ある書籍がいま爆発的に売れている。アメリカでベストセラーになったノンフィクションの邦訳版『トランスジェンダーになりたい少女たち』。KADOKAWAが去年、出版を発表していたが、差別を助長するなどの抗議があり中止に。産経新聞出版が改めて出版することとなった。

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 抗議対象となったのは「古いデータや誤ったデータが使われている」という点。また、ネット上に過激なジェンダー思想があふれ、未熟な少女達の判断を誤らせた結果、手術後に後悔している…などの記述が、真のトランスジェンダーへの差別につながる懸念があるといった点だ。『ABEMA Prime』では出版をめぐる「表現の自由」、そしてトランスジェンダー当事者が抱える生きづらさや問題点を考えた。

 岡山大学ジェンダークリニックの中塚幹也医師によると、米国は性別移行手術につながりやすい国であることから、手術を後悔する声やブームへの警鐘に意義があると説明。日本は手術しづらいどころか、親の反対などで医療につながらない人もいるため、出版自体は反対ではないが、日本の状況を追記して出版すべきだったとの立場を示す。

 この書籍は、原題『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing our Daughters』で、直訳すると「取返しの付かないダメージ 娘たちを誘惑するトランスジェンダーの流行」となる。発売中止となったKADOKAWA版のタイトルは『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』だったが、今回刊行された産経新聞出版のものは『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』となっている。

 トランスジェンダーで、10代で性別移行を始めた「性別越境評論家」の阿部智恵氏は「ちょっとずつタイトルは柔らかくなっている」として、「“絶対に世に放ってはいけない”という温度感は偏っている」との印象を示す。書籍を読んだ上で「親心が表出する本としては納得できる。後悔するパターンは、どうしても出てくる。ただ、それより論じられるべきは、トイレ・銭湯などの女性スペースや、スポーツの問題ではないか」と話す。

 自身については「オープンに話せる人」のため比較的楽ではあるが、「元の性別を知られたくなく、表に出たがらない当事者」は苦境にあると語る。「対立構造が炎上で可視化される流れは、個人的には『またか』と感じる。目立たず生きたい子にとっては、騒ぎになることで余計に生きづらくなる」と訴えた。

 SNSインフルエンサーでトランスジェンダーの花上惇氏は、「正しい情報を伝えていれば、言論・表現の自由から、出版はいいのでは」との立場。「体を変えることには、やってみないとわからない部分がある。後悔する人も、生き生きする人もいて、グラデーションの中で正解がわからない時代だ」。

 その上で、「ひっそり暮らしたい人は、前に出たい人より圧倒的に多い」といい、「いまの世の中は、押しつけがちな風潮があり、それがヘイトを膨らませてしまう。『もう放っておいて』と思う人も多いはず。私が発信する理由は、権利の主張ではなく、間違った情報が伝わらないようにするため。ひっそり暮らしたい人を考慮して、歩み寄るのがいいのでは」と提案する。

 “多様性”と一言でいっても、その考えは人それぞれだ。花上氏は「私たちが声を上げて権利を主張することも大事だが、『生理的に受け付けない』という人も、世の中にはたくさんいる。反対派の意見も含めて“多様性”。歩み寄りを否定しないが、当たり前に教育を受けられる、下の世代に期待するしかない」と述べた。

 一方、阿部氏は「体をひたすら変えていくしかないと思っている」との考えを明らかにし、「そういう人が増え、性別を越境している人が当たり前になることでしか、融和はないと思っている。言論や歩み寄りでの解決には絶望しているし、周りの人も光は見い出せていない」とした。

 「EXIT」りんたろー。は、「こうした書籍は、悩んでいる人に希望や勇気を与え、知識や現状を理解してもらうためにあるべき」としながら、実際には「当事者の苦悩が、二の次、三の次になって距離感が生まれ、結局得をするのは出版社だけ、みたいなってしまうのは腑に落ちない」との見方を示す。

 ジャーナリストの堀潤氏は、「『誰がどういう思惑で、このテーマに火を付けているか』を明確にして話を受け止めるリテラシーを持たないと、政治的・宗教的な運動に、知らず知らずのうちに加担する可能性がある」と指摘し、「ステークホルダーが集まって、フラットに話せるような環境が、社会やメディアにあることが必要だ」とした。(『ABEMA Prime』より)