1993年1月、アメリカ・ワシントン州立刑務所の刑務官だったディック・モーガンさんは、ある死刑執行に立ち会った。執行されるのはウェスリー・アレン・ドッド死刑囚。当時31歳。3人の少年に性的虐待を加え、殺害していた。ワシントン州では久しぶりの執行だったため、メディアの注目を集め、刑務所周辺に中継車が列を作っていた。
 当時のモーガンさんの立場は「隊長」。隊長が執行に関するすべての計画を立てていた。「執行のためのチームを作って、誰がどう動くのかを決め、警備についても考えた」
 アメリカでは薬物注射での執行が一般的だが、ワシントン州では「絞首」も採用されていた。今回は絞首。緊張と多忙のせいか、モーガンさんは執行前日から気分が悪くなり、執行後、帰宅途中に変調を自覚した。「嗅覚がなくなったんだ。新型コロナウイルスなんてない時代だったのに。今も原因は分からない」
 死刑制度の是非を考える上で、執行の実態を知ることは非常に大切だと思う。ただ、日本で関係者に取材をすることは困難だ。どうしても話を聞きたかった私はアメリカに渡り、複数の人から貴重な証言を得た。モーガンさんは、こんなことを語っていた。「死刑執行を実際に見れば、賛成派も反対派も失望することになる」。どういうことか。(共同通信=今村未生)

 ▽反省する死刑囚、しない死刑囚
 執行に臨むドッド死刑囚は、モーガンさんによると罪を自覚し、深く反省していたという。
 「彼は自分が怪物であると認識していた。最後の言葉は謝罪と、自分が被害者にした行為と同じような死に方をしたいという発言だった。彼は、職員とも礼儀正しくやりとりをした。罪を反省し、自分なりに償うつもりだったのは確かだろう」
 一方で、そうでない死刑囚もいた。
 1994年5月に執行された、チャールズ・ロッドマン・キャンベル死刑囚=当時(39)も絞首で執行された。彼は少女を含む3人を殺害していたが、立ち会ったモーガンさんによると、最後まで反省の態度を示すことはなかったという。「死刑執行の際に彼が発した言葉は、文句だけだった」

 ▽執行直前の死刑囚が過ごす、特別な部屋
 ワシントン州は2018年に死刑制度を廃止した。この州での最後の執行は2010年。私が訪れた州立刑務所は、州の最大都市シアトルから約350㌔の「ワラワラ」という小さな町にある。2023年1月時点で、州全体では約1万3千人の受刑者がおり、そのうち約1900人をこの刑務所で収容している。処遇は刑の重さごとに4段階に分かれている。死刑の廃止により、死刑囚だった人は仮釈放のない終身刑受刑者となっていた。

 建物はれんが造りで、中にある刑場は約60年前につくられたものだ。絞首刑と薬物注射の両方の設備が残されていた。
 建物内部には、執行を12〜24時間後に控えた死刑囚が過ごす房があった。房は、刑務所の単独房と同様の作りで、ベッドやトイレ、簡易的な机が備え付けられている。

 執行までの間、職員2人が房の外に待機し、死刑囚をつきっきりで見守るという。所長のロブ・ジャクソンさんによると「死刑囚の感情や精神状態を安定させるためにいる職員なので、慎重に選ばれている。必ずしも刑務官ではない」。

 房を開けるには5段階のロックを解除しなければならず、見張り役の職員には開けられないようなっている。死刑囚はこの房で最後の食事をする。宗教を通じて死刑囚や受刑者に道徳的な教えを施し、精神的な支えとなる教誨師とも面会できる。
 房と同じフロアに絞首台がある部屋がある。絞首台に立ち、台が外れれば落ちる仕組みだ。死刑囚の“最期の言葉”が立会人に聞こえるように、マイクも設置されていた。階下には、宙づりになった死刑囚の体を下ろして収容するガラス張りの部屋があり、その向かいに立会人のためのいすが並ぶ。ガラス張りの部屋には薬物注射のための台も置かれていた。注射での執行の際はここで行われる。絞首刑の場合は、薬物注射の台を取り除いていたという。

 ▽「重要なのは法の範囲内で実行されること」
 刑場内部を見学していた際、モーガンさんはおもむろにこんな発言をした。
 「死刑執行を見ると、賛成派も反対派も失望することになる」
 どういう意味かすぐには理解できず、改めて問いかけるとこんな答えが返ってきた。
 「ワシントン州では、執行はプロフェッショナルに行われていた。死刑囚が可能な限り尊厳を持って運命を迎えるために多大な努力が払われた。不必要な苦痛を避けて、正しく執行を行えば、死刑囚はただ死ぬだけだ」
 つまり、死刑反対派は執行が行われたことに失望し、賛成派は死刑囚がただ静かに死んでいくのを見て失望するのだそうだ。
 モーガンさんはどういう思いで立ち会っていたのか。執行に立ち会う際、最も大切にしていた思いを最後に尋ねた。

 「最も重要なことは、法の範囲内で実行されることだ。そして、死刑囚が死を受け入れるのであれば、尊厳を持って死と向き合う機会を与えること。それと同じくらい重要だったのは、彼らを人間として尊重し、死刑執行に伴う社会的圧力や汚名に耐えられるような強い人格を持ったスタッフを死刑執行の役割に任命することだった。死刑囚は非常に重い罪を犯した人たちだ。しかし、彼らは死に直面している一人の人間でもあるのだ」
 モーガンさんは現在、死刑制度には反対している。理由は、「政府は自国民を殺してはならない」という信念からで、冤罪の恐れもあるからだ。そして、ただ単に刑務所で働いているとの理由から、執行を刑務官が担うことにも疑問を感じている。

 ▽取材後記
 筆者は、フルブライト奨学金で2022年8月から2023年4月末までカリフォルニア州立大学フラトン校で学びつつ、死刑制度に関係する人々を取材した。執行に携わったことがあり、取材に応じてくれる刑務官を探すのはアメリカでも容易ではなく、モーガンさんに出会うことができたのも幸運だった。
 今の日本では刑場を取材することは不可能に近いため、実際に使用されていた刑場内部を見学できたことは貴重な経験となった。
 日本では、全国7カ所の拘置所などに刑場があるが、衆参両院の法務委員会の国会議員らの視察を除き、立ち入りはほとんど許可されてこなかった。2010年8月に当時の千葉景子法相が「国民的議論の材料になるのではないか」と異例の指示を出し、報道陣に対する東京拘置所の刑場公開が実現した。その後は一度も公開されていない。