今年2月に獄死したロシアの反政府活動家ナワリヌイ氏について、死の直前まで、ロシアと欧米諸国の間で、同氏とドイツにいるロシア人終身刑受刑者との身柄交換の交渉が進んでいたことが明らかになった。交渉はどのようなものだったのか、ナワリヌイ氏の死と関係があったのかなど依然、謎は多い。独立系メディアの報道などからその内幕を検証した。(共同通信=太田清)

 ▽初めて名前を口に

 ロシア大統領選でプーチン大統領が圧勝した3月18日。選挙対策本部で会見したプーチン氏は、選挙とは直接関係のない意外なことを明らかにした。
 ナワリヌイ氏に関する報道陣の質問に対し「死去の数日前、ある人々が、ナワリヌイ氏と西側で自由を奪われた人との交換の話を持ち込んできた。そのうちの一人が全てを言い終わらないうちに私は『賛成する』と答えた」と、身柄交換を了承していたことを明らかにしたのだ。
 プーチン氏は身柄交換の条件として「(ナワリヌイ氏がロシアに)
帰れないように」すべきだとしたほか、交換の話を持ち込んだのは「大統領府の人間ではない」とも語り、その人物が、うわさされていた新興財閥オリガルヒの一人、ロマン・アブラモビッチ氏である可能性を示唆した。
 収監中の人物を恩赦し、事実上の国外追放にした前例としては、プーチン氏の政敵で現在英国に住む元オリガルヒのミハイル・ホドルコフスキー氏が有名だ。
 プーチン氏はさらに、「残念ながら、起こったこと(ナワリヌイ氏の死)が起こってしまった」と、同氏の死が意図せざるものであったと強調した。

 プーチン氏がナワリヌイ氏死亡について言及したのは初めて。ロシアメディアによると、これまで、ナワリヌイ氏を嫌悪し、同氏に関する質問に対し「あの人物」「あなたが名前を挙げた人」など、公の場でその名前を口にすることがなかったプーチン氏が、今回の会見でナワリヌイ氏の名前を初めて言葉にしたという。
 英調査報道サイト「ベリングキャット」などで調査報道を手がけたブルガリア出身の著名記者クリスト・グロゼフ氏はX(旧ツイッター)に「予期しなかったことだが、プーチン氏は交換の提案があったことを認めた」と書き込んだ。

 ▽交換望まなかった?

 ナワリヌイ氏の陣営は既に2月、交換交渉があったことを明らかにしていたが、プーチン氏の発言とは全く趣旨が異なっている。プーチン氏が最終的にナワリヌイ氏殺害を指示したというのだ。
 ナワリヌイ氏が立ち上げた「反汚職闘争基金」幹部のマリヤ・ペフチフ氏は2月26日、ユーチューブに投稿した動画で、ナワリヌイ氏の死の直前、交換交渉が最終段階を迎えていたと主張した。
ペフチフ氏によると、交渉でロシアが釈放するとされたのはナワリヌイ氏とロシアで拘束中の米国人2人。一方、欧米側の釈放対象はロシア連邦保安局(FSB)の元大佐ワジム・クラシコフ受刑者だった。同受刑者は、2019年にベルリンで、ロシア南部チェチェン共和国で独立派武装勢力の一員だったとされる男性を殺害した罪で、ドイツで終身刑の判決を受け服役している。

 クラシコフ受刑者については、プーチン氏は2月8日に公開された保守系テレビFOXニュースの元キャスター、タッカー・カールソン氏とのインタビューで、「愛国的な理由から」欧米で犯罪を行い服役中の人物を取り返す必要があり、欧米側と交渉が行われていることを明らかにしている。
 しかし、ペフチフ氏はプーチン氏が最終的にナワリヌイ氏が自由になることを望まず、同氏の殺害を指示したと主張。欧米側はクラシコフ受刑者の釈放に前向きで、同受刑者との交換対象としては、ロシアで拘束中の別の人物を提案する予定だったという。
 ペフチフ氏の主張に対し、ロイター通信は、プーチン氏がナワリヌイ氏解放を望まないなら、最初から交換交渉を拒否すれば良く、その点にはペフチフ氏は触れていないと指摘している。

 ▽仲間を見捨てない

 3月8日になり、ロシアの調査報道ニュースサイト「アゲントストボ」は身柄交換交渉の事情を知る4人の情報源の話として、交渉の詳細を報道した。
 それによると、2月16日、ナワリヌイ氏が死亡したことが報じられた時刻の約4時間前、プーチン氏はアブラモビッチ氏と会談し、身柄交換の提案に同意すると述べた。
 ロシアが釈放に同意したのは、ナワリヌイ氏に加え、ともにロシアで拘束中の元米海兵隊員ポール・ウィーラン氏と米紙ウォールストリート・ジャーナルのエバン・ゲルシコビッチ記者だった。
 プーチン氏はクラシコフ受刑者の釈放を重要視しており、その理由はいかなる場合であれ、ロシアが政権に忠実な仲間を見捨てることはないことを知らしめるためだったという。

 交渉の準備は昨年春に始まり、当初消極的だったドイツも夏には原則的に賛成に回る。その後、ウォールストリート・ジャーナル紙が初めて交渉について報じたことで中断したものの、最終的に今年2月9日のバイデン米大統領とドイツのショルツ首相の首脳会談で、欧米側の態度は固まり、ロシア側でもアントン・ワイノ大統領府長官が交換交渉に同意する考えを伝えたという。
 一方、米ABCテレビやロイター通信など複数の欧米メディアは、欧米政府筋の話として、交渉は初期段階に過ぎず最終局面には達していなかったと指摘、情報は違いを見せている。
だが、多くの人が最も知りたいであろう、釈放が決まっていたのなら、なぜナワリヌイ氏が獄中死しなければならなかったかについては、アゲントストボは伝えていない。