焦点:北朝鮮「強制労働」の深い闇、金氏の理想郷建設に赤信号

Hyonhee Shin
[ソウル 18日 ロイター] - 北朝鮮を長年独裁支配している金一族の発祥の地とされる聖地・白頭山を数千人の学生が1月、働きに訪れた。この山麓の都市サムジョン(三池淵)に、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は大規模な経済拠点を築こうとしている。
ここは「自立経済」運動の一環として、自身が音頭を取る最大級の建設プロジェクトだ。その一方で、正恩氏は、今月末に開催される2回目の米朝首脳会談では、トランプ米大統領を説得し、経済制裁を解除させたいと、目論んでいる。
正恩氏は昨年少なくとも5度、中国国境に近いサムジョンを視察に訪れた。この「革命の聖地」の近代化を自ら命じてから、わずか4年後の2020年末までに、この地に新しい集合住宅、ホテル、スキーリゾート施設に加え、商業・文化・医療施設を備えた「社会主義のユートピア」を築こうというのだ。
同国の国営メディアは、愛国的な学生たちが、厳しい天候をものともせず、凍りついた米飯を食べ、彼らの健康を気遣う教師たちを尻目に、巨大な建設現場で精を出して働く姿を、感動的に描き出した。
今回のような学生の大量動員は、正恩氏と朝鮮労働党に対する忠誠を装った「奴隷労働」と同じだ、と北朝鮮を逃れた脱北者や人権活動家は主張している。
こうした若い労働者は、報酬もなく、貧弱な食事を与えられ、1日12時間以上、最長で10年働かされる。見返りは、大学への入学、もしくは強力な朝鮮労働党に入党するチャンスが高まることだ。
だが、北朝鮮の民間市場が盛んになり、政治的地位よりも経済的な安定性を重視する国民が増える中で、近年では若い労働者を徴募することが難しくなっているという。
「有利な就職機会につながる党員資格や教育の機会が得られるのでなければ、誰も募集に応じないだろう。だが最近では、市場を通じておおいに稼ぐことができる」と元労働者で脱北したチョ・チュンフイさんは言う。労働奉仕の基盤は忠誠心だ。しかし、お金の魅力を覚えてしまった人々に何を期待できるだろう」
<「熱くたぎる若き血潮」>
正恩氏は昨年、核兵器開発プログラムの完了を宣言した後、国民の幸福が最優先事項であると述べて、経済に軸足を移した。
世界の羨望の的になる、近代的な「山間都市モデル」だと喧伝されるサムジョンは、正恩氏の新たな経済イニシアチブの柱だ。この他にも、沿岸都市ウォンサン(元山)に観光名所を作ろうとするプロジェクトも進行している。
強制青年旅団(韓国語でdolgyeokdae)と呼ばれる労働奉仕組織は、朝鮮半島が1910─45年の日本による占領から解放された後、鉄道、道路、電力網などインフラ整備を目的として正恩氏の祖父である故金日成(キム・イルソン)主席によって創設された。
ソウルを拠点とする人権擁護団体オープン・ノース・コリアの試算では、こうした旅団の抱える労働者数は2016年時点で40万人。北朝鮮の人権状況に関する2014年の国連報告によれば、その数は地方自治体の規模に応じて、自治体当たり2万人─10万人だという。
「経済制裁にもかかわらず、金正恩氏は、なぜこれほど多くの大規模建設事業にマンパワーとリソースを動員できるのだろうか。答えは簡単だ。必要ならば、国民から搾り取ればいい」。そう語るのは、オープン・ノース・コリアのディレクターで、これまで40人以上の青年旅団の元労働者に面接調査を行ってきたクォン・ウンギョン氏だ。
北朝鮮の国営メディアはこの1カ月、若者らに「熱くたぎる若き血潮」をサムジョンの刷新に捧げよう、と呼びかける連載記事を展開。正恩氏も、建設資材や補給品を現地に送った人々へ感謝を表明した。
サムジョンに送るために、冬物のジャケットや工具、靴、毛布、ビスケットを箱に詰める工員や家族、他の人々の様子が、記事や写真で紹介されている。
国家が提供するセメントや鋼材などの建設資材には限りがあるため、旅団労働者は自ら河川敷から砂利や砂を運ばなければならなくなっている、とクォン氏らは言う。
国営テレビで、12月以降10回再放送されている60分のドキュメンタリーでは、豪雪の中で石を運び、見る限り安全装備もなく高い構造物の上でレンガ積み作業をする若者たちの姿が映し出された。
アイテム 1 の 5  2月18日、北朝鮮を独裁支配している金一族の発祥の地とされる聖地・白頭山を数千人の学生が1月、働きに訪れた。この山麓の都市サムジョン(三池淵)に、金正恩・朝鮮労働党委員長は大規模な経済拠点を築こうとしている。写真は元労働者で脱北したチョ・チュンフイさんは。韓国ソウルで15日撮影(2019年 ロイター/Shin Hyon-hee)
朝鮮労働党の機関紙である労働新聞は先月、数千人の大学生が手作業で岩を砕き、作業初日だけで100メートルの高さの砂利の山を築いたと報じた。同紙はこの成果を、第2世界大戦中に大日本帝国軍と戦った先祖たちの努力になぞらえた。
「気温は非常に低く、米飯は氷のように固まっていたが、それを温めなおすために1秒たりとも無駄にしたくなかった。私は凍った米飯をかじりながら、抗日革命に殉じた人々に思いをはせた」──。そう書かれた生徒の日記を同紙は紹介した。
指導者に対する個人崇拝を作り上げる努力の一環として、国営メディアでは、市民の指導者に対する忠誠の誓いを強調することが多い。
だがチョさんは、そうした報道は「現実とはかけ離れている」と一蹴する。ほとんどの労働者には安全ヘルメットさえ与えられず、労働条件がひどく苛酷なため、逃亡する労働者も多いからだ。
<忠誠よりカネ>
正恩氏の肝いり経済プロジェクトを実現するために不可欠な建設労働者の多くは、未熟練労働者と兵士たちだ。
だが、無報酬労働と供出を強いられることに対する一般市民の抵抗の高まりは、サムジョンの刷新という金正恩氏の野心にとって障害となる可能性があると脱北者や識者は指摘する。
チョさんは、旅団で3年間労働奉仕を務めれば、党員資格と大学入学を認めると当局から言われた。この約束は結局8年間に引き延ばされ、ようやく約束されていた見返りをチョさんが得たのは、1987年になってからだった。
約束が必ず守られるというわけでもない。29歳のLee Oui-ryokさんは、17歳から3年間働いた旅団を離脱し、2010年に韓国へ逃れた。自分の出身を考えれば入党資格が与えられるわけがないと悟ったからだという。
また旅団メンバーへの人権侵害は甚だしく、多くは逃亡するか、旅団から解放されるよう自分で自分の身体を傷つける、と2011年に脱北し、現在はソウルでエコノミストとなっているチョさんは言う。
現在では、資産を持つ人々は、供出品を送ったり、誰かに金を払って代役を務めてもらったり、あるいは有力者に賄賂を贈って見逃してもらうといった方法で、旅団での労働奉仕を回避している。
新たな旅団メンバーの大半は、最下層の家庭出身で、現体制と格差拡大に対する嫌悪感を抱いている、と人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア担当副ディレクター、フィル・ロバートソン氏は指摘する。
「労働意欲を与えようと、こうしたプロジェクトや正恩氏の慈愛を訴える宣伝が行われているが、現実には、労働奉仕を拒んだ者には懲罰が待っている」とロバートソン氏。「そのため通常は、ほとんど人脈もなく、賄賂を使う余裕もない、その地域で最も貧しい住民が、徴募の対象になっている」
ニューヨークの北朝鮮国連代表部にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
米国務省は2017年、強制労働の大量動員は北朝鮮による核兵器開発プログラムを裏付ける人権侵害の1つだと表現。米国務省は7人の個人と、建設会社2社を含む3企業をブラックリストに記載している。
市場の成長と強制労働に対する市民の嫌悪感の高まりによって、全国の旅団の大半で労働の質が低下している、と脱北者は言う。
サムジョンにおける建設作業の一部が先月、安全上の理由により一時中断した、と脱北者が運営するウェブサイト「デイリーNK」向けに北朝鮮国民を定期的に取材している脱北者のカン・ミジン記者は言う。
「こうした旅団抜きに、あれほど大規模プロジェクトを北朝鮮が完成できるとは考えにくい。だが、必要な労働力を完全に確保する方法はない。だからこそ、彼らは国営メディアを通じて、より多くの人々を動員しようと画策している」とチョさんは言う。
「だが、逃げ出す人がもっと増え続けるだけだろうし、建物には亀裂が増えていくだろう。それが現実だ」
(翻訳:エァクレーレン)

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