【神奈川】江の島名物の屋外エスカレーター「エスカー」が今春、自動改札化された。交通系ICカードやスマホアプリも使えるようになり、運営する江ノ島電鉄と藤沢市が、コロナ後に急速に回復する観光客の混雑対策の一助にと、導入を決めた。

 しかし、そもそもなぜエスカレーターに「改札」があるのか。それは全国でも珍しい「有料」だからだ。話は65年前にさかのぼる。

 桟橋で江の島にわたり、売店がひしめく江島神社の参道を進んで鳥居に着くと、左手に見えてくるのが、レトロ感漂う神社風の「エスカーのり場」だ。

 ここから3区間、全長106メートルで高低差46メートルを上り、江の島の頂上にある庭園や展望灯台に5分で到着する。自力で行くと約300段の石段を上って20分近くかかる。

 エスカーの誕生は、最初の東京五輪の5年前の1959年。運営するのは展望灯台を手がける江ノ電だ。

 社史「江ノ電の100年」や、江ノ電ファンで作る「タンコロ研究会」の徳永雅和会長(29)によると、戦後、自動車時代の到来を予見した鉄道会社が、鉄道事業の衰退に備えて観光開発やバス事業の拡大を進めた時期で、江ノ電も51年に、江の島の頂上に展望灯台を開業して観光客を誘致した。

 しかし、灯台は長い石段の上。途中で引き返してしまう人が続出し、観光客をつなぎとめるために発案されたのがエスカーだった。当初は眺めのいい露天が検討されていたが、県の史跡・名勝でもある江の島の景観を守るため、トンネル式で実現にこぎ着けた。

 デパート内などではない屋外の常設エスカレーターは国内初で、「エスカーの歌」やテレビCMも作られ、開業が盛大に祝われた。中には靴を脱いで乗ったり、助走をつけて飛び乗ろうとしたりする人もいたという。

 なぜエスカーは有料なのか。現在の江ノ電の担当者は「トンネルを掘るなどかなりの設備投資をし、回収する必要があったのでは」と想像するが、確固とした理由は分からないという。一方、タンコロ研究会の徳永会長は、「鉄道会社の発想として、エスカーを交通機関と考えたからではないか」とみる。実際に江の島には戦前からロープウェーやモノレールなどの計画があり、江ノ電の「延伸」の意味合いが強かったのではないかという。開業当初の利用券には、昔の鉄道切符のように、ハサミが入れられた跡がある。

 当初35円(1〜3区通し)だった料金は現在360円。その後、夏だけのにぎわいだった江の島が、2003年に建て替えられた新展望灯台のライトアップなどで通年の観光地となり、エスカー利用者は昨年度87万4千人を数える。屋上庭園の入園者90万人には及ばないが、展望灯台に上った約61万人を上回る。

 江の島周辺を中心とする藤沢市の年間の観光客数は、19年に1900万人を突破。悲願の2千万人台をうかがっていた矢先にコロナ禍となり停滞したが、22年は1700万人台に回復した。

 一方で、エスカーは有人改札だったため、繁忙期には1時間近くの待ち時間となることも。そこで、特に混雑する最初の入り口の自動券売機とキャッシュレス対応の改札機など、藤沢市が整備費の一部に3750万円の補助金を出し、今回の自動化となった。

 エスカーのもう一つの不思議は、上りだけで下りがないこと。入社後の初仕事でエスカーの設計などを手がけた江ノ電OBの代田良春さん(88)によると、周囲の商店から「上下あると店が素通りされてしまう」と反対されたためという。(足立朋子)