コラム:巨大IT企業の金融参入、規制当局に4つの難題

コラム:巨大IT企業の金融参入、規制当局に4つの難題
 6月25日、巨大IT企業は音楽や小売り産業を一変させたが、金融サービスにはどのような破壊的影響をもたらすのだろう──。写真は2012年5月撮影(2019年 ロイター/Valentin Flauraud)
Peter Thal Larsen
[ロンドン 25日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 巨大IT企業は音楽や小売り産業を一変させたが、金融サービスにはどのような破壊的影響をもたらすのだろう──。フェイスブックによる仮想通貨(暗号資産)「リブラ」の導入などを受け、世界の金融当局は協調対応の必要性に迫られているが、合意は難しそうだ。
既に一部の国では、IT企業による金融業界への参入はほぼ完了している。中国電子商取引大手アリババの決済サービス「アリペイ」は利用者数10億人を誇る。国際決済銀行(BIS)によると、大手IT企業の総売上高に占める金融サービスの割合は昨年11%に達した。
IT企業による金融業界への進出は、規制当局に4つの側面から課題を突き付けている。第1に、デジタル技術によって従来の分類に当てはまらない新商品の導入が可能になった。
リブラを例に取ろう。フェイスブックの説明によると、リブラは複数の通貨建ての資産を裏付けとする安定したデジタル通貨だが、利用者はそれら資産の利息を受け取れない。一部当局は、リブラは銀行預金に似ていると見なすかもしれないが、ファンドへの投資に近いと結論付ける当局もあるだろう。危険なのは、国ごとに扱いが異なる結果、リブラが規制の穴をかいくぐれるようになる可能性だ。
2つ目の心配事は、既存の金融システムを弱体化させる可能性だ。技術革新は、これまで隠れていたコストを暴き、攻撃するのを得意とする。英国では低コストの越境決済サービスを提供する新興企業トランスファーワイズの登場により、外貨取引に最大3%の手数料を課す英銀が苦しんでいる。銀行幹部らは、住宅ローンについて同様の襲撃を覚悟しつつある。
既存銀行の非効率性が取り除かれることは、消費者にとっては良いことだ。しかし銀行にとっては、絡み合った「内部補助金」の仕組みが崩れることにもつながる。収益力の弱い銀行ほど経済のショックに弱く、リスクテークに走りやすい。自行の中で最も実入りの良い事業が圧迫されれば、技術革新に追い付くのも難しくなるだろう。UBSのアナリストの推計では、大手銀49行による昨年の技術投資は合計180億ドル。グーグルの親会社アルファベットとアマゾンは各々、研究開発にこれ以上の額を投じている。
一方、新規参入企業はあっという間にシステミックリスクをもたらす存在に発展し得る。BISによると、アリババの金融子会社アント・ファイナンシャルは2017年、中国で新規発行された証券化商品の約3分の1を占めた。アントの子会社の1つが運用するマネー・マーケット・ファンド(MMF)、「余額宝」の資産は1650億ドルと巨大で、当局は解約が殺到した場合の影響を恐れている。リブラが始動すれば、その裏付け資産によって瞬く間に世界中の銀行預金や国債市場が歪む可能性がある。
3つ目の課題は、巨大IT企業の参入が競争促進に良いか悪いかの判断だ。金融当局は新興企業による銀行業参入について、選択肢が増えるとして歓迎する傾向がある一方、貸し出し基準の低下を懸念している。
しかし巨大IT企業はこの理屈を逆転させた。BISの調査によると、アルゼンチンの電子商取引グループ、メルカドリブレは自社のプラットフォームを使い、地元銀行よりも企業の信用力について良質な情報を得ている。アルファベット、アマゾン、フェイスブックといった企業も大量のデータを活用することで、銀行よりもリスクの低い融資を行えるかもしれない。
ただ、巨大IT企業が最も利益の出る借り手や保険購入者を選べれば、今以上に利用者の生活をがっちりと握る存在になるかもしれない。欧州連合(EU)の規則では、銀行は新規参入企業との間で、顧客の金銭的データを共有することを義務付けられている。これは競争促進のためのルールだが、巨大IT企業による寡占を一層強める結果につながりかねない。
発展途上国では、そうした懸念はさほど大きくない。大半の人々は携帯電話を持っているが、伝統的な銀行と取引している人はそれより少ないからだ。しかしこのことは、規制当局にとって4番目の課題を突き付ける。各国が統一的なアプローチについて合意することの難しさだ。
金融規制当局は金融安定理事会などの枠組みを通じ、規制の公平化にかなり成功してきたが、マネーロンダリング(資金洗浄)などの分野では各国の対応がばらばらだ。リブラのような新たな越境サービスの登場によって、体制の抜け穴が浮き彫りになるかもしれない。
また、金融規制当局は早晩、競争当局やデータ保護当局と職務が重複あるいは衝突するだろう。またIT大手はほぼすべて米国か中国の企業であるため、地政学上の緊張により、規制アプローチの統一が阻まれそうだ。
朗報は、金融規制当局がこれらの問題をすべて承知していることだ。いまだにソーシャルメディア企業の規制に苦慮しているメディア規制当局の二の舞は避ける、という決意も抱いている。それでも金融規制当局者らが何日も眠れない夜を過ごすのは避けられそうにない。
●背景となるニュース
・BISは23日、フェイスブックのようなIT企業の金融業参入に対し、政治家は速やかに規制対応で協調する必要があると指摘した。
・フランスは21日、先進7か国(G7)議長国として仮想通貨に関する特別委員会を立ち上げると発表した。クーレ欧州中央銀行(ECB)専務理事が座長を務める。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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