ルカイヤ・ジャヒリンちゃん(4)は、母親や3人の兄弟と一緒に親戚の家を訪問した後、乗り合いタクシーで帰宅する途中だった。自宅近くにイスラエルが設けた検問所を、タクシーは何事もなく通過した。だが、その直後。後方から突然、何発もの銃弾がタクシーに浴びせられた…
 1月7日午後5時半ごろ、ヨルダン川西岸ベイトイクサでパレスチナ人の少女が射殺される事件があった。イスラエル警察の誤射とみられる。
 イスラエルと、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの戦闘が昨年10月7日に始まり、イスラエル側で約1200人、ガザ側で3万人以上が死亡したと伝えられる。そんな中でイスラエルは、占領を続けるヨルダン川西岸でも「自衛」の名目でパレスチナ人への軍事作戦を強化し、子どもの犠牲も増えている。
 パレスチナの地元人権団体の集計によると、イスラエル側の攻撃による巻き添えなどで昨年亡くなった西岸の子どもの数(東エルサレムも含む)は10〜12月に急増し、統計が残る2000年以降で最多の121人となった。「世界の人々にはルカイヤちゃんの事件を通し、イスラエルの占領政策の理不尽さに気づいてもらいたい」。人権団体スタッフは切実に訴える。(年齢は取材当時、共同通信 菊池太典)

 ▽血で染まった服の袖

 「血まみれで苦しそうにあえぐあの子をただ抱いていることしかできませんでした」。母親のアイシャさん(38)は自宅の庭に腰かけ、まな娘の最期を沈痛な面持ちで振り返った。乗り合いタクシーの中には8人いたが、ルカイヤちゃんだけが悲劇に見舞われた。

 イスラエル警察が公開した監視カメラ映像では、ルカイヤちゃんやアイシャさんが乗っていたとみられる車両が検問所を通過した直後、後続車両が停車せずに検問所を突破。後続車が前の車両に接近する中、複数人が銃を構えながら後方から追いかける様子が確認できる。
 アイシャさんは言う。「大きな音がしたけれど、何が起きているのかすぐには分かりませんでした。気がつくと車のガラスが割れていて、私の服の袖は隣に座っていたルカイヤの血で染まっていました」

 ▽「テロへの対応」と言い張る警察

 事件を受けてイスラエル警察は、発砲は「テロへの対応」だったとする声明を出した。地名を省くなどして要約すると次のような内容だ。
 「エルサレムの外で起きた車両テロ事件の概要について」
 エルサレム近郊の交差点で発生した最近の車両テロ攻撃で複数のテロリストを殺害した。監視カメラ映像の通り、子どもを乗せた最初の車両は検問を受けて通過を許可された。テロリストを乗せた2台目の車両が突然加速し、警察官らに衝突した。警察官らは攻撃してきた車両に向けて発砲し、乗員を殺害した。負傷した警察官は病院に搬送された。予備捜査が示唆したのは、警察官がテロ車両に迅速に対応している間に、子どもを乗せた車両が影響を受けた可能性があるということだ。通常通り、事件は徹底的な捜査が進められることになる。

 ▽「哀悼も謝罪もない」

 ルカイヤちゃんの父親のアフマドさん(41)は憤る。後に運転手から、乗り合いタクシーに30発以上の弾痕が残っていたと聞かされた。「イスラエル警察が発砲したものに間違いない。彼らからすれば、パレスチナ人だから乗客を巻き込んでもかまわなかったのでしょう」。イスラエル側はルカイヤちゃんの遺体を現場から運び去り、引き渡されたのは10日ほど後のことだった。「謝罪も哀悼の言葉もありません。娘の遺体をなぜ持ち去り、何をしたのかすらイスラエルは説明しませんでした」

 ルカイヤちゃんはベイトイクサ郊外の簡素なプレハブ住宅で暮らしてきた。屋内にはルカイヤちゃんが大事にしていたソフトビニール製のおもちゃが残されていた。キリンともゾウともつかないこの緑色のおもちゃを「マーヤ」と呼んでかわいがっていたという。

 姉のラフマさん(12)は生前のルカイヤちゃんがどんな子どもだったかを教えてくれた。「マーヤに熱心に話しかけながらご飯を食べさせる『おままごと遊び』が最近のお気に入りでした。自分よりも小さな近所の子どもたちに、マーヤの顔を指さして『これは耳』『これは目』とお姉さんぶって教えていて、それがとてもかわいかった」
 「家族は明かりを失ってしまったようです」。アフマドさんの言葉には言いようのない無念さがにじんでいた。

 ▽国際法に反し、土地を浸食

 イスラエルは1948年の成立に際し、建国以前に居住していたパレスチナ人を大量に強制移住させた。反発する周辺のアラブ諸国と敵対するが、1967年の第3次中東戦争に勝利し、複数の地域を新たに支配した。これ以来、ヨルダン川西岸は占領下にある。イスラエルは、西岸の各地でユダヤ人が居住地をつくるのを黙認し、占領地を事実上の自国の領土に組み入れてきた。国際法が明確に禁じるこの「入植」を拡大し、パレスチナの土地を浸食し続けている。

 こうした現状に抵抗するパレスチナ人を、イスラエル政府や入植者は軍事力で抑圧してきた。ガザでの戦闘開始後はいっそう緊張が高まり、国連人道問題調整室(OCHA)によると、昨年10月7日以降にイスラエル側に殺害された西岸のパレスチナ人(東エルサレムを含む)は、今年1月末時点で370人に上る。

 ▽「イスラエル人なら対応違っていた」

 国際非政府組織(NGO)「ディフェンス・フォー・チルドレン・インターナショナル」のパレスチナ支部は特に、子どもの被害に焦点を当ててきた。支部はルカイヤちゃんの事件も調査。調査責任者アエド・エクタイシュさん(56)は言う。
 「父親のアフマドさんは知らせを受けて現場に駆け付けましたが、イスラエル警察はアフマドさんがルカイヤちゃんのそばに駆け寄ることすら許しませんでした。ルカイヤちゃんの遺体は地面に放置され、家族が近づくことができたのは、ルカイヤちゃんが撃たれてから7時間近くたってからだったようです」

 「一家がイスラエル人だったら対応はまったく違うものだったでしょう。そもそもイスラエルが、検問所を設置してパレスチナ人の移動の自由を制限するような占領政策を続けていなければ、ルカイヤちゃんは殺されずにすんだのです」
 イスラエル警察はルカイヤちゃんの事件を捜査する方針を示したが、エクタイシュさんは「捜査は時間がたつにつれてうやむやになり、だれも責任を問われることなく終わるのがいつものことです」と突き放す。
 筆者は事件発生から1カ月となる2月7日、イスラエル警察の三つの広報窓口に捜査の進捗状況などを尋ねるメッセージを送ったが、いずれからも記事配信までに返信はなかった。

 エクタイシュさんは、イスラエル人とパレスチナ人の人権にあからさまな差をつけて統治するイスラエルの占領政策は「アパルトヘイト(人種隔離)としか言いようがありません」と指摘した。そして、厳しい制裁を加えてかつての南アフリカの白人政権をアパルトヘイト撤廃に追い込んだように「国際社会がイスラエルを黙認せずに強い行動を起こすことが、いま求められているのです」と力を込めた。