道した。
今津氏とCEOオフィスのハリ・ナダ専務執行役員はこの件についての調査結果を検察当局に提出。その内容は昨年10月ごろ、西川CEOに知らされた。
ロイターではこの情報について今津氏、ナダ氏、西川氏のコメントを求めたが、日産からの回答は得られなかった。
東京地検特捜部は昨年12月10日、日産の有価証券報告書に2015年3月期までの5年間の役員報酬を約50億円少なく記載したとして、ゴーン氏と日産前代表取締役のグレゴリー・ケリー氏、法人としての日産を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪で起訴した。
さらに今年1月11日、同特捜部はゴーン氏を会社法違反(特別背任)の罪で追起訴。また、2015ー17年度の役員報酬についても過少記載したとして、ゴーン氏とケリー氏、法人としての日産を追起訴している。
特別背任について、起訴状では、ゴーン前会長が08年10月、私的な通貨取引のスワップ契約を日産に移転する契約を結び、約18億5000万円の評価損を含むスワップ契約上の損失に関し、無担保で負担すべき債務を日産に負わせたと指摘。また、09年から12年にかけて約4回にわたり、サウジアラビアの知人に日産子会社から合わせて1470万ドル(約12億8400万円)を支出させ、日産に損害を与えたとしている。
ゴーン前会長は無罪を主張しており、退職後の報酬案については専門家のアドバイスに基づいていると説明。また、ゴーン氏とサウジの実業家ハリド・ジュファリ氏の双方とも、1470万ドルの支払いはサービスに対する適切な対価だとしている。前会長の広報担当は「ゴーン氏は起訴された容疑について無罪であり、無罪が証明されるだろう」と述べた。
<見えない全容、続く内部調査>
ゴーン氏をめぐる資金の流れについて、社内調査による解明に時間がかかったのはなぜか。調査に詳しい関係筋は、ゴーン前会長が信頼を置く補佐役に文書ではなく口頭で希望を伝える習慣があったため、と説明する。また、多くの支払いは「CEOリザーブ」と呼ばれる予備費を使ったり、最高財務責任者(CFO)や外部監査役の審査を必要としない非連結子会社を通じて行われたという。
関係者によると、ゴーン氏が日産の販売代理店を務めるオマーンの実業家スハイル・バハワン氏の会社に、CEOリザーブ経由で3000万ドル以上を送金するよう指示した問題や、個人的な負債の返済にこの資金が使われたかどうかも内部調査の大きな焦点の一つだ。
およそ9年間にわたって支払われたこの資金をめぐっても、日産とゴーン氏側の主張は大きく対立している。
前会長の広報担当は、日産販売代理店としての大きな実績に対する報奨金だと説明。さらに、このようなディーラーへの奨励金はCEOの指示で支払われるものではなく、ゴーン前会長個人の負債の返済には使われていないと付け加えた。
しかし、日産の関係筋の1人は、販売代理店への報奨金は毎年計画されたイベントで、CEO予備費を使って支払われるものではないと反論している。バハワン氏の広報担当者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
さらに、日産の内部調査では、ゴーン氏が子会社を通じて仏パリ、レバノン・ベイルート、ブラジル・リオデジャネイロの高級住宅の購入費用を日産側に負担させていた問題や、同氏の姉に支払われた実態のないアドバイザー業務に対する報酬も解明の対象となっている。
ロイターが閲覧した文書によると、ゴーン前会長の姉への支払いは2003年にさかのぼり、2016年までに総額70万ドルに達した。
これに対し、西川CEOやナダ氏ら日産幹部らは住宅の提供を認識しており、了承していた、とゴーン前会長の広報担当者は反論する。ゴーン前会長の姉の代理人でもある同担当者は、適切な人物が姉との契約を承認したと述べ、前会長に反対する幹部らが事実無根の情報で前会長の家族を攻撃していると批判している。
およそ20年に及んだカリスマ経営の負の遺産をどう清算するか。ゴーン氏の逮捕・起訴を機に、日産ではこれまで封じ込められてきた様々な事案について内部告発が後を絶たず、疑惑の解明に向けた新たな手掛かりを探る動きが今も続いているという。

白水徳彦 編集:北松克朗、石黒里絵

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab