福島県の国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追(のまおい)」の開催が25日に迫った。今年から、例年より2カ月早い5月開催となった。知恵を絞りながら、1千年以上と言われる伝統行事の継承に努める。(大久保泰、酒本友紀子)

 4月下旬の午前4時、福島県南相馬市の会社員豊田匡恭さん(60)は相馬野馬追に出る馬を調教する「練馬(れんば)」に取り組んだ。例年より2カ月早い。

 馬にまたがる頃、空が白み始めた。「4月だと暗いかと心配したが支障なかった」と安堵(あんど)した。「炎天下で長距離を歩くことは馬にとって大きな負担。涼しい季節になるのはいい」

 7月末開催の伝統行事が5月に変更された最大の理由は「酷暑」だ。昨年の期間中の最高気温は35度超。南相馬市では熱中症などで、騎馬武者と観客計83人が救護所で対応を受けた。馬も111頭が「日射病」になり、2頭が死んだ。市役所には「馬がかわいそう」「祭りをやめて」といった苦情が相次いだ。

 昨年5月、三重県桑名市の多度大社で開かれた県無形民俗文化財の「上げ馬神事」をめぐり「動物虐待ではないか」と批判が高まったことも重なり、日程変更にかじを切った。

 祭りには五つの騎馬会が参加する。南相馬市の小高地区は、東京電力福島第一原発の事故による避難指示で、祭り用に飼っていた馬を手放した人も多い。今は宮城県名取市に暮らす小高郷騎馬会の松本充弘会長(77)は「馬術大会とかぶって馬を借りるのを断られた人もいるが、何とか貸し手をさがし、めどをつけたようだ」と話す。

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 出陣式や騎馬武者の行列を取り仕切る相馬市の相馬中村神社は、5月開催で予想外の影響を受けた。

 みこしの担ぎ手や旗持ちに2日間で延べ300人ほどが必要で、地元企業に出してもらってきた。昨年、延べ180人余りを派遣したIHI相馬事業所は今年は120人程度だ。

 同事業所によると、業務で参加するため労働基準法などの制約がある。春先は新入社員が試用期間中で「休日や時間外労働につかせられない」。森拓樹(ひろき)宮司(45)は「神事なので本当は今まで通りの時期がいい」と本音を漏らし、「延べ100人くらい足りない。みこしの担ぎ手や旗持ちなどをできるだけ少なくするしかない」。

 南相馬市の小高地区では、最終日に暴れ馬を素手で捕らえて奉納する神事「野馬懸(のまがけ)」などが行われる。これまで最終日は夏休み中だったが、今年は平日。小高小学校と小高中学校は休校にする。

 小高地区は原発事故による避難指示が続いたことで児童・生徒が激減し、伝統の継承も課題だ。小高小の村田権一校長は「伝統行事を子どもたちにも見てほしい」。保存会の柳原とも子会長(72)は「語り継いでほしい」と期待する。

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 夏の祭りは近年、時期を見直す動きもある。山形県鶴岡市で100年以上続く荘内大祭は8月15日に開かれていたが、2021年に10月6日に変更した。荘内神社のホームページには「気候変動による猛暑のため、秋に日程を変更しました」とある。メインの「荘内藩伝承大名行列」では、鎧(よろい)武者や着物姿の女性ら約400人が市内を1時間ほど練り歩く。庄内神社の石原未代子権禰宜(ごんねぎ)は「女性の着物は江戸時代の冬物で、真夏に着ると本当に暑い。気温が上がり、外出しないよう呼びかける中での開催は避けなければいけなくなった」と説明する。

 群馬県桐生市で8月2〜4日に開かれる「第61回桐生八木節まつり」は、人気の「ジャンボパレード」を今年は中止する。毎年約500人が参加し、1キロ余りを練り歩く。仮装パレードとして始まったためかおそろいの衣装で参加するグループも多い。市によると、来年以降のあり方は今後検討する。市観光交流課の今泉一美課長は「見る人、出る人の安全を第一に考えねばならない」。

 一方、夏を彩る風物詩や伝統行事の日程変更には慎重なところも。

 高知市で8月にある「よさこい祭り」。1954年に始まり、「商店街の売り上げが落ち込む」との理由で夏開催になった。昨年は踊り子約1万4千人が参加し、人出は約107万人。

 昨年は熱中症などで搬送された人もいた。よさこい祭振興会の事務局は「夏の祭りとして定着しており、簡単に日程は変えられない。踊り子や観光客に注意を促していく」としている。