昨年、女子プロレス団体スターダムから5人の新人がデビューした。今年に入ってからも1人デビュー。1人は退団したものの、彼女たちの出世争いは大会の“見もの”の一つになっている。

 新人たちのほとんどにバックボーンがある。さくらあやと八神蘭奈は空手、HANAKOは学生プロレス出身だ。だが、八神と同日、昨年12月25日にデビューした玖麗(くらら)さやかにはそれがない。スターダムに入門する前、彼女が志していたのは絵画だった。

 出身は愛知県豊橋市。美術系の高校に通い、上京したのも美術の勉強をするためだった。専門は油絵だ。部活動はブラスバンド。スポーツとは無縁に生きてきた。

かつて怖かったプロレスに惹かれた理由

 そんな人生が一変したのが2022年だった。9月、知り合いに誘われてスターダムを観戦する。

「プロレスは怖くて見たことがなかったんです。でも実際に見てみたら“私もこの人たちみたいになりたい”って。何かが降りてきた感じですね。選手がみんなキラキラしていて、同時に泥臭い。こんなに面白い世界があるのかと思いました」

 9月に初めてプロレスを見て、10月1日にはリーグ戦「5★STAR GP」決勝大会の会場へ。決勝戦はジュリアvs.中野たむだった。感動のあまり帰りの電車の中で新人募集に応募する。「まだスターダムの選手全員の名前も知らなかったんですけど」。

 年が明けて3月に入門。ただでさえ練習は厳しい。スポーツ歴のない玖麗にはついていくだけでも大変だった。

「基礎がないし技術も知識もなくて、人より抜きん出る以前の問題で。置いていかれないようにするので必死でした。周りと同じレベルで練習できるように、みんなが見てないところで“コソ練”してましたね。頑張って練習してるみたいに見られるのも恥ずかしかったんです。みんなができてることができないと思われるのが悔しくて」

初勝利は“相手の反則負け”

 もともと頑固で負けず嫌いと言われていたそうだ。「プロレスを始めて、自分でもそれが実感できました」と玖麗。昨年12月にデビューしてからも苦闘が続き、だからこそ負けん気を刺激された。初勝利はトップヒール・刀羅ナツコとの試合。いいようにやられて、結果は相手の反則負けだった。勝った実感など何もない。

「これが私の初勝利……」

 呆然としながら、それでも強気なところを見せたのが印象に残っている。

「でも勝ちは勝ちなので」

 中野たむ率いる人気ユニット「コズミック・エンジェルズ」(コズエン)入りをアピールすると、同年デビューですぐ上の先輩であるさくらあやとのコズエン見習い対決を経験。2人揃ってのユニット入りを果たし、今度は新人王座フューチャー・オブ・スターダム挑戦を表明した。自力勝利のない選手がタイトル挑戦。風当たりもあったが「やりたいことがあったら実現させないと気が済まないんです。プロレスラーにもそうやってなったので」と言う。

中野たむの絶賛「天性のアイドル力を持っている」

 そんな玖麗のポテンシャルを早くから認めていたのが中野たむだ。「天性のアイドル力を持っている」と玖麗を評する。

「見てると自然に応援したくなるんですよ。それは未熟だから、弱いからというだけじゃない。応援したくなるというのはアイドル的な能力だと思います。でも不思議なんですよ。コズエンはみんな芸能活動を経験してるんですけど、玖麗だけはそうじゃない。“魅せる”にはどうすればいいか、経験値として知ってるわけではないんです。なのに目が離せない。今まで見たことがないタイプですね、玖麗は」

 難易度の高い技を使うわけではない。いわゆるプロレスラーらしい、力強い立ち居振る舞いができるわけでもない。でもそこがいい、ということもあるのがプロレスだ。リング上、不安に押し潰されそうな顔をしながら、それでも目に力を込める。ファンの声援を聞いて、腰のあたりで小さく拳を握る。たむの言う“アイドル”とは職業のことではなく、存在のあり方のことなのだ。

 プロレスラーらしくはないけれど、プロレスに向いている、ということなのだろう。玖麗を見ているとそう思う。本人もレスラーとしての手応えを掴んでいる。

「ちょっとずつですけど成長できてるのかなって。コズエンに入ることができたのも自信になりました。自分にワクワクするというか、可能性を感じることができたんです」

「今はまっすぐ闘いたいです」

 プロレス界に入って発見したのは「自分は目標に向かって頑張れる人間なんだ」ということ。楽しいことばかりではないが、だからこそ面白いと思っている。

「辛い時とか“わー!”ってなる時もあるんですけど。でも何もない平坦な人生よりはいいなって。これからもいろんなことが起きてほしいです」

 そんな性格もあり、またプロレスを知ってからの期間が極端に短いこともあってか、今の玖麗は乾いたスポンジのように“プロレス”のさまざまな要素を吸収している。フューチャー王座挑戦前後のコメントの違いも興味深かった。

 タイトルマッチ調印式の会場でインタビューした時には、こんなふうに話している。4月16日のことだ。

「今はまっすぐ闘いたいです。技術やパワーでは敵わなくても、諦めない気持ち、折れない心が伝われば」

「いろんな人に言われて、それが悔しくて…」

 だが4月27日、横浜BUNTAIでのビッグマッチでチャンピオンの吏南に挑む姿は“気持ち”だけではなかった。エルボー、ドロップキックという基本技を中心にしつつ、コーナーを蹴ってのカッターという新技を用意してもいた。結果としては完敗。しかし玖麗自身は“どこまで粘れるか”といった次元で闘ってはいなかった。

「試合が始まる前はずっと緊張していて、途中で何もできなくなったらどうしようと思ってました。でも始まったら会場の大きさとかタイトルマッチとか関係なくなって、目の前の相手に勝ちたいというだけで。凄く興奮してる自分がいました。

 挑戦が決まってからは、どんな技を出せば勝てるんだろうと考えました。自分の一番の弱点はスタミナなので走り込みをしたり。挑戦表明してから“まだ自力勝利もしてないのにベルトがほしいのか”といろんな人に言われて、それが悔しくて。でもそれは事実なので、結果で見返すしかないと思ってました」

 新人は新人らしく、結果を気にせず伸び伸びやればいい。優しいファンはそう言ってくれるのだが、玖麗はそれでは満足できないと言う。

「勝ちたいという気持ちがどんどん強くなってるんです。ガムシャラに一生懸命やるだけじゃ勝てないのも分かりました。まだ新人だからと言われても、勝負である以上は勝たないと。新人だっていつか勝つ時がくる。それを1日でも早く、と。負けてもいいやと思って臨む試合なんて、見ていても面白いはずがないですよね」

試合ごとに、“プロレスラー”になっていく

 インタビューでは、学んできた油絵とプロレスの共通点についても聞いてみた。玖麗は明確な答えを持っていた。

「絵は自分を表現するものだと思ってます。自分と向き合って、内面から出てくるものをキャンバスに乗せるんです。プロレスも同じで、自分と向き合って出てきた内面をリングで解放する。表現としてよく似てますね。

 自分をさらけ出さずに、小手先の技術で“上手いっぽい表現”をしても、見る人が見ればバレてしまう。やっていて思うのは、自分を解放してさらけ出すのが気持ちいいというか、生きてる感じがします」

 試合ごとに、あるいはプレッシャーのかかる場面を経験するたびに、彼女は“プロレスラー”になっていく。今の玖麗を見ていて何より楽しいのはそこだ。自分をさらけ出し、なおかつ“結果”も意識し始めて、成長はより早まるだろう。そして初の自力勝利を掴んだ時、その“アイドル力”も爆発するのではないか。

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara