小野先生
小野正弘 先生
国語学者。明治大学文学部教授。「三省堂現代新国語辞典 第六版」の編集主幹。専門は、日本語の歴史(語彙・文字・意味)。

入浴中の着物から風情ある外出着に

小野先生 : 「ゆかた」は「ゆかたびら=湯帷子」の略です。「かたびら」とは、袷 (あわせ) の片枚 (かたひら) の意で、裏地を付けない麻の単衣を指しました。
「ゆかたびら」は平安時代からあることばで、昔は入浴時に着ていました。後に、入浴後に、水分を拭き取るため着るようになります。

筆者 : バスローブみたい! まさに、「(湯)浴」のための「衣」だったわけですね。 バスタオルのように大きな手ぬぐいは、あまり見たことがありませんから、その代わりだったのでしょうか……。

小野先生 : 江戸時代には、湯上がりだけでなく、庶民の家庭着として定着しました。生地も麻には限らず、木綿などを使った夏向けの単衣を指すようになります。
しかし、それでも現代のように外に着て歩くものではありませんでした。パジャマで外を出歩かないのと、似たような感覚だったと思います。
外出着としても用いられるようになったのは、明治以降のことです。

筆者 : 現代の温泉街や花火大会では「ゆかた」で歩くのが、むしろ風情のある行為ですよね。考えてみれば、寝間着で出歩いているわけですから不思議です。
他にも、おしゃれな「ゆかた」をお祭りに着ていったり、観光地でレンタルもあるほどですから、扱いは随分変わったのですね。

服飾関係に3文字の略語が多い!?

小野先生 : 「ゆかたびら」を「ゆかた」と略すようになったのは、室町時代以降のことです。当時は略語に抵抗感もあったようです。
室町時代中頃に武家奉公の心得を記した「奉公覚悟之事」には、「湯かたびらを、ゆかたとは云まじき」(『日本国語大辞典』第二版)とあります。「ゆかた」なんて、勝手に省略した言い方をしてはいかん! ということですね。

筆者 : ことばの乱れは、風紀の乱れにつながる、ということでしょうか?

小野先生 : 略語は仲間同士だけで通じる隠語のような役割もあります。コミュニティのつながりを強める意味もありますが、そこに入れない人、権威のある人にとっては、けしからんものに映ることがあります。

筆者 : 最近では「まん延防止等重点措置」を「まんぼう」と省略したことが批判されました。

小野先生 : のんびりとした風貌の魚のマンボウを想起させることが、緊張感を緩めるとの理由もあったのでしょう。
これは「同音衝突」と言います。同音異義語が発生することで、不便や不具合が起こることがあります。

筆者 : しかし全体的には、メディアを筆頭に、略語を積極的に使うようになったと感じます。

小野先生 : そうですね。特に、「ゆかた」のような3文字(音・拍)の略語は、以前は少数派だったのですが、最近増えてきました。「バイト(アルバイト)」「カーデ(カーディガン)」「コーデ(コーディネイト)」「アクセ(アクセサリー)」「メアド(メールアドレス)」などです。
以前は、略語はコンビニ(コンビニエンスストア)、かんぱち(環状八号線)というように、4文字(音・拍)がふつうでした。

筆者 : 名字と名前から2文字ずつ取った「キムタク(木村拓哉)」のような略語は、収まりが良い感じがします。「かんぱち」も「環状」「八号線」と、ことばの要素をバランス良くとった略し方ではないかと。
でも、「ゆかたびら」→「ゆかた」のような3文字は、ちょっと不安定というか、意外性があるような感じがします。

小野先生 : 数が少ないせいもあって、気の利いた表現に感じられますね。「アクセ」「コーデ」「ワンピ」と、服飾関係に3文字の略語が多いのは、そのためかもしれません。「ゆかた」はそれらの大先輩ですね!

まとめ

「ゆかた」の語源である「ゆかたびら」は、平安時代からあり、当時は入浴時に着ていた。やがて汗や湯を拭き取る湯上がり着となり、江戸時代に部屋着に、明治以降に外出着としても利用されるようになった。

「ゆかた」と略されるようになったのは室町時代。当初は「けしからん」との見方もあったが、やがて定着した。3文字の略語は気の利いた表現になることがあり、「コーデ」「アクセ」など服飾関係でよく用いられる。「ゆかた」はおしゃれ略語の走りといえる。

取材・文=小越建典(ソルバ!)