安藤玉恵 Ando Tamae

俳優。東京都出身。主な出演に『あまちゃん』(NHK)、『深夜食堂』シリーズ、映画『夢売るふたり』(監督:西川美和)などがある。昨年はドラマ『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』(NHK)で、妹の木村美穂役を演じ話題を集めた。ドラマ『拾われた男』がディスニープラスとBSプレミアムにて6/26より配信・放送予定。『どん平』で不定期開催される「“とんかつ”と“語り”の夕べ」の2022年の開催は現在未定。

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商店街を通るのに、すごく時間がかかるわけ

──2020年秋から、ご実家『どん平(ぺい)』のお座敷では、一人芝居も上演。玉恵さんのホームである西尾久の思い出の場所から、教えてください。
玉恵

小学校の頃は、実家の裏にあった“飛行機公園”で、毎日遊んでいました。飴細工を作るおじいちゃんと、串刺しの団子を売るきびだんご屋のおじさんが、交互に楽器を叩きながらやって来るんです。音が聞こえるともうワクワクして。飴細工は、1個300円くらいするから、作るのを見てるだけ。でも、きびだんごは1本30円だから1本か2本は買える。「きな粉たくさん」ってお願いすると、紙袋まんぱいに粉を入れてくれて、みんなでゴホゴホ言いながら、飲む(笑)。
あの頃は、商店街もにぎやかだったし、夕方まで帰らなくても、まったく心配されませんでしたね。

──当時の宮前商店街はどんな店が?
玉恵

お肉屋さんにお魚屋さん、おもちゃ屋さんまで何でもありました。商店街って、全部ツケ文化だから、小さい頃からお金持たないで全部「ツケで」「ツケで」って言ってあちこちで買い物しては、あとで親に怒られて(笑)。少し大きくなると、駄菓子屋さんのおばちゃんに人間関係の悩みを聞いてもらったり、焼き鳥屋さんで勉強の質問したり、相談窓口がいっぱいあったから、商店街抜けるまで何人に挨拶(あいさつ)するんだっていう。だから、悪いことはできませんでしたよね。

──『どん平』の初代、お父様は商店街でも個性的な“有名人”だったとか?
玉恵

そう、父は家から一歩出ると、体の前後にお店の看板つけて、サンドイッチマンになるの!その格好で、東京には3台しかない、跳ねながら進む“ぴょんぴょん自転車”っていうのに乗って、千住まで仕入れに行ってました。

──お店のシャッターのあのイラスト?
玉恵

本当にあのまま(笑)。父は、昭和2年(1927)生まれで、東京大空襲であの一帯が焼け野原になった時、子供たちを集めて、紙芝居をやっていたそうなんです。それを見に来ていた小さな女の子が、母。17歳年上の父と結婚した母は、晩年はお店で、お互いを罵(ののし)り合うような夫婦(めおと)漫才をやってました。母が、「ほんとに私は不幸な結婚をした」って言うと、父も負けずに言い返して。もう会話が漫才みたいなんですよね。急に始まるもんだから、お客さんも笑うしかないという(笑)。
私は、父が49歳の時に生まれたんです。だからきっと可愛(かわ)いくて仕方がなくて、呼んでもいないのに、中学のバスケ部の練習試合にも全部来ちゃう。スキンヘッドの父が体育館に入ってくると、みんなに「来た、ピカピカした人!」と言われるようになって、そっか、やっぱりうちのお父さんって、面白いんだ〜って。

──(笑)。そんな中学時代、お兄さんによると、学校の“番長”が毎朝、玉恵さんに挨拶に来ていたとか。
玉恵

あはは (笑) 。確かに「裏番」とは言われてたかもしれません。元気な男の子たちとも仲よくて。毎月10のつく日は熊野前商店街の縁日だから、行くと友達の誰かは必ずいるんです。私は勉強が好きだったから、テスト前に「ここ覚えときなよ」って、男の子たちに中間や期末のポイントを教えてました。

『どん平』を引き継ぐ、兄の正高さん。
『どん平』を引き継ぐ、兄の正高さん。
──今も、商店街で通うお店は?
玉恵

それはもう 『木(こ)の実(み)』 さん! 子供の頃から誕生日会はここ。まず、ステージで歌わされるという試練があるんですよ。マスターは、歌う人のプロフィールを紹介し、曲が始まり歌い始めると、その横でマラカスでリズムとってくれる。それがものすごくうまいっ。
さらに、マスターが設置したビデオカメラがあって、毎回歌ってる様子を録音録画してくれるんだけど、次の人が歌うまで、自分の歌う映像が延々流れ続けるという。私は、「人生いろいろ」、「夢芝居」、あと「ジョニィへの伝言」。一回もオリジナル聴いたことがないのに、歌ってました。で、帰りには、録画テープをくれるんです。昔はベータで(笑)。
『木の実』といえば、「天城越え」(作曲)の弦 哲也(げん・てつや)さん誕生
の地。うちのおばあちゃんは、弦さんのファン第1号で、新曲が出るとたくさんテープを買って、とにかく人に配る。だから、おばあちゃんの誕生日には、弦さんが来て歌ってくれて。私も小さいながらも、弦さんを応援してました。♪ぽろろんぽろろんってギターを弾く姿が、昭和の流しっていう哀愁があって、カッコよくて。

『スナック ニュー 木の実』。
『スナック ニュー 木の実』。

阿部定推しで、荒川区を盛り上げたい

──芸と歴史の宮ノ前ですが、一人芝居「切断」 で阿部定(あべ・さだ)(昭和11年[1936]、尾久の待合で、愛人を扼殺し局部を切り取る事件を起こす)を選んだのはなぜ?
玉恵

もともとコロナ禍の中で、SAVE THE『どん平』をしようと企画したんです。とんかつを買いに来た人に、芝居でも観てってください、という発想で。いろんな案の中で、もし一人芝居をするなら、やっぱり阿部定かなって。
私の祖母は、阿部定さんを見たことがあるらしいんです。そんな話を子供の頃から聞いていたから、怖い人って印象も全然なくて。とくに子供の時は、局部を切るなんて、興味津々じゃないですか。大人になると「それは大変なことだ!」ってわかってくるけど、私にとって阿部定は「キャンディ・キャンディ」のような(笑)、身近なヒロインだったんです。

──三業地としての記憶も?
玉恵

昭和50年代は、まだ 「尾久三業」って看板があって、着物の人が歩いてたり、かつての待合の建物も残ってて。入り口も石畳で暗くて細い。誰が入ったかわからないような造りが面白くて。まだ見番(けんばん) もあって、漫才なんかができるステージと、赤い座布団がいっぱい敷いてある客席があったんです。あのへんの子たちは、ランドセル背負ったまま、そこで漫才を見ることもできました。町内会の集まりのノリで入れるなんて、庶民的ですよね。そこが尾久三業らしさだったかも。
三業地といえば、もう移転してしまった(東京)女子医大病院は、元は産婦人科専門の病院だったそうなんです。三業通りがあったから、女の人の健康を守るために産婦人科で始まったという歴史が、私はすごく好きで。ちなみに伊集院光さん(西尾久出身)もそこで生まれているんですって(笑)。

一人芝居「切断」の一場面。じつは阿部定事件の現場「満佐喜」の一角をのちにご祖母が購入。奇縁も感じる西尾久のヒストリー。
一人芝居「切断」の一場面。じつは阿部定事件の現場「満佐喜」の一角をのちにご祖母が購入。奇縁も感じる西尾久のヒストリー。
──下町であり、三業地であり、よろず相談所でもあった商店街。そんな、多面的な地で育ったことが、俳優・安藤玉恵につながった?
玉恵

ああ……そうなのかもしれません。私、阿部定もそうですけど、三面記事になるような、女性の手記や事件を追うことに、昔からとても興味があるんですよね。
自分は、たまたまそうではないけれど、そこに至るまでの生育環境や、心理的な変化(情動)は、もしかしたらみんな紙一重なんじゃないかって。今から思うと、私がこの地で子供の頃から見てきたもの、スナックで出会った人たちや、銭湯で背中流してあげるおばあちゃんが何人もいたし、なぜか裸で公園にいる人とか(笑)、いろんな人としゃべってたんですよ。親も何も言わないから、子供の頃から、みちみち会う人を自分なりに考えて接していたんだと思うんです。世界が分かれてない(一般的に言われる真っ当と異端の“境界線”のない)面白い地で生まれ育ったことが、「人」への好奇心につながったのは、確かにそうかもしれない。

「“とんかつ”と“語り”の夕べ」は『どん平』2Fのお座敷で行われる。写真は一人芝居「切断」の一場面。
「“とんかつ”と“語り”の夕べ」は『どん平』2Fのお座敷で行われる。写真は一人芝居「切断」の一場面。
──今後、やってみたいことは?
玉恵

なんだろう、いつも呼んでもらった場所で、「選んでくれてありがとう」って一生懸命頑張るだけで……。
あ! でも、尾久でやりたいことはあります。阿部定推しの私としては、荒川区を、阿部定で盛り上げたい。阿部定の銅像を建ててもらって、“阿部定ストリート”を作るのとかどうでしょう?(笑) 。

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TAMAE SPOT【1】 八幡堀プロムナード

通称「はと公園」前の「八幡堀プロムナード」には、玉恵さんが尾久宮前小学校在校時に描いた絵が。木と川の担当だったそう。

TAMAE SPOT【2】 西日暮里一丁目広場

『どん平』裏にあった“飛行機公園”(宮前児童遊園)は、再開発で廃止されたが、「操縦席が取り合いだった」飛行機の遊具は三河島駅前の公園に。

TAMAE SPOT【3】 尾久八幡神社

尾久の総鎮守。「4年に一度の大きな祭りでは、大人神輿(みこし)の上に乗って、『せいやせいや~』って盛り上げる係をやってました」。

TAMAE SPOT【4】 宮前公園

尾久図書館から隅田川までの一帯に誕生した公園。イングリッシュガーデンにテニスコート、大人も滑りたくなる長~いすべり台(写真)も。

TAMAE SPOT【5】どん平(ぺい)

ユニーク父さんの“唯一無二”の味
ユニーク父さんの“唯一無二”の味

1950年創業、「尾久でしか食べられない父のとんかつ」を引き継ぐのは兄の正高さん。7~8時間、醤油やおから、日本酒で煮込んだ豚バラ肉を一晩寝かせてから揚げるとんかつにはデミグラスソースを、ご飯には麦とろろの和洋ミックススタイル。一口目からトロトロとけるクリーミーなかつ目当てに昼時は行列が。とんかつと麦とろろ(大)セット定食1400円。

住所:東京都荒川区西尾久2-2-5/営業時間:11:00~13:30(定食のみ。売り切れ次第終了)・17:30~21:00(鍋コースのみ。前日までの予約制)/定休日:日・祝/アクセス:都電荒川線宮ノ前停留所から徒歩2分

TAMAE SPOT【6】スナック ニュー木の実

「玉ちゃんは旦那さんとお兄さんと、時々来てくれますよ」と名物マスターの奥様、陽子さん。創業約50年の老舗スナックは「天城越え」の弦哲也が流しを始めた場であり、長年安藤家の御用達。「玉ちゃんが『人生いろいろ』を歌ったステージはこちら」(陽子さん)。歌う様子がモニターに流れる!
●宮ノ前停留場から徒歩3分、土・日のみ営業。19:00~22:00くらいまで。東京都荒川区西尾久2-6-10 ☎03-3800-1135

取材・文=さくらいよしえ 撮影=井原淳一 安藤玉恵写真=塚田史香
『散歩の達人』2022年5月号より