〈荻上チキさんインタビュー〉いじめられ、うつ病になって 学校を「理不尽への耐性をつける場所」から変えたい

(2019年6月8日付 東京新聞朝刊)
 ラジオで社会問題に鋭く切り込む評論家の荻上チキさん(37)。実はうつ病を患い、子ども時代のいじめが心に大きなダメージを与えたと語る。いじめや「ブラック校則」についての著書を通じ、学校を子どもたちが理不尽に耐える場所ではなく、安心できる場所に変えようと尽力してきた。
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いじめなど学校教育が抱える問題について語る荻上チキさん(隈崎稔樹撮影)

いじめのピークは「夏休み明け」と「6月」

 ー昨年出版された著書「いじめを生む教室」には、2011年に大津市で中2男子がいじめを苦に自殺した事件後に行った調査の詳細が掲載されていますね。

 大津の事件後、「ストップいじめ!ナビ」という団体を立ち上げ、大津市と協力して、市内の全小中学校を対象にいじめの実態調査を行いました。子どもたちを対象にしたこの大規模調査には、他に例をみない貴重なデータが詰まっています。

 調査から、いじめは夏休み明けの9~11月に増えることが分かりました。もう一つのピークが6月。実際にいじめは6月ごろから発生しているが、エスカレートして本人が苦痛を感じ、いじめ被害として認識するのは9~11月ごろになるという仮説が立てられます。新学期当初はお互いのことをよく知らない子どもたちの間に徐々に権力関係が生まれていき、6月ごろにヒエラルキーができる可能性も考えられます。

荻上さんらが立ち上げた「ストップ!いじめナビ」のホームページ

 ーいじめ対策には、どんな具体案がありますか。

 与野党の議員に面会してロビー活動をし、LINE(ライン)などのアプリを通じた相談窓口を国が整えることなどを求めてきました。担任を2人体制にするなど教師の人員増と、多忙な教師の業務を減らして子どもに目を届きやすくすることも不可欠です。

 各学校を拠点に活動する弁護士「スクールロイヤー」の配置も一つの案。ただしスクールロイヤーは学校が雇うような形ではなく、自治体にひも付けて独立性を保ち、市民の弁護士としての役割も果たすような位置付けにしてほしい。

多忙な教員、対応できず…「道徳」の教科化は無駄

 そうすれば、いじめだけでなく千葉県野田市で起きた虐待事件のような事案についても対応しやすくなるのでは。役所だけでなく学校に行けば、子どもも家族も、生活困窮などについて相談できるような態勢を作ってほしい。子どもたちを対象に、いじめだけでなく、虐待の項目を入れた調査を文部科学省が行うことも訴えてきました。学校はそうした問題を発見しやすい場。財務省は予算が付くような改正はしないという既定路線があるようなので、これらの案を取り入れてもらうまでの壁は高いのですが。

 いじめ予防を議論する際に、「道徳の授業が重要だ」などの声が上がることがあります。実際、大津の事件後、そうした声が大きくなり、道徳が小中学校の授業に取り入れられました。ところが、大津の中2自殺事件が起きた学校は、文科省の「道徳教育実践推進事業」に指定されたことがある学校だった。大津の事件は、道徳の教科化のために政治利用されたのです。教科書を読み上げるだけの道徳の授業は、いじめ対策としては無意味。教員が子どもたちのいじめに対応できていないのは、教員の多忙が大きな要因です。それなのに道徳という新しい教科を設けて、先生の授業準備の負担を増やしてしまった。道徳の教科化は無駄としか言いようがない。

学校を「理不尽に抵抗するスキルを付ける場所」に

 ー意味不明で理不尽なだけの「ブラック校則」の改善も訴えてこられましたね。

 昨年、10~50代の生徒や保護者ら男女4000人を対象に校則についての実態調査を行いました。すると若い世代ほど「下着の色の指定」や「眉毛手入れ禁止」など、細かい規則がある校則を体験したと回答した人が多いという結果が出ました。調査する前は、正直、校則は昔より緩くなっているのではないかと仮説を立てていたので、衝撃を受けました。学校で画一的な管理主義化が進んでいると感じました。

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記者会見で「ブラック校則」の改善を訴える荻上さん㊨(2017年12月)

 文科省による2014年の追跡調査では、毎年十数万人いる不登校の原因として「学校のきまりなどの問題」を理由として挙げている子どもたちは、1割ほどいます。つまり毎年1万人の子どもが、校則が原因で不登校になっている。

 学校は理不尽への耐性を付ける場所ではなく、理不尽に抵抗するスキルを付ける場所であってほしい。理不尽な校則の改善は、生きづらい社会を変えることにつながると思っています。

 子どもへの理不尽な指導は「脳への暴力」。ストレス、精神的な苦痛を与え続けることは、自尊心を傷つける。僕はうつ病なので、そうした苦しみがよく分かります。

小中学校でずっといじめ うつ病にもつながっている

 ーうつ病であることをオープンにされているのは、なぜですか。

 ラジオなどでうつ病だと言うと、「言ってくれて助かった」と言ってくれる人がいるんです。中には「病気を盾に言論活動をしている」「病気で飯を食っている」などと絡んでくる人もいましたが。

 僕は小中学校で、ずっといじめられていました。いじめを先生に相談したら「立ち向かえ」と言われた。そこで、その通りに蹴られた子を蹴り返したら、先生に怒られただけで、助けてくれなかった。子どものころ友人関係をうまくつくれず、いじめを受けた影響は、大人になった今でもあり、うつ病にもつながっていると思う。いじめは人格形成に大きな影響を与えます。

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新著「みらいめがね」では、いじめの経験やうつ病などについてもつづっている

 僕の場合は、自分の苦しさの原因をそしゃくするために、いじめについて研究したり、エッセーに書いたりして苦しさを言語化することで、救われてきました。「ストップいじめ!ナビ」のホームページでは、子どもがいじめの被害状況を自分で書き込むことができる「あしたニコニコメモ」というフォーマットを公開しています。いじめの証拠を残すことに加え、自分自身で被害を認識して言語化するためのツールとしても利用してほしい。

 いじめだけでなくセクハラ、パワハラなどの被害者は、自分自身が、被害がどれほど深刻なのか、実相を把握しきれていないことがあります。訴えてもダメだったという経験から、状況を変えようとする気にすらならなくなることもある。そうした時に、被害状況を言語化することで具体的なサポートを受けられるようになったり、トラウマからのいやし、ストレスからの解放につながったりすることは、ままあります。

「自殺するより逃げろ」は自己責任論という副作用も

 ーいじめについての報道の在り方については、どう思われますか。

 「自殺するくらいなら逃げろ」という論調の報道は増えてきました。緊急措置としては正しいですが、その考えが行き着く先は自己責任論という副作用もあります。

 学校に行っていない空白期間が履歴書にできることは、将来子どもにとって不利益となることもある。子どもが学校に行かないと、親の心的、経済的な負担も大きくなります。短期的にはメディアが良いことを言っても、経済格差など長期的な差別を温存することになりかねない

 子どもにとって学校をより安全な場所に、ストレスが少ない「ご機嫌な教室」に変えていくこと。学校の環境改善が、大人の役割ではないでしょうか。

荻上チキ(おぎうえ・ちき)

 1981年、兵庫県明石市生まれ。成城大時代からブログで発信し、東京大大学院でメディア論などを学んだ。2012年設立のNPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表理事。TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」のメインパーソナリティーを務める。同番組は、14、16年に、優れた番組に贈られるギャラクシー賞を受賞した。

 17年に「ストップいじめ!ナビ」副代表の須永祐慈さんらと「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」を立ち上げ、翌年共著「ブラック校則」(東洋館出版社)を出版。著書に「ネットいじめ」「いじめを生む教室」(PHP新書)など多数。最新刊は絵本作家ヨシタケシンスケさんとの共著「みらいめがね」(暮しの手帖社)。

インタビューを終えて 傷ついた人の心にしみる優しさ

 論客としてラジオで、ネット上で、理路整然と持論を語る荻上さん。調査を基にして語るいじめ対策にも、説得力がある。

 その荻上さんは、雑誌「暮しの手帖」の連載「みらいめがね」で、こちらが心配になるほど詳しく、いじめの経験やうつ病など自身の内面について、つづってきた。「とことん傷ついてきた」と書かれた回もあった。

 「マスゴミ」「バカ記者」。私もネット上で匿名の相手から、そんな言葉を言われた経験がある。荻上さんの言葉には、心無い言葉に傷ついてきた人の心にしみいる、優しさもある。先月単行本になった「みらいめがね」。私も買った。

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  • たかお says:

    元教員です。自分自身の小学校時代、いじめや担任からの言動で、嫌な思いをしました。あまりよい記憶がないので、小学校の免許は取得していません。

    中学校では、4つの小学校から生徒が集まっており、子どもの時からの人間関係から解放されました。すばらしい恩師にも出会い、少しだけ自分自身のことを認めることができました。

    いじめや嫌がらせ、パワハラは大きな心の傷を残しています。校則については、お互い気持ちよく学校生活を送る上で必要な物以外は、いらないと思うようになりました。道徳についても、題材を通して心情を思い合ったり、友だちの意見を否定せず傾聴し合うことで、お互いに高め合うことができますが、大きな力量が必要で自分は充分でなかったと感じています。

    つらい経験をもとに活動されている事に、元気をもらったり生きるヒントを得る人は多いと思います。また、明日からもう少し前向きに生きようという気持ちになりました。ありがとうございます。

    たかお 無回答 60代
  • 匿名 says:

    9年前の今頃、化学療法を受けての帰りの電車内、その沿線の有名私立校の制服姿の小学、3~4年生4、5人 一番チビの男の子が一番背の高い女の子の髪を強く引っ張り女の子は弱めに抵抗してました
    他の子たちは止めません
    私は治療の副作用で吐き気が増してくる中この子はもしかして家庭で父親が母親にDVをおこなうのを真似しているのかしらとか色々頭を駆け巡りましたが体調の悪さに負け、「学校に言うわよ」とにらみつけるのが精一杯でその後は無言で降車していきました 自分より力のないものを陰湿においつめる 保育士の娘は生い立ちに何かあるはずだからただ罰するのはよくない
    もちろん私の脅迫のような言葉で黙らせるのはよくないかもしれません

      
  • 匿名 says:

    ネットやラジオや書籍で沢山の素晴らしい提案、沢山共感の得られるような内容、暖かい言葉を発信してくれる尊敬できる方がいて、私も本当にそうだと、こうあってほしいしこうあるべきだ、と思うこともたくさんあります。でも結局は学校という事件の現場がそれを解決する能力も持ち合わせておらず、努力もせず、教師がそれらの生徒を扱いやすくするためのなにがしかの強制が行われ、解決には至らないのが事実です。
    そしてしまいには教員間のいじめが学校で起きている現状。
    学校から一歩も出たことのない人間が子供を教育するなんてことそもそもできるのでしょうか??

      
  • 匿名 says:

    荻上さんのラジオは時々聞いています。あんな風に理路整然と物事を伝えられたらと、口の重い私は憧れます。
    中学3年生の頃、休み時間は毎日バレーボールが私の頭に飛んできた。すごい勢いで当たり、頭がくらくらしてよろめく位。そのいじめを思い出すと40年以上経った今でも涙が出てきます。
    そばで見ていたクラスメイトは誰も助けてくれなかった。何度か同窓会が有ったが全て出席した。東京に出て資格を取り、過去を知らない人の中で私は理想の女性に成る努力をした。30代で人気の車に乗りブランドの服を着て、見違えた私にクラスメイトはとても親切だった。
    50代の同窓会の時、いじめた人に訳を聞いてみた。返事をしなかった。周りの人皆に聞いてみた。皆いじめは知っていた。でもなぜ止めてくれなかった、助けてくれなかったのか聞いても返事が無かった。静かに成ったその時「あんた小学校の頃勉強できなかったよな」と小学校の頃近所で一緒だった男性が私に言った。そう、黒板の前に出て算数の計算を間違えるたび担任の女性教諭は出席簿の角で私の頭を叩きながら「バカ」と言われ続けてたのを私は思い出した。
    その日以来同窓会は開かれなくなった。親が健在なので実家には帰るけど、その土地で暮らそうとは思わない。
    色んないじめを聞くたびに思い出す。いじめた相手に「赦してあげる」と言ったけど棘は刺さったまま。自己評価が低い後遺症も残ってる。でも過去を知らない場所で私は生まれ変われた。そのチャンスに賭けてみてと今いじめに遭っている人に私は伝えたいです。どうか、悲しい思いをしている人の力に成ってあげてください。あなたは価値ある人間で、あなたを必要としている人がいる事。人は幸せになる為に生まれてきたのですから。

      
  • 匿名 says:

    自分自身がつらかったこと、自身の過去として終わらせずに変えていかなきゃ変わらないと動いていること、感銘受けました。
    スクールソーシャルワーカーも増えつつありますが、彼らに聞くと多くが非常勤で、現場はアウェイ感が半端じゃないようです。学校による排除はそんなところにもみえる気がします。
    誰もが生徒だったのだから、他人事にして欲しくない、そんな気持ちになりました。

      

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