お話を聞いた⼈SAKAEイラストレーター、絵本作家

北海道生まれ。大阪芸術大学在学中に制作した絵本『おばけのケーキ屋さん』がSNSで話題を呼び、2013年にマイクロマガジン社から書籍化される。絵本作品に『おばけのケーキ屋さん ひみつのねがいごと』(マイクロマガジン社)、「こえほんクリスマス絵本コンテスト」入賞作の「まいごのクリスマス」、作画を担当した「きせつのえほん・しゅんぶんのひ」(いずれもアイフリーク、絵本アプリ「こえほん」シリーズ)などがある。

大人になっても読み返せる絵本をつくりたい

——「世界一おいしいケーキ」を食べさせて、みんなをビックリさせるのが大好きなおばけのケーキ屋さん。ある日、お店に現れた小さな女の子はケーキを食べてひと言。「おいしいけど、パパのつくるケーキと同じくらいかな」。「ぼくのつくるケーキのほうがおいしいって言わせてやる!」と発奮したケーキ屋さんは、女の子にとっておきのケーキを振る舞うようになって……。イラスト投稿サイトpixivに発表した絵本が話題を呼び、2013年に書籍化された『おばけのケーキ屋さん』(マイクロマガジン社)。当時、大阪芸術大学の学生だったSAKAEさんが、授業で制作した作品だった。

『おばけのケーキ屋さん』(マイクロマガジン社)より

 大学時代、製本の方法を学ぶクラスで「スケジュール帳や本など、好きなものをつくって製本する」という授業があったんですね。「なにをつくろうかな」と考えたとき、ふと思い浮かんだのが絵本だったんです。

 子どものとき、大好きだった本や音楽に大人になって再会したとき、新たな発見や感動を感じることがありますよね。小さいころは「ポケットモンスター」が大好きでよくアニメを観ていました。当時の主題歌だった「ポケットにファンタジー」は、「はやく おとなに なりたいんだ」という子どもと「もいちど こどもに もどってみたい」という大人との対話を描いた歌。子どものころは何気なく聴いていたけど、20歳になってあらためて聴いてみると、子どもと大人、どちらの気持ちにも深く共感することができる自分に気付いて。その瞬間、「いつの間にか私も大人になっていたんだな」と、なんともいえないうれしさがこみ上げてきました。

 大きくなって読み返したときに、「あのときは分からなかったけど、こういうことを伝えてくれていたんだな」と、自分の成長が実感できるような絵本をつくってみたい。その思いが『おばけのケーキ屋さん』を制作するきっかけになりました。

シンプルな絵を引き立たせるリアルな描写

——かわいらしいキャラクターやおいしそうなケーキの数々も魅力の本書。アニメーションのようなポップな絵とリアルな描き込みがあるシーンとの対比も面白い。

 「おばけ」や「女の子」などの造形はなるべくシンプルに。子どもが真似してすぐに描けるようなデザインにしたかったので、女の子は顔、目、くちばしとすべての要素を「丸」で構成して、リボンを付けた小鳥のキャラクターにしました。

 キャラクターをシンプルにする一方で、「ここぞ」というシーンではタッチを変えてかなり描き込んでいます。思い入れがあるシーンはいろいろありますが、大人になって結婚する女の子に「ウェディングケーキを届けたい」と、おばけが急ぐ場面もその一つ。テキストを入れず、一枚の絵を見開きで見せることで、より緊迫感を伝えることができたと思います。

『おばけのケーキ屋さん』(マイクロマガジン社)より

 クレイアニメの「ニャッキ!」(NHK)の雰囲気が昔から好きなんです。小さなイモムシのニャッキは、粘土でつくられたシンプルなキャラクターなのですが、ニャッキが存在する空間は現実の世界のようにリアルに表現されている。デフォルメされたニャッキの横で「本物の水」が急に現れるようなギャップに面白さを感じて。『おばけのケーキ屋さん』では、キラキラと光る「女の子の涙」などの表現で、影響を受けている部分があると思います。

大人も子どももそれぞれの視点で楽しんで

——おばけと女の子のケーキをめぐる交流を楽しく読み進めていくと、物語後半では深い感動を呼ぶ展開に。読み返すと、絵本の細部にさまざまな伏線が散りばめられていることが分かる。

『おばけのケーキ屋さん』(マイクロマガジン社)より

 「話の展開にびっくりした!」という感想は、完成した作品を初めて授業で発表したときも、皆からもらいました(笑)。最後まで読み終わったあとに、物語前半の絵やセリフをじっくり眺めてもらうと、「これはそういうことだったのか!」という発見がいろいろあると思います。読み聞かせのときは、子どもと一緒に「ここにヒントがあったね」など、お話しながら読み返すと、何度も楽しめるのではないでしょうか。

——発売から10年を超えた今も、読者からの支持を得ている本作。最近では「親子二代で読んでいる」という読者から感想をもらって感激したという。

 「小学生時代のお気に入りだったので、自分の子どもにも読み聞かせています」という読者の方から感想をいただきました。「自分が読み聞かせる側になったら、小さいころとは絵本を読む視点が変わっていた。当時の自分と親になった自分を物語に重ね合わせて泣いてしまいました」というメッセージを読んで、すごくうれしかったですね。

 「大人になって読み返したときに、自分の成長を感じられるような絵本をつくりたい」という制作当初の願いが、10年たってかなえられた。絵本は読者に長く読み続けてもらえる素晴らしい媒体だと、あらためて感じました。小さな読者には「ケーキがおいしそうだな」「おばけが面白いな」と素直な感性で楽しんでほしい。大人になってからもう一度絵本を開いてもらえれば、また新たな視点で読んでいただけるんじゃないかなと思っています。