ショッキングな絵師として語られる『幕末土佐の天才絵師 絵金』、その真相とはーー歌舞伎を知るとさらに惹きつけられる絵金の魅力

インタビュー
アート
2023.4.21
創造広場アクトランド 横田恵学芸員

創造広場アクトランド 横田恵学芸員

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「絵金(えきん)」の通称で知られる土佐の天才絵師、弘瀬金蔵の展覧会『幕末土佐の天才絵師 絵金』が、4月22日(土)から6月18日(日)の期間、あべのハルカス美術館にて開催される。血飛沫が飛んでいる様子などショッキングな絵の描き手として語られがちな絵金。しかし、地元高知の夏祭りの数日間は各所で飾られるなど、人々に親しまれている存在だ。なぜギャップが生まれているのか。絵金はどんな絵師なのか。創造広場アクトランドで絵金研究を長年続けている、横田恵学芸員に話を訊いた。

創造広場アクトランド 横田恵学芸員

創造広場アクトランド 横田恵学芸員

――横田さんは絵金の作品のどのようなところに、おもしろさを感じていらっしゃいますか。

絵金本人の個性はもちろん作品から感じられますが、それだけでは語れないところです。個性だけが押し出されていて「どうだ、どうだ」という世界だったら、私自身も絵金にはそこまで惹かれなかったはず。彼の作品は注文を受けて描いていたこともあって、「どのように絵を観てもらうか」をすごく考えられています。現在でもお祭りで絵金の作品が展示されることがありますが、町の人たちは、蝋燭を前に立てて灯りをともすだけではなく、櫓(やぐら)を組んだりするなど、いろんな工夫をして見せられています。絵金の絵はそうやって、民衆と一緒に高め合って完成していったのです。

「釜淵双級巴」第二十四 絵馬提灯、紙本彩色 創造広場 アクトランド蔵 ※全会期展示

「釜淵双級巴」第二十四 絵馬提灯、紙本彩色 創造広場 アクトランド蔵 ※全会期展示

――あべのハルカス美術館での展示も見せ方に工夫があるそうですね。

実際のお祭りでの見せ方を再現します。絵から放たれるインパクトだけではなく、お祭りで展示されているときの雰囲気も疑似体験できます。そうすることで、絵金の世界をより魅力的に感じられるはず。普通の美術展とは異なるおもしろさがあります。たとえば「釜淵双級巴」は、内部照明が灯るようになっているのです。

――絵金の作品はショッキングさがクローズアップされますが、その点についてはどのように分析されますか。

たしかに当時、ショッキングな作品が多かったのです。縛り絵、逆さ吊り、あと妖怪や幽霊を描いた作品がたくさんありました。ただ絵金に関しては、第一にそれが「歌舞伎の世界を際立たせるための表現」だったことを知っておくと良いかもしれません。そもそも歌舞伎の一場面を絵としてあらわしているので、決してむごたらしいものを描くことを主題としていません。

――決して、変質的であったり趣味的なものが出ていたりするわけではないのですね。

そうなんです。その点で、その場面のもとになっている歌舞伎の物語を知って絵を観ると、切腹をして内臓が出てきている場面であっても泣けてきます。つまり絵金は、絵のなかの死を通して人間のドラマを描き出していました。キワモノとして見られがちですが、そうではありません。むしろ「その歌舞伎について絵を描くならこの一場面しかない」と言えるほど、完成されています。

「浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森」(高知県指定文化財) 二曲一隻屏風、紙本彩色 香南市赤岡町本町一区蔵 ※前期展示(4/22~5/21)

「浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森」(高知県指定文化財) 二曲一隻屏風、紙本彩色 香南市赤岡町本町一区蔵 ※前期展示(4/22~5/21)

――展覧会で注目すべき作品はございますか。

代表作はポスターにもなっている「伊達競阿国戯場 累」です。ポスターのテーマカラーになっているように、絵金は赤のイメージが強い。赤を印象付けるために、右側ではべったりと赤の絵の具を塗っていますが、左側では毒々しくならないように下着などの差し色として使っています。ひとつの絵の中で赤をバランスよく配色しているので、そこだけを注目してもおもしろいです。もうひとつ注目は「ザ・絵金」という感じの、生首が転がっている描写がある「浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森」です。原作の歌舞伎の名シーンを抜き出しています。色若衆と侠客の対比があり、飛び散っている血も、色若衆の怪しい美しさを引き立たせています。

――なるほど。

ちなみにこれは品川の鈴ヶ森にあった刑場のシーンで、忠霊塔のようなものが立っていますが、そこに(絵金の号のひとつである)「友竹」という隠し落款があるんです。

――作品集ではその隠し落款は確認できませんよね。

そうなんです、これは実物の絵を観ないと分かりません。しかも暗いなかで鑑賞しても気づかないようになっています。こういうところも絵金らしい技があるので、あべのハルカス美術館ではじっくり観ていただきたいです。

「花衣いろは縁起 鷲」(高知県指定文化財) 二曲一隻屏風、紙本彩色 香南市赤岡町本町二区蔵 ※後期展示(5/23~6/18)

「花衣いろは縁起 鷲」(高知県指定文化財) 二曲一隻屏風、紙本彩色 香南市赤岡町本町二区蔵 ※後期展示(5/23~6/18)

――横田さんが個人的に好きな作品はありますか。

「花衣いろは縁起 鷲」です。自分の子どもが鷲にさらわれて、それを追いかける夫妻が大きく描かれています。すごくシリアスに映るし、その状況の大変さが伝わってきますが、ところどころ、意外にも間抜けな要素もあって(笑)。鷲の勢いがある一方で、どこか牧歌的でもあるんです。「自分の子どももさらわれてしまってはダメだ」ということで、子どもを逆さに抱えてしまっていたり。一生懸命さや慌てている様子が感じられますが、その必死さがウィットな表現になっています。あと、ぽかーんと口を開けて指をさしていたり。もちろんこれも歌舞伎のなかのワンシーン。絵金は脚本で書かれている以上に、その描写をよりおもしろく表現しています。絵金の目の付けどころのすごさが感じられる作品です。

――今回の美術展では、音声ナビゲーターとして中村七之助さんが起用されていますが、そこもひとつのポイントですね。

絵金の作品に影響を受けている歌舞伎俳優は多いと聞きます。たとえば市川猿翁さんが絵金の作品を観て役作りをされていたのは有名なお話です。私自身は、中村勘九郎さん、中村七之助さん、そして坂東三津五郎さんをご案内したことがあります。七之助さんはそのとき、お兄様の勘九郎さんと「芝居の世界から見た絵金」というようなとらえ方で感想を伝え合っていらっしゃいました。きっと、いろいろインスピレーションを受けたのだと思います。七之助さんはそういったご経験をお持ちなので、ぜひその解説を聴いて絵金のことをより深く知ってほしいです。そうすることで、絵だけでなく歌舞伎などいろんな世界が広がるのではないでしょうか。

創造広場アクトランド 横田恵学芸員

創造広場アクトランド 横田恵学芸員

取材・文=田辺ユウキ

イベント情報

展覧会『幕末土佐の天才絵師 絵金』
会 場:あべのハルカス美術館(〒545-6016 大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16F)
会 期:2023年4月22日(土)〜6月18日(日)
休館日:4月24日、5月8日、22日の各月曜日
※会期中、展示替えがあります。(前期展示4月22日〜5月21日、後期展示5月23日〜6月18日)
開館時間:火〜金/10:00~20:00 月土日祝/10:00~18:00(入館は閉館30分前まで)
観 覧 料:一般 1,600円(1,400円)/大高生 1,200円(1,000円)/中小生 500円(300円)※税込
※()内は前売りおよび15名様以上の団体料金。
※前売券は2023年4月21日(金)まで販売。
※障がい者手帳をお持ちの方は、美術館カウンターで購入されたご本人と付き添いの方1名様まで当日料金の半額。
主 催:あべのハルカス美術館、読売新聞社、関西テレビ放送
協 賛 :清水建設、大和ハウス工業
お問合せ:06-4399-9050(あべのハルカス美術館)
展覧会公式HP:https://www.ktv.jp/event/ekin/
美術館公式HP:https://www.aham.jp/
※開催内容の変更や入場制限等を行う場合があります。最新の情報は展覧会公式HP、美術館公式HPをご確認ください。
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