障害が重くても入所施設に入るのではなく、地域社会で普通の暮らしができるように。そんな狙いで国は今から6年前、重度障害者向けのグループホーム(GH)の仕組みを作った。障害が重いとその分、支援も大変なので、運営事業者は公的な報酬を多く受け取れる。株式会社など営利法人が相次いで参入し、重度者向けGHは急激に増えた。だが、利用者や家族の中には、入居したものの、結局行き場を失って途方に暮れる人も出ている。なぜそんなことになってしまったのだろうか。(共同通信=市川亨)

 ▽半年→8カ月→1カ月と転々「もてあそばないで」
 「『本人が安らげる場所を確保したい』という願いをかなえることが、なぜここまで難しいのか…」。神奈川県の山根佳恵さん(50代、仮名)はため息をついた。
 山根さんの30代の娘、美久さん(仮名)には知的障害を伴う難病がある。山根さんは夫と共働き。美久さんが自宅で過ごすのは障害の特性から難しく、ようやく探して頼ったのが同県内の重度者向けGHだった。
 2021年に入居したが、作られるべき「個別支援計画」がなかなか作成されず、支援も職員によってバラバラ。半年余りで退去せざるを得ず、次に移ったのが大手運営会社「恵」が手がける同じタイプのGHだった。
 恵は東海や関東を中心に、主に「ふわふわ」という名前でGHを約100カ所展開。医療と障害福祉の報酬を不正に受け取っていた疑いや、食材費の過大徴収が昨年、明らかになり、行政から調査を受けている会社だ。
 山根さんも美久さんの入居中、驚くほど量の少ない食事や、虐待が疑われる不適切なケアを目の当たりに。不信感が募り、8カ月ほどで再び別の重度者向けGHに転居した。
 ところが、そこでも配慮に欠けた対応から本人の行動が不安定に。わずか1カ月余りで突然、退去を迫られ、美久さんは自宅に戻らざるを得なくなった。
 山根さんは悔しさと憤りで声を震わせる。「障害が重くても受け入れてくれるはずのGHなのに、3軒ともひどかった。親亡き後のことを本気で考える親の気持ちをもてあそぶのはやめてほしい」

 ▽「営利企業には魅力的」な高い報酬、3年半で5倍増加
 障害者向けのGHは主に精神、知的障害者が食事や入浴といった支援を受けながら少人数で共同生活する住居だ。建物は一戸建てやアパート型が多い。
 通常のタイプでは入居者は日中、仕事や作業所に通う。ただ、重度や高齢の人はそれが難しい場合もあるため、日中もGHで過ごせるよう、国は2018年度に「日中サービス支援型」という新しいタイプをつくった。
 事業者への報酬は、障害が重いほど高くなる仕組みで「営利企業には魅力的」(自治体担当者)だ。2020年4月時点では全国に182カ所だけだったが、福祉の経験がない株式会社などが次々と参入し、昨年10月には約959カ所と5倍超に増えた。入居者は約1万4千人いる。

 ▽スキルのある人材が不足…3割の自治体が「問題ある」
 自治体はこの重度者向けGHをどう見ているのか。調査してみた。入居者が100人以上いる31都道府県を抽出し、その政令市、中核市、都県庁所在地69市区を対象に、昨年12月にアンケートを実施。全てから回答を得た。
 実際に重度者向けGHがあるのは59市(昨年11月1日時点)。既に問題が明らかになっている「恵」以外について、支援の質や入居者の権利擁護などに関する認識を尋ねると、19市(32%)が「問題があると思う」(「どちらかといえば」を含む)と回答した。問題があると思う内容としては「職員のスキルや支援の質が伴っていない」が最も多かった。
 59市でGH数は370(恵を含む)。単純計算すると、2020年度以降、少なくとも20%(74カ所)で虐待疑いの通報があった。6%(23カ所)では認定されていた。
 問題が起きている背景を69市区全てに聞くと、「支援スキルのある人材が不足している」が最多で、「重度者の地域での受け皿が不足している」「参入ハードルが低すぎる」と続いた。
 今後、どんな対策が必要だと思うかも聞いた。すると「スタッフの資格要件や研修の導入」がトップだった。次いで「支援内容やサービスの質に関する指針(ガイドライン)の策定」「事業所指定の要件厳格化など参入ハードルを上げる」が多かった。

 ▽第三者による評価の会議では厳しい指摘が
 実は、この重度者向けGHには第三者の目を入れたチェックの仕組みがある。入居者が日中もGHで過ごせるため、外部との接点が少なく閉鎖的になる恐れがあるからだ。福祉関係者や有識者らでつくる市区町村の会議で年1回以上、評価を受けるよう、国の運営基準や自治体向け通知で義務付けられている。
 各市区町村の評価会議では、恵以外の事業者のGHにも厳しい評価が示されている。
 例えば、重度者向けGHでは最大手とされる「ソーシャルインクルー」(東京)。各地で200カ所以上を運営するが、名古屋市と兵庫県川西市の評価会議では「人らしい生活を送れる環境を確保すること」「家族から預かった重要書類を紛失しており、保管方法に問題がある」といった指摘が出た。
 川西市のGHでは長期間、入居者への威圧的な言動があったほか、スタッフの1人が暴力を振るったとして、今年1月、兵庫県が新規利用者の受け入れを半年間停止する行政処分を出した。東京都内でも、少なくとも1カ所のGHで自治体に虐待が認定されたことが分かっている。
 同社に取材すると、こう回答があった。「利用者、家族には大変申し訳なく、責任を痛感している。営利を優先して職場環境やサービスの質を落とすようなことは決して行っていない。誠心誠意、適切な施設運営に取り組んでいく」

 ▽「強制力がなく、評価しても意味ない」との声も
 一方、この評価の仕組みは実効性に疑問の声も出ている。重度者向けGHがある59市に評価の実施状況を聞いてみると、9市は「年1回以上の評価ができているケースは1カ所もない、またはできる態勢が整っていない」と回答。2市は「年1回以上の評価が一部のGHにとどまっていたり、一部は頻度が年1回よりも少なかったりする」と答えた。19%に当たる計11市では、徹底されていないということだ。
 評価を実施している自治体でも「評価結果に強制力がないため、意味がない」との声がある。
 愛知県内の自治体で評価に関わる関係者は、こうこぼす。「問題ある事業者に改善を求めると、『分かりました』と返事はするのだが、実行されない。でも、私たちに何かできるわけではない」
 厚生労働省は、重度者向けを含めたGH全体の質確保に向け、2025年度から各GHに対し、地域住民や入居者家族らによる会議を設置するよう義務化する方針だ。ただ、専門家からは「チェックの結果に実効性を持たせなければ、今の評価制度の二の舞いになるだけ」との意見が既に出ている。

 ▽性善説に立ってきた制度設計「考え方を根本的に変える必要がある」
 自治体からは「国の制度設計に無理がある」との指摘も。兵庫県姫路市の担当者はアンケートにこう答えた。「新規参入の事業者では、障害福祉の基礎知識が全くなく、職員は無資格者や未経験者が中心という例もある。それらの事業所が障害特性に合わない支援を行い、問題を起こすことが多いのではないか。専門職の起用や研修の義務付けなどを定めるべきだ」
 有識者にも意見を聞いてみた。筑波大の小沢温教授(障害福祉学)は「障害福祉の制度はこれまで性善説に立って作られてきたが、悪質な事業者をいかに排除するか、考え方を根本的に変える必要がある」と話す。
 「障害福祉サービスは国民の公金で賄われているのだから、株式会社であっても、事業の利益は人材への再投資など公益的な目的に限定するといった規制も必要だ」と小沢教授。「自治体の評価会議で結果が悪い場合は改善命令を出したり、ユーザー評価を導入したりして、質を確保する実効的な仕組みを作るべきだ」と指摘した。

 ▽取材後記
 障害者の中でも、特に受け皿が不足しているのが重い知的障害や自閉症で激しい行動障害がある人たちだ。
 感覚過敏や独特のこだわりがあっても、それを伝えることができないため、ストレスを抱えやすい。適切な環境を整え、本人の希望をくみ取って対応すれば、多くの場合、行動障害は収まる。
 だが、現状では悪循環に陥りやすい。事業者が利益優先で安易に重度者向けGHを開設→専門的なスキルや経験のない職員が不適切な対応をしてしまう→入居者の行動障害が激しくなり、拘束や虐待につながる―という事態が起きている。
 国も専門的な人材を増やそうとはしているが、追い付いていない。参入ハードルを上げたり、自治体が抜き打ちで監査に入るなどして事後チェックを厳しくしたりすることが必要だと思う。