ピアニストって何かすごそうだし、近寄りがたい。そんなイメージを覆したのが、ストリートピアノの様子をYouTubeでアップしたハラミちゃん。演奏する本人も、聴いている人たちも口角があがっている感じ。「近くて楽しい存在」、ハラミちゃんは新たなピアニスト像をみせてくれました。(全4回中の3回)

ピアノで人を笑顔に「憧れは清水ミチコさん」

── ハラミちゃんは、ストリートピアノでその場のリクエストに答えて即興で弾いていますが、もともと即興演奏はしていたのですか?

ハラミちゃん: 小学校のときから、休み時間に友だちからいろんな曲のリクエストをもらって弾いていたのが、大切な時間として原体験で残っているんです。だからいま、リクエストをいただくとこんな感覚だったなと思い出して懐かしい気持ちになります。

── ハラミちゃんの演奏からは、まわりの人を楽しませたいという思いが伝わってきます。ハラミちゃんが清水ミチコさんに憧れていると、聞いたことがあります。

ハラミちゃん:はい。どうしてやりだしたのか自分でもわからないのですが、家で練習するときも、何か一発芸をやってから弾くというようなことをやっていました。

多分、もともとひょうきんな性格なのかな?どうせやるなら人を笑わせたい、みたいな…。そんなときに、清水ミチコさんを知って、こういうやり方もあるんだ、おもしろいなぁと感じました。

── 人を笑わせるピアニスト(笑)。それはピアニストとしての個性にもつながりますね。

ハラミちゃん:曲の選び方はもちろんですが、自分のキャラクターや個性という部分でも身近に感じていただきたいですね。

ピアノがあるから人と話せる「ないとちょっと不安」

── ハラミちゃんは被災地を訪れたり、海外のストリートピアノで現地のミュージシャンと共演するなど、コミュニケーションを大切にしています。ストリートピアノのよさは何でしょうか?

ハラミちゃん:一期一会の出会いや、やはりコミュニケーションですね。本来は、公共の場所に置かれていることの多いストリートピアノで出会う赤の他人であり、単なる通行人やたまたまその場にいあわせた人同士なので、スレ違うだけだとお話しする機会がなかなかありません。

でも、そこにピアノが1台置かれているだけで物語が生まれたり、会話が始まるというすごく不思議な空間になるんです。

── ストリートピアノでの印象的な出会いは?

ハラミちゃん:たくさんありますが…広島空港で『紅蓮華』のリクエストをしてくれたお子さんがいたんです。その後、たまたま広島のライブのリクエストコーナーで同じお子さんが当たって、また『紅蓮華』をリクエストしてくれました。

ほかには、亡くなったお母さんの好きな曲をリクエストしてくださり、聴きながら泣いていた女性もいらっしゃいました。普段なら顔も覚えていないはずですが、ストリートピアノで会った方は何百人も思い出せます。

── テレビにたくさん出て、人気者になってからもストリートピアノに通われていますね。

ハラミちゃん:自分が楽しいから続けているだけです。ピアニストは舞台の上の存在ではなく、本当にフラッと会えて身近に一緒にピアノを楽しむものだよと伝えたいんです。メディアでは“野生のピアニスト”と形容してくださることもあります。

あとは、単にコミュニケーションを楽しみたいから、ストリートピアノに行ってます。

── 逆に、ストリートピアノで困ったことや難しかったことはありませんか?

ハラミちゃん:よく「大変だったことやつらいことはありますか?」と質問されるのですが、あまり思い出せません。

強いて言うなら、「ドの音が出ない」とかかな?シンプルに環境に左右されることはありました。でも、こういうのも一期一会で面白くていいなと思います。

── コミュニケーションこそがストリートピアノの醍醐味とおっしゃいますが、ハラミちゃんはふだんから知らない人にも話しかけるタイプですか?

ハラミちゃん:いろんな人としゃべるタイプですが、自分からいけるかというとちょっと怪しい(笑)。ピアノを介しているからしゃべれるのかな。ピアノがないと、ちょっと不安になっちゃうときもあります。

実際、ピアノの椅子に座ると、本当に自宅にいるような感覚になれるんです。この前、初めてプロ野球の始球式をつとめたことがあるのですが、マウンドからボールを投げたとき、信じられないくらい緊張しました。

私は人前に強いと勝手に思いこんでいたのですが、ピアノだからふだんは緊張しなかったんだと気づきました。私、弾く前は緊張でピーピー騒いでけっこううるさいんですけど、ピアノの椅子に座ると緊張しなくなるという、不思議な現象が発生するんですよね(笑)。

リクエスト即興演奏は「1000本ノックのようなもの」

── 不思議な現象(笑)。それだけピアノとの信頼関係がしっかりしているのかもしれません。ところで、リクエストに応えて即興で弾くって、どういう仕組みなんでしょうか?準備をしたり、練習しなくても弾けるものなのですか?

ハラミちゃん:即興で弾けるようになるには、いろんな能力が必要です。たとえば、耳コピするには絶対音感が必要だし、記憶力も必要です。場数をふんで引き出しを増やすことも大事で、これらがかけあわされると即興ができるようになります。

小1から高3まで毎週、音楽の授業の前後に友だちのリクエストに応え続けた結果、ある程度、引き出しは増えましたね。

ふだんからこういう即興を、1000本ノックみたいに自分で行っています。それこそストリートピアノでやることもありますし、生配信でコメントをもらった知らない曲をその場で聴いてアレンジすることも。

── 即興で弾いているとき、頭の中はどうなっているんですか?

ハラミちゃん:よく「脳に楽譜が浮かんでいるの?」のと聞かれますが、私の場合はそうではありません。皆さんも、たとえば『世界に一つだけの花』を歌ってくださいって言われたら、口ずさめるじゃないですか。

その感覚で指が動くんです。歌うのと同じ感覚です。ピアノはオーケストラみたいに多彩な楽器の音色や組み合わせで展開できるので、表現の幅がより広がります。

PROFILE ハラミちゃん

ポップスピアニスト。「ピアノを身近な存在にする」を目標に、2019年からYouTubeにて活動開始。YouTubeのチャンネル登録者数222万、動画総再生数7億回以上。日本全国、世界各地のストリートピアノへと出向き、YOSHIKIさん・広瀬香美さんなど多くの著名人とのコラボ。2023年、全国47都道府県ツアーで5万人を動員するなど活動の幅を広げている。

取材・文/岡本聡子 写真提供/ハラミちゃん