千葉県で小学3年生だったベトナム国籍のリンちゃんが通学途中で保護者会会長の男に殺害されてから7年。母親のグェンさんが初めて単独取材に応じ、残された弟の様子や現在の生活を語りました。

弟の夢は「警察官」残された家族は

「とても仲がいいきょうだいでした。当時3歳だった息子は、なぜリンちゃんがいなくなってしまったのかよくわかっていませんでした。息子は、いつもリンちゃんが学校から帰ってくる夕方になると玄関で待っているんです。リンちゃんの写真を抱えながら、私に『お姉ちゃん、なかなか帰ってこないね』と。声をかけられるのがつらかったです。

グェンさんインタビューに応じるリンちゃんの母親のグェンさん

街でリンちゃんと同じくらいの子が歩いているのを見かけると『あれ、お姉ちゃんじゃない?』と言い出すこともありました。リンちゃんのことがあったので、人を守れる人になりたいからと、小さい頃は『将来は警察官になりたい』とも言っていました」

リンちゃんの弟の当時の様子を涙ながらに語ってくれたのは、母親のグェンさん。今から7年前の3月、千葉県松戸市の小学校に登校途中だった娘のリンちゃん(当時9歳)を亡くしました。リンちゃんを殺害したのは、通っていた小学校の保護者会会長の男でした。

日本は安全な国だと信じていた──。グェンさんは娘を失ったショックから、事件後しばらくの間、ベトナムに帰っていたといいます。

「毎日、悲しみに打ちひしがれていました。息子のことも心配だったので、しばらく私と息子はベトナムの実家に戻って生活していました。でも、事件への対応や日本での夫の仕事のこともありましたし、子どもたちが生まれ育った幸せな思い出がたくさんある日本でまた頑張ろうという気持ちで、半年ほど経ってから日本に戻りました」

リンちゃんの家族は、千葉県松戸市でベトナム料理のレストランと食材店を開きます。店のオープンは、亡くなったリンちゃんの夢を叶えるためでもありました。

グェンさん店の調理場に立つグェンさん。調味料などはベトナムから取り寄せており、本場の味を楽しむことができる

「リンちゃんは日本が大好きで、将来は日本人の友達をベトナムに連れて行って、ベトナム料理を紹介して食べさせてあげたいと言っていました。それに、ベトナムにいる親戚にも、日本の料理や景色を紹介したいといつも話していました。リンちゃんの夢を叶えたいという気持ちから、親としてできることをしようと思っていました」

新たな拠点・福島への移住を決意したわけ

両親は、リンちゃんの想いを形にしようと店を3年ほど営んできましたが、コロナ禍でのオープンだったことなどが影響し、経営が落ち込みます。その後、家族が下した決断は、心機一転、新たな場所でスタートをきることでした。登山客などが訪れる福島県二本松市の温泉街で売りに出されていた元旅館を買い取り、去年6月からベトナム料理のレストランをオープンさせました。福島を選んだ理由は、自分たちと似た境遇を感じていたからだと話します。

「東日本大震災が起きたあと、地震と津波の被害や放射線による影響をニュースで知って心を痛めていました。しかし、福島の方々が苦難を乗り越えて復興のために努力している姿を見て尊敬していました。

それに、何も悪いことをしていないのに、ある日突然日常が奪われて、大きな痛みを経験しなくてはならないことが自分たちとの境遇に似ているとも感じていたんです。私たちも愛する娘を亡くして、その痛みはこれからも消えることはないのですが、この場所でもう一度頑張って毎日を生きていきたいという気持ちで移住を決めました」

レストランを開いた場所は、廃業になった温泉旅館。宴会場を利用してレストランの営業からスタートさせ、現在は旅館の営業に向けた準備を進めています。

「私たち家族が日本で好きなことのひとつが温泉です。肌も綺麗になって、何より気持ちがリラックスできるところが大好きです。福島は泉質のいい温泉があるということは知っていましたし、新たに何かを始めるならば温泉がいいなと思っていました。ベトナムには天然の温泉はないので、この文化をもっとたくさんの人に広めたいと思っています。

オープン予定の客室オープン予定の客室。外国の方にも使いやすいようにと布団ではなくベットにしたという

客室の改装工事は9割ほど終わっていて、今は温泉旅館の営業許可が降りるのを待っているところです。桜の時期に合わせて4月中のオープンを予定しているのですが、許可の関係で5月になるかもしれません。ベトナムから装飾品なども取り寄せているのですが、ベトナムのテイストと日本の文化や特徴を合わせた温泉旅館にしたいと思っています。皆さんが交流できる場所になったらいいですね。リンちゃんもきっと喜んでくれると思います」

福島県で新生活をスタートさせた家族。訪れる客や地元の方に支えられているといいます。事件当時、当時3歳だったリンちゃんの弟は10歳になり、この春から5年生になります。

「ここは雪もたくさん降るので、福島に来てすぐの頃、長男はよく寒いと言っていました。でも、今ではもうすっかり慣れたようです。長男は日本語もベトナム語も話せますが、日本語の方が流暢です。今、福島で通っている小学校はクラスが少人数で、仲のいい友達もできて楽しく通っています。レストランにも、学校の友達やご家族が来てくれます。息子は今でも、自分の好きなものや美味しいものがあると必ずリンちゃんの写真の前に持っていっていますね」

グェンさんは、リンちゃんが亡くなったあとに2人のお子さんを出産しました。

「次女が6歳、次男が3歳です。ふたりは長女のリンちゃんのことは写真でしか知りません。妊娠中にずっとお腹に向かって『強い子になるんだよ』と声をかけていたので、本当に活発な子たちが生まれてきました。

次女はリンちゃんに顔がそっくりなのですが、偶然にも、ベトナムでリンちゃんのお葬式をした日と同じ日に生まれてきたんです。長男はリンちゃんと同じでとても優しい子です。長男らしく頼りになるのですが、それはリンちゃんがいなくなったので、自分がしっかりしようとしているところがあるのかなと感じることもあります」