地面を揺らすような大きな攻撃音が繰り返し響き、高まる緊張を物語っていた。1月、イスラエル軍とレバノンの親イラン民兵組織ヒズボラとの交戦が続くイスラエル北部やゴラン高原を訪ねた。多くの地域で住民が退避している一方、銃を持った兵士の姿が目につく。「ヒズボラが国境を越えて侵入し、攻撃してくるのではないか」。交戦激化の懸念が渦巻いていた。攻撃の応酬は、イスラエル南部にあるパレスチナ自治区ガザのみならず、北部でも燎原の火のごとく広がりつつある。(共同通信ウィーン支局 岡田隆司)

 ▽戦時下の実情

 「民家や学校、保育園にも被害が出ている」。イスラエル北部キリヤトシモナの当局者アリエル・フリッシュさん(44)が、厳しい表情で語った。ヒズボラによるロケット弾や対戦車ミサイル、ドローンを使った攻撃が毎日のように続いている。

 本来は人口2万4千人ほどだが、多くが退避した。フリッシュさんの妻と子どもも既に離れた。「鳥の鳴き声がよく聞こえた。たくさんの子どもがいて人間の生活感があった」。そんなキリヤトシモナは現在「戦時下の状態」になった。窓ガラスが割れた建物や車両が点在している。レバノンからの攻撃で損傷したのだという。

 昨年10月7日、パレスチナのイスラム組織ハマスはイスラエルに越境攻撃して市民らを人質とし、パレスチナ自治区ガザで拘束している。フリッシュさんによると、住民の念頭にあったヒズボラ侵入の懸念が「具体的な」脅威になり、退避につながっているようだ。

 今年1月2日にはレバノンの首都ベイルートで、ハマス政治部門幹部らがイスラエルによるとみられる無人機攻撃で殺害された。ヒズボラ指導者ナスララ師はイスラエルへの報復を警告する。2006年にはヒズボラ戦闘員がイスラエル北部に越境攻撃し、双方の大規模戦闘につながった。

 「兵士の数が増えた」。飲食店で働く男性は、店の中や外で銃を抱えて食事する軍服姿の兵士を見回した。高まる緊張をうかがわせる。

 ▽良い隣人になろうと思えば…
 北部には戦車や軍用車両が配置され、検問所や、高さ5〜6メートル、厚さ20センチほどのコンクリートブロックが設置された。ヒズボラからの攻撃を防ぐ目的とみられる。1月14日には住宅に攻撃があり、死者が出た。

 レバノン国境に近いシュロミ。「自分は仕事があるので残っているが、妻と子どもは退避した」。こう話す男性は腰に銃を携帯している。地元当局者によると住民の多くは退避し、人口約9千人のうち残るのは10%前後。ヒズボラの攻撃がほぼ毎日続いているという。

 周囲の山の木々は一部、焦げ茶色に変色している。地元住民によると、交戦の影響で木々が焼け焦げているのだという。「煙で息をするのも大変な時があった」

 一時的に自宅に戻っていたシュロミット・ハゾレアさん(49)と夫アリエさん(50)は「夜は攻撃音が続き眠れない」と言う。親族や知人宅を点々とする生活で、表情には疲れが浮かぶ。

 「良い隣人になろうと思えばなれると思う」。ハゾレアさんが窓から外を見る。視線の先にはイスラエルとレバノンの国境地帯が広がっていた。

 ▽日本にも輸出されるアボカド
 「レバノン側の国境地帯にある民家から攻撃してくるのを見た」。国境に程近い北部のキブツ(集団農場)クファルギラディで軍服姿のニサン・ゼエビさん(40)が言った。机の上には銃が置かれている。

 住民のほとんどは退避しているが、ゼエビさんら一部の住民は残って警備に当たっている。望遠鏡でレバノン側の動きを監視していると、ヒズボラとみられる戦闘員が攻撃してくるのが見えるという。

 ゼエビさんは元々、スタートアップ(新興企業)に資金援助する仕事をしていた。しかし最近の治安情勢を受け、軍から委託され、軍服に身を包む生活に転じたという。

 家の窓の外には美しく豊かな自然が広がっている。家の外の木には果実が実る。「(クファルギラディで)生産していて、日本にも輸出しているんだ」と、取り出した立派なアボカドを見せてくれた。

 「農業が盛んで、若い家族もいた。夢のような場所」。ゼエビさんはクファルギラディについてこう表現する。しかしヒズボラとの交戦で「180度変わった。戦闘地域になってしまった」。妻と8歳と4歳の息子2人は退避しているという。寂しそうな視線を遠くに向けた。

 ゼエビさんが説明している間、砲撃か迎撃かは明確には分からないが、体が震えるような重い音が続いていた。

 ▽子どもたちは口には出さないけれど
 木々と土の香りがし、牛の鳴き声が聞こえる。モシャブ(協同組合村)ベイトヒレルでも住民の多くは退避している。そんな中、トミーさん(76)は農業や牧畜の仕事をするために残っている。取材の途中にも数回、牛の世話で席を立った。

 トミーさんは欧州生まれ。イスラエルの建国間もない1951年に移住した。父親はナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の生存者だという。

 1967年の第3次中東戦争、1973年の第4次中東戦争、2006年のイスラエル軍とヒズボラの大規模戦闘―。トミーさんは繰り返される戦闘を目の当たりにしてきた。現在は夜間に攻撃音が響くこともあるが「いくつも戦争を経験してきたので眠ることができる」と苦笑いした。

 そんなトミーさんだが、子どもや孫は「退避することが大切だと思った」。ハマスによるイスラエルへの越境奇襲を見て、北部でも「何が起こるか分からない」と考え、ヒズボラが侵入することを懸念したからだ。

 この日はトミーさんの息子の妻タマルさん(46)と2人の孫アヤラさん(16)とヤラさん(11)が退避先からトミーさんを訪ねていた。犬たちがじゃれつくようにアヤラさんやヤラさんの周りを駆け回っている。

 タマルさんの夫は予備役としてイスラエル軍に動員され、ガザで任務に就いているという。

 「いつも不安がある。ニュースを見る時に(夫の身に何か起きていないかと)心配する。子どもたちも口には出さないけど不安はあると思う。夫から電話があると安心する」。タマルさんが苦しい胸の内を明かした。

 ▽ヒズボラが侵入してきたら…募る懸念
 イスラエルがシリアから占領しているゴラン高原には、イスラム教から派生したドルーズ派の住民が暮らす。レバノンだけではなく、イスラエルが敵対するイランが後ろ盾となっているシリアも目の前だ。

 エインキニヤ村。突然攻撃音が響き、その後、応じるかのように砲弾が放たれたような大きな攻撃音が続いた。地元住民の男性によると「レバノンから攻撃があり、それにイスラエルが反撃した」のだという。既にこうした交戦は日常化しているようで、その場で怖がるそぶりを見せる住民はいなかった。

 「火薬のにおいがしたんだ」。マジデ・モンデルさん(51)は昨年11月に畑で拾ったという金属部品を手にしながら言った。近くの畑には別の部品も落ちていたという。レバノンからの攻撃が農地や空き地に着弾しているようだ。

 ワエル・ムグラビ村長は「ヒズボラが(地域に)来ることへの不安がある」と訴える。ハマスの奇襲では、ユダヤ人だけではなくタイ人ら外国籍の人々も犠牲になったり人質になったりした。ヒズボラが地域に侵入して攻撃してくれば、自分たちも巻き込まれることになるのではないか。そんな懸念が頭にあるのだという。

 イスラエルはシリアを通じて周辺国の親イラン組織に武器などが輸送されているとみて、シリア領内への攻撃も繰り返している。

 昨年12月25日には、シリアでイラン革命防衛隊のムサビ上級軍事顧問が殺害された。イランはイスラエルのミサイル攻撃でムサビ氏が殺害されたとみており、保守強硬派を中心に報復論が高まっている。

 「イスラエルの防衛システムに不安を感じた」。マジダルシャムス村のドラン・アブサラハ村長は、ハマスのイスラエルへの越境攻撃について、こう振り返った。

 ハマスは市民を殺害し人質に取った。アブサラハ氏は、ハマスについて「テロリストの思想だ」と切り捨てた。さらにヒズボラやシリアで活動する民兵について「自分たちと違うグループを殺害するイデオロギー」を持っていると指摘した。「心配は高まっている」。険しい表情で言った。