スーパーGT GT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2024年の第2回は、今季よりGT300クラスへの復帰参戦を果たしたD'station Racingの777号車『D'station Vantage GT3』が登場。開幕戦でのエンジントラブルなど船出の苦しみを味わいつつも、改めてアストンマーティン・バンテージAMR GT3“エボ”となった新型モデルは明らかな進化を遂げているという。

 同チームで2023年までWEC世界耐久選手権を戦ったエースの藤井誠暢と、アストンマーティン・レーシング(AMR)ファクトリードライバーであるマルコ・ソーレンセン、そして2022年のWEC富士でD’station Racingの表彰台獲得に貢献したチャーリー・ファグが2024年のスーパーGTで走らせる最新モデルの素性を、担当チーフエンジニアに聞いた。

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 2019年に本格デリバリーが開始された当時、ファクトリー契約チーム『D'station Racing AMR』として先代モデルを投入。その後はWECを筆頭に国際舞台で経験と蓄積を重ねてきたトップチームが、ひさびさのGT300復帰を果たした。その主力機として選択されたのは、当然のことながらAMRが送り出す最新モデルである。

 イタリアの名門フェラーリ/ミケロット製の488系と同じく、先代はGTE仕様との互換性を持つ仕様となっていたバンテージGT3だが、同カテゴリーがLMGT3を採用するに際しては、フェラーリ296系と同じくGT3規定への最適化が念頭に置かれた。

 その設計・製作には引き続きイギリスの名門プロドライブが携わっているバンテージAMR GT3“エボ”は、新型モデルをベースとした外観から受ける印象以上に、ボディスキン内側のアルミ製軽量シャシーを筆頭にスチール製ロールケージ、Xトラック製6速シーケンシャルトランスミッション、アルコン製クラッチやブレーキなど、その主要部品のほとんどを先代からのキャリーオーバーというかたちで引き継いでいる。

「大幅なモデルチェンジというわけではないので、当然シャシーは同じですし、エンジンも変わりません。主に変更された部分は、カウルや足回りになるでしょうか」

 そう説明してくれたのは、このアストンマーティン・バンテージGT3“エボ”こと、新生バンテージAMR GT3のチーフエンジニアを務める荒重憲氏。昨季2023年はPACIFIC ぶいすぽっ NAC AMG(メルセデスAMG GT3 2020、通称“エボ”)のデータエンジニアを務めていた荒氏は、それ以前は名門SARDでGT500クラスを4年間担当し、経験を積み重ねた。

「そもそも僕自身がGTに関わったのもSARDに入ってからです。それ以前はラリーやスーパー耐久シリーズなど(量産車ベースのカテゴリー)ばかりで、GT3などの経験も特になく、いきなり(GT500に)飛び込んでしまったものですから……」と自身のキャリアに苦笑いを浮かべる。

 そんな荒エンジニアがD'station Racingのマシンを預かるようになったのは、昨季のGTワールドチャレンジ(GTWC)からだと言う。そこで“エボ化”する前の先代バンテージGT3を「わずかながら」経験することができた。

「先代モデルは、とくにエクステリアですごいエアロが装着されていたり、カウルなどが張り出しているなど、そういった部分はあまりなかったのですけど、意外とダウンフォースがあるクルマでした。ただし、その分だけメカニカル(グリップ)が得意ではない部分があり、高速コーナーを比較的得意としていました」

 先代モデルも、それ以前の旧V型12気筒エンジン搭載のバンテージGT3に対しては、飛躍的に空力性能の向上を果たしたモデルではあったが、日進月歩のGT3界にあっては、エアロ面に強みがあるという表現より「どちらかというと、その部分で戦わざるを得なかった」のが実情だった。

 ただし、車高を1mm以下の精度で管理するのが“常態”というセンシティブなGT500クラスで戦った荒エンジニアにとっては、あくまで自身は「GT3でのマイレージはまだ微々たるもの」と前置きをしつつ、海外のコースによく見られる高い縁石をまたぎ、いかに『トラックリミットの際(キワ)を攻めるか』というようなワンメイクタイヤを軸とするクルマづくりは「その部分に関して言えば、GT3はそこまでセンシティブではないクルマ」だという手応えもあった。

「なので(ジェントルマンを含め)そのようなドライブを想定したエアロの作り方になっており、実際にフロアの下に空気が多く流れている状態でダウンフォースが出ています。『空力のために』という観点から車高を下げなくてはいけない部分は、あまり真剣に考えなくても、ウインドウがかなり広く作られていると感じます」

 となると、基本思想はやはり“脚を動かす”クルマづくりが求められそうだが、ここでも路面ミュー(μ/摩擦係数)の高い日本のサーキットと、スーパーGTの開発競争によるピーク性能の高いタイヤを考えると、セッティング可能幅のなかでクルマをよりハード側に寄せた狭い領域での勝負、という問題が顔を出してくる。さらに今季のGT300参戦に際しては、ジョイントしたダンロップに「前後異径サイズ(フロント:300/680 R18、リヤ:330/710 R18)のGT3用タイヤを用意してもらう」必要もあった。

「僕たちはダンロップさんのスーパーGTタイヤへの知見が、ほぼない状態からスタートしました。テストを行うことができたのは2月に入ってからで、アジアン・ル・マン(AsLMS)から帰ってきた次の週にテストで、まだ“エボ”もデリバリーされていない状態でした。そのテストで初めて(先代モデルにダンロップを)履かせたときに理解した部分ではあるのですが、圧倒的にグリップレベルが違います。(AsLMSやGTWCの)ミシュランやピレリに対して、ふたつくらいレベルを上げないといけない感じですね」

■先代の“ナーバス”な特性を改善するため、空力とバランスはリヤ寄りに
 登録されている前後のスプリングは5種類だが、ワンメイクタイヤが主体となる海外レースでの主流は柔らか目のスプリング。しかし、GT300の現状では「上から数えた方が早いくらいのスプリングの硬さ」になっており、キャンバー設定に関しても許容範囲を「ダンロップさんと相談しながら」模索しているような段階だ。

「アンチロールバーも選択肢があるわけではなく、板状のバー(ブレード)に対し回してアジャストを行い、8段階の範囲でしか調整できません。ロール剛性もなるべく硬めに持っていくのですけど、その部分での調整範囲に留まってしまいます。そこから先は『バンプラバーにも手を出すか』となりますけど、まだこのクルマは本当に数カ月の世界で、走行距離を稼げていないこともあり、僕たちもしっかりとした評価を下すことができていません」

 こうした状況も踏まえながら、先代の“メカニカルグリップが得意ではない”部分に関しては確かな進化を感じており、サスペンションアームのモノコック側取り付け点や、アップライト側双方で見直されたジオメトリーと空力中心の移動により「数字を見ても明らかに『リヤ寄りの方向を持っている』ことがわかる」バランスになっているという。

「先代はメカニカルグリップに関してはナーバスな部分が多かったです。バランス的に前寄りになりがちなクルマで、どうしてもリヤの軽さが出てしまい、すごく不安定になってしまいます。ターンインで『これからコーナーに入りますよ』というときに(リヤが)動くので、それを抑えようとするが為にミッドでアンダーステア、というようなクルマでした。ターボラグも含め、先代はストップ&ゴーサーキットがすごく苦手で、モビリティリゾートもてぎはかなり鬼門でしたね(苦笑)」と荒エンジニア。

 その“ナーバスな部分”は「おそらく、全世界のユーザーからフィードバックがあった」と推測される変化として、今回の“エボ”で手が打たれた。基本的なシャシー構造や搭載する3992.5ccのV型8気筒ツインターボエンジンに変化がない分、前後の重量配分こそ大きな改善が望めないなか、ジオメトリー変更が効果を発揮しているようだ。

 第2戦の富士こそ、経験値不足の観点でリヤタイヤのアクシデントが多発するなど、現在もトライ&エラーが続いているD'station Vantage GT3。しかし、急きょエンジン交換をすることになった開幕戦岡山では、持ち込んでいたハード側のタイヤセットで“4輪無交換”を試すなど、タイヤ磨耗の点でも「GT3では難しい……という先入観を払拭する」可能性を見いだすようなプラス効果を生んでいる。

「アンチダイブ、アンチリフト、ロールセンターなどを含め、あらゆる要素がありますが、そういった部分も『とにかくリヤをケアするような方向』に持っていき、そこに余裕が出た分だけ他に手を回せる部分が増えました。エアロ面では先代の少し前寄りだった部分を、“エボ”ではフロントスプリッターの張り出しを抑えて奥へ持ってきています。これによって空力中心がわずかに後方へと下がり、リヤエリアに流れる風をケアしてくれているおかげで、リヤもしっかりとダウンフォースが出ています」

 リヤのダウンフォースについては、定められた120リッターの燃料タンクが満タンから燃料が減っていく状況でも「リヤの上部にすべて乗っていた重量が変動する際に助けになる」方向性だというが、エンジンに関してはBoP(バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整、スーパーGTでは参加条件)により「せっかくのターボエンジンですけど、パワーが活かせないような状況」で、ストレート勝負は現状「イメージはない」という。

「タイヤがいかに持ったとしても、GT3は燃料がボトルネックになり戦略が決まってしまう部分があります。GT3でもやはりNA(自然吸気)のクルマ……例えばメルセデス(AMG GT3)の方が有利ですし、ターボ車両ではBMW(M4 GT3)の数字を見るとわかるのですが、指定されているラムダ(λ/空燃比)がBMWだけ極端に薄いです。(過給圧レシオ)1.10(アストンマーティンは0.91)が指定されているほどのリーンバーン(希薄燃焼/理論空燃比より燃料が少ない状態での燃焼)で、排気量が異なるので同じブーストとは言えないにしても、同じパワーレベルに持っていく点で空燃比が違うので、ものすごく燃費が良いのだと思います」と、このバンテージAMR GT3“エボ”が搭載するメルセデスAMG由来のツインターボは、現状の“3時間”タイムレースでも優位性はないと見ている。

 レースフォーマットが異なるアジアン・ル・マンやGTワールドチャレンジでは、レース距離自体が短い場合もあり、ピットの停止時間が指定されているため、作業時にピットタイマーのカウントを待つ余裕があるなど、そもそも『作業時間』そのものが競技に組み込まれるカテゴリーではない。その点、スーパーGTでは燃費的に「乗れて1時間ちょっと」という現状に対し、勝つために何らかの“飛び道具”が必要となる。

 これまではタイヤ摩耗が「フロントに偏っていた」というバランス改善も進み、車体とタイヤの使い方双方の理解が進めば「燃料で戦略が決まってしまっているのが現状」という状況を逆手に取り、給油時間プラスアルファでピットを後にする夏場の2輪、もしくは無交換での勝負が見られるかもしれない。