北の地獄から、この春、先頭で生還する豪傑は誰だ!?

勝者に求められるのは、独走力とチームワーク。テクニックとパワー。持久力と精神力。そして、なによりも、ずばぬけた幸運。

そう、単に強いだけでは、パリ〜ルーベを勝つことなどできない。クラシックの女王は、ひどく気まぐれで、冷酷だ。この10年間、石畳トロフィーを天に2度突き上げたものさえ、一人も存在しない。

あまりにも厳しく、あまりに特殊。行く手には幾多の困難が待ち受ける。個人では制御不可能な落車と、無慈悲に襲いかかってくるメカトラ。そのすべてを切り抜け、ルーベの自転車競技場にたどり着くこと自体が、快挙に等しい。

2024年4月最初の日曜日、パリ北部のコンピエーニュに、全25チーム・175人の勇者が集結する。全長259.7kmの大冒険。偉大なるモニュメントがそうであるように、コースはほぼ例年と変わらない。

すなわちスタート地からトロワヴィルまでの約95kmは、アスファルトの道を、ひたすら北上する。舗装路だからとて決して侮るなかれ。来る悪路に向けて熾烈な位置取りが繰り返される上に、この時期は強い南風がプロトンの背中を押す。近年の例に倣って、レース最初の石畳=第29セクター:トロワヴィル〜インシー(3つ星、全長2.2km)に突入するまで、延々と高速アタックが巻き起こる可能性が高い。

もちろん真のパリ〜ルーベは、全29セクター・通算55.7kmの石畳セクターに入ってからが本番だ。荒れたでこぼこ道はただでさえ一筋縄では行かない上に、晴れならもうもうと巻き上がる砂埃が、雨なら絡みつく重たい泥が、選手たちを執拗に苦しめる。距離や石畳の状態によって、難度は1つ星から最大5つ星までの5段階に区分される。うち第19セクター:トゥルエ・ダランベール、第11セクター:モンス・アン・ペヴェル、第4セクター:カルフール・ド・ラルブルの全3か所が、例年通り最難関5つ星に指定された。

残り95km、10番目の石畳=第19セクター、伝説のトゥルエ・ダランベールへと足を踏み入れる。それは鬱蒼とした森の中に引かれた、2.3kmの完全なる直線。往年の炭鉱を地下に隠し持つ一本道へは、下り基調の道を経るせいで、しばし時速60km超の猛スピードでプロトンは突っ込んでゆく。

石畳の状態は恐ろしく悪く、森の下草はいつだって湿っている。両脇に設置されたフェンスのせいで、道幅は急激に狭まり、左右に逃げ場はない。当然ながら落車やメカトラの多発地帯としても知られ、しかも大抵は、待てど暮せど助けは来ない。多くのチャンピオンたちがこの地で絶望を味わってきた。

だからこそ今年、CPAプロ自転車選手組合の要請に基づき、アランベール突入直前に急造の「シケイン」が設けられた。レース委員長ティエリー・グヴヌー氏によれば「小さな迂回を加えることで、突入スピードは時速30〜35kmまで下がるはず」とのこと。今後は永続的な減速手段を模索する予定だそうだが、果たしてプロトンがおとなしく徐行した結果、物語の筋書きに変化は生まれるだろうか!?

走行距離がいよいよ210kmを超え、フィニシュまで50kmを切った頃、選手たちは第11セクターのモンス・アン・ペヴェルに対峙する。吹きさらしの野っぱらの道は、全長3kmと長く、半ばには2つの直角が待ち受ける。しかもこのカーブにはしばし泥のぬかるみが出現し、選手の足を大いに引っ張るのだ。

ちなみに毎春大会前に石畳の修復を請け負う「パリ〜ルーベ友の会」の、昨夏急逝した会長フランソワ・ドゥルシエ氏の一番のお気に入りパヴェが、このモンス・アン・ペヴェルだった。今大会前、同セクターには氏の貢献をたたえる記念碑が設置され、選手たちの熱戦を沿道から見守っている。

激戦のクライマックスは、ラスト17km、第4セクターのカルフール・ド・ラルブルで訪れる。勝負が動く瞬間を生で見ようと、ファンたちも大挙して押し寄せる。辺り一帯にはクレイジーなダンスミュージックが鳴り響き、全長2.1kmの石畳は、バーベキューの匂いで充満する。

カルフール・ド・ラルブル前半は、まるで歯の欠けた櫛のような凸凹石畳の連続だ。一方で左に直角に折れ、セクター後半に入ると、比較的状態のいい直線路が選手たちに加速を促す。マチュー・ファンデルプールが一気に畳み掛け、そのまま初優勝へ向かって15kmの独走に乗り出したのは記憶に新しい。

ただし、パリ〜ルーベの戦いは、フィニッシュラインにたどり着くまで終わらない。そもそも過去10大会のうち、実に7回が、ルーベ自転車競技場まで戦いはもつれ込んでいる。今年もぎりぎりまで勝敗の行方が定まらない場合……残り1周を意味する鐘の音と共に、セメントのバンクは決闘場と化すのだろう。

気になる優勝大本命には、断然、マチュー・ファンデルプールの名が挙げられる。1週間前のロンド・ファン・フラーンデレンを45kmの独走でもぎ取ったばかりの現役世界王者には、2008年・2009年トム・ボーネン以来となる2連覇はもちろん、2013年にファビアン・カンチェラーラが成し遂げて以来のロンド&ルーベ同一年制覇も期待される。またミラノ〜サンレモとロンドを立て続けに手にした所属チームのアルペシン・ドゥクーニンクにとっては、3連続モニュメント制覇の偉業もかかる。今季のサンレモ王者ヤスペル・フィリプセンもまた、昨ルーベ2位として、今大会の優勝候補の一人だ。

昨大会は4位に甘んじたマッズ・ピーダスンは、絶好調だったこの春を、最高の形で終えたいと願う。パリ〜ルーベこそ「一番脚質に適したモニュメント」であり、「一番勝ちたいモニュメント」。ヘント〜ウェヴェルヘムではファンデルプールを一騎打ちで蹴散らし、自信はある。一方でこの3月に石畳レースで2度落車し、シュテファン・キュングは少々自信消失気味なのだとか。だからこそ泥んこ大戦に向けて、メカの微調整に余念がないとのこと。

フランドルでは3位から5位までを独占したUAEチーム・エミレーツは、かつてのルーベ2位ニルス・ポリッツを筆頭に、またも大暴れするか。2015年覇者ジョン・デゲンコルプは、落車に泣いた1年前のリベンジを誓い、2022年に独走勝利をさらったディラン・ファンバーレは、クリストフ・ラポルトと力を合わせ、ワウト・ファンアールト不在のヴィスマ・リースアバイクに悲願の石畳モニュメント勝利をもたらしたい。

文:宮本あさか