【和田秀樹 笑う門にボケはなし】

 読者の方の中には、高血圧で治療を受けている方がいると思います。そんな人が必ずといっていいほど受ける生活改善の指導が減塩です。

「塩分は血圧を上げて、動脈硬化を進めるから、なるべく塩分は控えてください」

 このような言葉で主治医は減塩を勧めるでしょう。確かに塩分が多過ぎると、血圧が上昇し、脳出血の可能性が高まって、死亡率が上がるという研究もないわけではありません。しかし、その逆の結果が出ている豪州の研究もあります。塩分の取り過ぎが死亡率を上げるかどうかについては、一概に決めるのが難しいのは事実です。

 私の経験的な結論は逆です。高齢者の場合、塩分を控えていると、低ナトリウム血症を起こしやすく、かえって健康寿命を短くするリスクが高まると思います。

 ナトリウムは重要な栄養素で、体内には一定量が保たれるようにできています。その役割を担うのが腎臓で、塩分の摂取量によって、塩分の排出量をコントロール。これが、腎臓に備わるナトリウムの貯蓄能です。

 若くて腎臓がきちんと機能していると、ナトリウム貯蓄能は適正で、ナトリウム濃度は一定にキープ。しかし、加齢や病気などによって腎機能が衰えてくると、ナトリウム貯蓄能も低下し、本来キープされるべきナトリウムも尿から排出されることがあります。そのため高齢者は、低ナトリウム血症を起こしやすいのです。その症状は、意識がぼんやりする意識障害、吐き気、倦怠感、疲労感、頭痛、筋肉のけいれんなど。高齢者にとって、低ナトリウム血症は、意識障害を起こしやすいリスクのひとつで、侮ってはいけません。

 厚労省は、1日のナトリウム摂取量を塩分に換算して目標値を設定。成人の場合、男性は7.5グラム未満、女性は6.5グラム未満で、高血圧はじめ腎機能が低下している人はさらに厳しく、1日6.0グラム未満です。これをキチンと守っている人ほど低ナトリウム血症を起こしやすくなります。

 それなのに、減塩の重要性ばかりが喧伝され、そのリスクである低ナトリウム血症についてはほとんど言及されません。多くの医者が厚労省のマニュアルに従っているためでしょう。

 高齢者は濃い味を好むようになります。その理由として味覚が鈍くなることもあるでしょうが、それ以外に体の適応反応もあるでしょう。その反応とは、ナトリウム貯蓄能の低下でナトリウムが排出されやすいことで、脳が外からナトリウムを摂取するよう求めているのです。動脈硬化が進んだ血管で酸素やブドウ糖などを体のすみずみまで届けるには、血圧を高めにして血流をキープすることが欠かせません。それで、塩辛いものを体が欲するという要因もあるでしょう。

■最近の研究結果でも明らかに

 最近の大規模研究では、1日10〜15グラムの塩分摂取が最も死亡率が低いという研究結果も明らかになっています。意識障害の予防という点でも、健康の面でも、減塩より塩分摂取が重要です。

(和田秀樹/精神科医)