「自由に発言してくれていいよ」では不十分…上司が知るべき“本当の心理的安全性”とは

企業では昨今、自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる「心理的安全性」の重要性が叫ばれている。そんななか組織論の第一人者である太田肇氏と、イノベーション論・モチベーション論に精通する金間大介氏は、心理的安全性はたんなるメンタルの問題ではないと指摘する。上司と部下の関係において求められる"本当の心理的安全性"とは――。

※本稿は、(2024年4月号)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

聞き手:編集部(中西史也)


職務が明確でオープンな米国、曖昧な日本

――若手社員の突然の退職に多くの企業が頭を悩ませています。若者を自社にとどまらせるために、会社側はどう対応するべきでしょうか。

【太田】まずは若者が退職していく耳の痛い現実を受け止めなければなりません。いずれは辞めるという前提で、会社にいるあいだにどれほど貢献してもらえるかを考えるべきです。

たとえば米国のキャリアカウンセラーの話によれば、彼らが就職支援をしている人は「自分は5年後には独立する気でいます」と率直に言うそうです。

するとキャリアカウンセラーは「では、あなたが5年後に独立できるように最大の支援をします」と伝え、その情報は企業側にも共有される。つまり、就職希望者の本音を会社側がある程度わかっている状態です。

一方で日本では、社員がいずれは辞める気でいるのに、会社側が「定年まで働いてくれる」という認識でいるからギャップが生じる。金間先生の『静かに退職する若者たち:部下との1on1の前に知っておいてほしいこと』(PHP研究所)に出てくる1on1ミーティングにおいても、上司は若手社員の本心が見えずに苦労するわけです。

【金間】もともと成長意欲が高く自社の枠に収まらない社員に対して会社は、太田先生のおっしゃるように、辞める前提で向き合うしかないでしょう。

そのうえで企業ができることは、上司も人事部も建前ではなく、「ここまでは社員の要望に対応できる・できない」という本音をオープンにすることです。いまの若者は消極的に見えてじつは情には厚いので、心の内を語る上司がいれば「この人は信用できるな」と少しは思ってもらえるかもしれません。

【太田】もちろん人事部も、部署としての役割や言えない事情もあり、葛藤を抱えているでしょう。日本の企業で本音によるコミュニケーションが浸透しない背景には、上司・部下間のパターナリズム(父と子の関係のように、強い立場にある者が弱い立場の者に対し、本人の意思に反して干渉しようとすること)があります。両者が対等な関係にないため、本音で話す関係を築くことは難しいのが現実です。

【金間】僕の研究対象である米国では、社員がどの領域でどこまで仕事をするかの内容が雇用契約に明記されます。たとえば「既存事業のなかで最大限のパフォーマンスを発揮する」と書かれていれば、その範囲内での主体性しか求められていないわけです。

ところが日本では、職務内容や領域は曖昧にしか伝えられない。日本も米国とまったく同じような「ジョブ型」の組織になれとは言いませんが、少なくとも「社員にどこまでの主体性を求めるのか」について、明確にシステム化するべきでしょう。


心理的安全性をシステム化せよ

――金間さんが提起された「オープンな関係」に関わる概念として昨今語られるのが「心理的安全性」です。組織のなかで自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態を意味しますが、どうすれば社員の「心理的安全性」を築けるのでしょうか。

【太田】そもそも「心理的安全性」を確保すれば若手社員が主体的に働くかというと、そうではないと思います。上司と部下という上下関係自体は変わりませんから。いまの若者はとくに「何もしないほうが得」な状態にあるので、わかりやすいメリットが必要でしょう。

【金間】よくわかります。僕も「心理的安全性」はメンタルの問題ではなく、システムの問題だと捉えています。上司にも一人の人間として当然感情があり、何を言ってもいいわけではないことを部下は理解しています。上司は部下に「自由に発言してくれていいよ」とただ伝えるのではなく、何を言ってもペナルティはないという制度を明文化するべきです。

【太田】上司と部下がより「対等な関係」に近づくためには、タクシーの運転手や証券会社の外務員のように、成果と連動した報酬制度を採用するのも一案でしょう。

【金間】評価する側である上司が、評価される側である部下に対して、「私はあなたのこの部分の評価に携わっている」という事実を示すべきですね。逆に他の点は評価者ではなくなることがわかれば、評価者・被評価者という関係は薄れます。

そういった点を曖昧にしたまま、「何を言っても大丈夫な場をつくろう」という号令は意味がなく、無責任だと思います。たとえば日本のメンバーシップ型の企業で、同じ管理職でも違う部署の部長には悩みを打ち明けやすいことがあります。

【太田】斜めの関係性ですね。

【金間】はい。役職に加えて、能力の上下関係の問題もあります。企業では基本的に、経験が豊富な上司のほうが部下よりも能力がある場合が多い。一方で医師や学者といった専門性の高い職種では、仕事の内容に最も精通しているのは医院長や学長ではなく、それぞれの専門分野の医師・学者本人です。

一般企業でも最前線に出ている社員の専門性を高め、上司や経営陣は彼ら彼女らのサポートに徹する。このようにヒエラルキーを反転させて逆ピラミッド型になればいいのですが、メンバーシップ型の組織が中心の日本で実現するのは簡単ではないでしょうね。

【太田】ヒエラルキーの反転で言えば、部下が上司を評価する制度を導入している企業もありますね。また「リバースメンタリング」といって、部下が上司のメンター役を担う仕組みもあると言います。国内では資生堂などが導入しているそうですよ。

――組織が意思決定する際には、むしろ上下関係がはっきりしているトップダウンの仕組みのほうがスムーズに機能する面もないでしょうか。

【太田】もちろん組織である以上、最終的な意思決定権者は明確にするべきでしょう。部下に裁量を与えたうえで、部内で意見が割れてまとまらない場合は上司が決めるというように、どのような流れで意思決定するのかを社員同士で共有しておくことが重要です。

【金間】トップダウン型とボトムアップ型の良し悪しは、組織の目的によって変わります。

たとえばサッカー日本代表が「アジアカップで優勝する」という直近の明確な目的が定まっている場合は、森保一監督がトップダウンで指揮を執るべきです。ただし、その際に幹部は選手たちに、存分にプレーできるだけのリソースを投入する必要があります。

一方でボトムアップ型が力を発揮するのは「探索」の段階です。この大会に優勝するという短期の一点突破ではなく、たとえば「日本サッカーの地力を上げるためにどうするか」を探っているときは、選手自身に主体的に考えさせることがより重要になる。企業においても同じことが言えると思います。


若者も中高年も「いい子症候群」な日本

――上司と部下が本音でコミュニケーションを取らない、主体性を見せないなど、太田さんが著書『何もしないほうが得な日本:社会に広がる「消極的利己主義」の構造』(PHP新書)で唱える「消極的利己主義」、金間さんが『先生、どうか皆の前でほめないで下さい:いい子症候群の若者たち』(東洋経済新報社)で指摘する「いい子症候群」の風潮は日本に特有なのでしょうか。

【太田】厳密に言えば、海外でも中国の「タンピン族」(寝そべり族=競争社会を忌避し、高額消費、結婚・出産を諦めるライフスタイル)は「消極的利己主義」と似た部分はありますが、消極性は日本のほうが色濃いでしょう。

たとえば職場での消極性では、パーソル総合研究所が2019年に行なった調査によると、日本は「会社で出世したい」「管理職になりたい」人の割合が調査対象国のなかで最下位でした(図表)。

【金間】20代を中心とした若者の「いい子症候群」はどの国も存在するでしょうが、割合としては日本に多いと思います。僕が大学生を対象に「最も公平な分配方法」を尋ねた調査では、日本人の大学生は50%以上が「平等分配」(完全一律な分配)だった一方で、米国の大学生は過半数が「実績に応じた分配」でした。日本の若者は米国に比べて「横並び」を重視しているわけです。

「いい子症候群」は「消極的利己主義者」の卵のような位置づけにあるとも言えますが、彼ら彼女らは日本国内の都市部と地方で差が見られるのか、太田先生はいかがお考えですか。

【太田】消極的利己主義者は、地方よりも都会のビジネスパーソンに多いのではないでしょうか。地方はむしろ「一国一城の主」という意識が強いですからね。

【金間】同感です。僕もよく「いい子症候群は地方に多いですよね。消極的で外に出たがらない人が地元にとどまるんじゃないですか」と聞かれます。でもそうとも言えません。「いい子症候群」の若者は東京の大学に出て大企業に就職することが一番の安定だと考えているので、むしろ都市部に集まっている可能性もあります。

【太田】「いい子症候群」は若者だけではなく、安定志向という意味では中高年にも言えそうですね。

【金間】いまの若者は上の世代の映し鏡ですからね。「失われた30年」と言われますが、部下が上司に管理された主体性しか発揮できず、イノベーションが生まれにくい構造が浸透しているのは深刻な問題です。

【太田】最近、企業の管理職の人に話を聞くと、「仕事の地位・影響力を手放したくない」と露骨に言う人が増えている印象です。これでは若手社員のモチベーションが上がらず、静かに退職していくのも無理もない。

【金間】成長しているマーケットであればいいですが、市場が縮小しているのにイノベーションを起こせなければ、企業は急速に衰退していきます。部下が主体性をもたないことを上司が良しとする「均衡」を打破するためにも、社員のモチベーションや心理的安全性をシステム論としての視座から再検討したいところです。

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