東日本大震災から13年が経過した。福島第一原発事故以降、被災者による損害賠償訴訟、全国各地にある原発の運転差し止め訴訟など、原発を巡る訴訟は数多い。

裁判に足を運んでいると、電力会社側の代理人を巨大法律事務所の弁護士が務める例が増えたことに気づいた。また、ある弁護士によると、その巨大法律事務所は、最高裁とも関係が深いのだという。あ然とするばかりだったが、さらに取材を進めていくと、両者の関係を示す事実が次々と明らかになってきた。(ジャーナリスト・後藤秀典)

●映画になった浪江町津島の強いコミュニティ

福島県浜通りの山間に位置する浪江町津島地区。福島第一原発事故直後、放射性物質を含むプルームが上空を通過した時、放射性物質が雨や雪に混じって降り注いだ。土壌は汚染され、全住民が避難を強いられた。2023年3月に全面積の1.6%のみが避難解除されたが、それ以外は未だ帰還困難区域に指定され、立ち入りが制限されている。

住民約1400人のおよそ半数が、国と東京電力に対して賠償を求める訴訟に参加しており、現在、仙台高裁で争われている最中だ。津島訴訟で原告の避難者たちは、「金などはいらない。とにかく全地域を除染して戻れるようにしてくれ」と強く訴えている。彼らの闘いは、これまで映画化もされている。

2023年5月、裁判官、避難者、原告・被告双方の弁護士が参加して、津島での現地調査が行われた。原告のひとり、三瓶春江さんは、4世代10人で暮らしていた自宅を案内し、にぎやかだった暮らし、周りとのつながりの深さ、自然の豊かさ、家族ばらばらになった時のつらさなどを涙ながらに話した。

東電側の弁護士は、多くの避難者がいる目の前で、三瓶さん一家がどんな名目でどのくらいの賠償をもらったのか、事細かに述べた。賠償額は、家族の人数や資産など個々の事情によって異なる。避難者同士でもプライバシーに関わる問題だ。それを他人の前で公表することは、「あなたの給料はいくらですね」「資産はこれだけありますね」ということをすべて明らかにしてしまうようなものだ。

「東電は払い過ぎたと言ってるわけ。それを聞いて悔しくて悔しくて。賠償をしたから事が済むってわけじゃない…」

三瓶さんは怒りをあらわにした。

●「払い過ぎなのでこれ以上払わない」東京電力の“時間稼ぎ”か

東電は、各地で争われている原発訴訟で、「様々な名目で払いすぎるくらい賠償しているので、これ以上払う必要はない」という「弁済の抗弁」を主張している。

これに対し、東京高裁は、神奈川訴訟の判決で東電の「弁済の抗弁」について以下のような理由で否定した。

「一審原告らと一審被告東電との間において、ある損害項目に係る支払については、損害賠償請求全体に対してではなく、飽くまでも当該損害項目に対して支払う旨の黙示の合意がされたものと解するのが相当である。しかるところ、一審原告らと一審被告東電との間において、一審被告東電による特定の損害項目に対する弁済が事後に過払と判断される場合、当該過払金を異なる損害項目に融通(充当)する旨の合意までされたことを認めるに足りる証拠はない。」(2024年1月26日)その他にも愛媛訴訟高松高裁判決(2021年9月)でも否定された。愛媛訴訟では、東電側の上告を最高裁が不受理とし、この判決が確定している。

それでもなお東電側が「弁済の抗弁」を主張する狙いは、訴訟妨害にあるのではないかという指摘もある。「弁済の抗弁」が認められると、これまで支払われた賠償が的確なものであったか、今後は原告・被災者が証明しなければならなくなる。その作業を原告一人一人に対し行えば、裁判に膨大な時間がかかるからだ。

●巨大法律事務所と最高裁判所の「深い関係」

訴訟を取材していると、東電の態度は明らかに、事故直後から変わってきている。代理人には5大と言われる法律事務所がつき、被災者に対して冷徹な対応が目立つと感じるようになった。(詳細は拙著『東京電力の変節』を参照)

津島訴訟で原告側代理人を務める大塚正之弁護士から、この巨大法律事務所と最高裁の関係について話を聞いたのは2023年5月のことだった。大塚弁護士はかつて東京高裁の判事を務め、最高裁事務総局の局付の経験もある。

このことを月刊誌『経済』に発表すると、特に弁護士や学者など法律の専門家から大きな反響があった。「自分のかかわる訴訟での相手側弁護士の素性は知っている。しかしローファーム、最高裁、東京電力のつながりがこれほど深く広いものになっていることに初めて気づかされた」「ローファームが接着剤になって、あちこちをくっつけた結果、あってはならない癒着関係を作ってしまったのではないか。いつの間にこんなことに、という衝撃があります」等々の意見や感想が寄せられた。

2022年6月17日、最高裁第2小法廷は、4つの福島第一原発事故避難者訴訟で「国に責任はない」という判決を言い渡した(以下、6・17最高裁判決)。菅野博之裁判長、草野耕一判事、岡村和美判事の3人が「国に責任はない」という多数派となり、三浦守判事だけが「国に責任がある」という少数意見を出した。

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菅野裁判長は、判決から2カ月たたないうちに定年退職し、長島・大野・常松法律事務所の顧問に就いている。同事務所は、600人以上の弁護士が所属する巨大ローファームだ。所属弁護士は、現在、東京高裁で争われている東京電力株主訴訟で東京電力側の代理人を務めている。また、岡村判事も弁護士になった直後、長島・大野法律事務所(当時)に所属した経験がある。草野氏は、最高裁判事になるまで15年間にわたって、西村あさひ法律事務所の代表パートナーを務めていた。ここも所属弁護士800人以上と日本最大規模だ。

東電は、この訴訟で上告する際、元最高裁判事・弁護士千葉勝美氏の意見書を提出した。千葉氏は判事を退職した後、西村あさひのオブカウンセル(顧問)に就任している。さらに千葉氏が、最高裁事務総局行政局参事官を務めていたとき、菅野裁判長も事務総局行政局に所属していた。菅野氏は、千葉氏の指導を受ける立場だったのだ。

他にも西村あさひパートナーの新川麻弁護士は東電の社外取締役で、経済産業省エネルギー関連審議会の委員や専門委員を歴任している。

2014年に大飯原発差し止め判決を出した元福井地裁判事樋口英明氏は、最高裁からことあるごとに「裁判官は公正であるのは当たりまえ。『公正らしく』あらねばならない」と言われていたという。「国に責任はない」と判決を下した第2小法廷の多数派意見の判事たちと東電と縁の深い巨大法律事務所の関係は、「公正らしく」見えるだろうか。

●原子力規制庁から東電代理人になるのは「問題ない」

近年急速に所属弁護士の数を増やし、4大と言われていた巨大ローファームの5番目として仲間入りを果たしたのがTMI総合法律事務所だ。

同事務所の前田后穂弁護士は、2017〜2021年、原子力規制庁に勤務し、津島訴訟などで国側の代理人を務めた。そして同庁を退職直後、TMIに所属し、津島訴訟の東電側代理人となった。規制庁は、福島第一原発事故で、それまでの規制機関が電力会社の「虜」となっていて機能を果たせなかったことという反省の下、独立性の高い新たな原発規制機関として設立された原子力規制委員会の事務局だ。

「規制する側」の職員が、退職したとたん「規制される側」の代理人になることに問題はないのか。

このことについて、TMI総合法律事務所に問うと、「東京電力の訴訟代理人への就任について、原子力規制庁及び東京電力の双方から承諾を得ているとのことです。したがいまして、貴殿からご指摘いただいた問題は生じないと考えられますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします 」との回答があった。

一方、原子力規制庁は、こう回答した。「前田氏の東京電力の訴訟代理人への就任について、当庁が、前田氏やTMI 総合法律事務所と合意した事実はない」。 果たしてどちらの言い分が正しいのか。

「原子力規制委員会設置法付則六条3」にはこう書かれている。「原子力規制庁の職員については、原子力利用における安全の確保のための規制の独立性を確保する観点から、その職務の執行の公正さに対する国民の疑惑又は不信を招くような再就職を規制することとするものとする。」

前田氏の人事は、この付則に反することにならないか。原子力規制庁の回答はこうだ。

「TMI 総合法律事務所は、国家公務員法で再就職について規制されている利害関係企業にはあたらないことから、退職者がTMI 総合法律事務所に再就職することについて国家公務員法上の問題は無いと考えている。また、原子力規制庁長官官房人事課で平成28年に原子力規制委員会職員の再就職規制の考え方について整理し、職員に周知しているが、その考え方に照らしても問題は無いと考えている。」 法的にも、原子力規制庁内部の規則でも問題ないという内容だ。  

●「国に責任あり」判決は多数派からゼロに

6・17最高裁判決前、福島第一原発事故に対して「国に責任がある」とした高裁判決は3つ、「ない」とした判決は1つと、「責任あり」が多数だった。しかし、6・17後は「国に責任はない」とする高裁判決が6つ続いている。「責任あり」とした判決はゼロだ。

これらの訴訟はすべて原告側から上告され、最高裁が上告を不受理とするのか、それとも上告審が行われるのか注目される。被災者やその支援をする弁護団は、東京電力とかかわりのある巨大ローファームと「深い関係」を有する最高裁判事のもとでは、公正な裁判は期待できないと訴える。

第2小法廷の草野判事に対して、東電元幹部の刑事責任を問う訴訟の審理を回避するよう求める署名活動を展開。たびたび最高裁前で、のぼりなどを掲げて声を上げる抗議行動を行なっている。

【プロフィール】
後藤秀典(ごとう・ひでのり)ジャーナリスト。1964年生まれ。日本電波ニュース社、ジン・ネット勤務を経て、2020年からフリーランス。テレビの報道ドキュメンタリー番組でディレクター、プロデューサーを務める。福島第一原発事故、社会保障問題などを取材。 主な作品 TBS報道特集『生活保護を受けられずに餓死する悲劇』『暴力とピンハネ 原発作業現場で起きていたこと』、NHクローズアップ現代『広がる“労働崩壊”』(2016年ギャラクシー月間賞)、NHK明日へ『分断の果てに "原発事故避難者"は問いかける』(2020年貧困ジャーナリズム賞)等々。著書『東京電力の変節 最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃』(2023年旬報社・貧困ジャーナリズム大賞受賞)