『絶滅体験レストラン もしも環境問題が13の飲食店だったら』
(WoWキツネザル、山と渓谷社)  環境問題は日に日に深刻さを増しています。この問題を悪化させるのは人々の無関心です。さまざまな啓発が行われていますが、今回取り上げる書籍『絶滅体験レストラン もしも環境問題が13の飲食店だったら』(著:WoWキツネザル・イラスト:澁谷玲子、山と渓谷社)では一風変わった方法で、環境問題を啓発します。描き方を一言でいえば、ダークファンタジーもしくはブラックユーモアです。文章としても皮肉たっぷりの面白さがあるのですが、ファンタジー調なのにどことなくリアルな、クレヨン調の挿絵も目を惹きます。

 著者は富山県出身の環境系エンターテイナー、WoWキツネザル氏です。「エンターテイメントで地球を救う」をコンセプトに【絶滅体験プロジェクト】を主催して動画を制作したり、イベントや講演を行ったりしています。無関心層がいかにワクワク楽しみながら問題を知り、考えるきっかけになるかを第一に考えた企画作りをしています。環境省や東京都、富山県などのほか、企業、NPOなどとのコラボで活動することも多いようです。

 ここで取り上げる『絶滅体験レストラン もしも環境問題が13の飲食店だったら』は、「大量絶滅」につながる行為や選択を、13の架空の飲食店として紹介するガイドブックです。まずレストランの概要が紹介され、おすすめやこだわりのポイントが整理されます。その後は「絶滅ポイント」コーナーで、これが現実のどういう問題を取り上げているのか解説される構成です。では実際に紹介されているレストランをいくつか取り上げてみましょう。

●とんかつ乱獲亭

 世界を揚げる4代目「とんかつ 乱獲亭」は、東京都内にある商店街の奥にひっそりと佇む高級とんかつ屋です。ヨシキリザメ、オサガメ、クロサイ、トラなど、乱獲で絶滅が危惧されている動物を模した熊手が飾られています。コンセプトは『地球上の生き物を、食らい尽くす』です。おすすめは「伝統薬膳ハンティング定食」、メインはライフルAK-47の弾倉カツやくくり罠の揚げ物で、センザンコウのお吸い物がついてきます。カツはアフリカの伝統薬「トラの骨粉」をつけて食べます。

 もう一つの人気メニューは、漁網にオサガメやヨシキリザメを絡めた「根こそぎ蕎麦」です。店主に「こんなに希少な動物たちを食材としてふんだんに使っていると、いつかは絶滅してしまうのでは」と聞くと、「今まで大丈夫だったんですから、これからも大丈夫に決まっているでしょう! 自然にはまだまだたくさんの食材たちがいるから心配することなんてありません!」と一喝されてしまいます。

「熊手や置物」については、装飾品や伝統薬の原料、ブッシュミート(現地でのタンパク源)として乱獲される動物たちです。また「伝統薬膳ハンティング定食」は、伝統的な薬のために乱獲される動物がイメージされています。特にトラの骨や生殖器は滋養強壮や精力剤として、熊の胆嚢や胆汁、センザンコウの鱗、サイの角などが伝統薬の原料として取引されるそうです。「根こそぎ蕎麦」は漁業における乱獲をイメージしています。「乱獲」とは持続可能ではない狩猟や漁獲を意味しています。

●純喫茶ミツバチ

 居心地のよい涅槃のようなカフェとしては、「純喫茶ミツバチ」が紹介されています。店内に足を踏み入れると、天井からは死んだコガネムシ科のハナムグリのランプがぶら下がり、緑の灯りが揺らめいています。ひんやりとした座り心地のミツバチの死骸の椅子、針金のように触角が折れたチョウの死骸でできた大きな絨毯。どれも受粉媒介者(ポリネーター)の一員です。

 名物メニューの「絞り尽くし生態系系パフェ」のトップにはマンゴーやさくらんぼなど、こだわりのフルーツが載せられ、その下には害虫駆除や農薬散布で使用する機器の層や蛇口、ポリネーターの死骸の層が重ねられています。また、お客さんの8割以上が注文する「海の向こうのカフェラテ」のラテアートには不公平な条件での取引を強いられているコーヒー農家の涙が表現されています。

 人類が食料として利用している食物の75%は受粉媒介者(ポリネーター)に依存していますが、ポリネーターは減少しています。たとえばミツバチの仲間マルハナバチは、世界に250種以上が生息しています。しかし、急激な気温変化には適応できず、75%以上が40〜60年以内に絶滅の危機にあるとされています。このカフェのポリネーターたちの死骸はこうして死んだ者たちなのです。

「絞り尽くし生態系パフェ」は現在の農業・食料システムが、健康、環境、社会にマイナスの影響を与えていることを暗示しています。ポリネーターに悪影響を及ぼすネオニコチノイド系農薬を使用したり、地下水をくみ上げ過ぎたり、単一農業を行うことなどにより生物の多様性が減少し、生態系の機能や恩恵が損なわれる事態に達していることを意味しています。

 また、コーヒー豆を栽培しているのは小規模な農家なので、市場への販売手段を持っていません。このような弱い立場のコーヒー農家は不利な条件で取引せざるを得ず、低所得である上、児童労働に繋がっています。「海の向こうのカフェラテ」に浮かべられたラテアートの涙は、このことを意味しています。

●無関心が最大の障壁

 実際に登場するお店や料理には、ここに紹介しきれない細かいディテールがたくさん組み込まれています。読者は「そんな馬鹿な」「気持ち悪い」と感じると同時に、「いやでも、もしかしたら、ありえなくもない」と感じるものも含まれているでしょう。そう感じたら本書を手に取ってみてはいかがでしょう。あとがきでは「無関心」や「他人ごと」が厄介で、今起きている環境問題の原因はここにあり、解決するにあたっての最大の障壁であるとWoWキツネザル氏は言います。

 この「無関心」「他人ごと」という気持ちが、問題を生み出します。このレストランで感じた「気持ち悪さ」の正体は、この無関心の行動をはたから見た際に得る感覚です。WoWキツネザル氏は、「この『絶滅体験レストラン』で触れた違和感をもとに、「日常に隠れている犠牲や悲鳴は、自分に繋がっているかも?」と疑うことから始めてください。そうすると、色んな声が聞こえてくるはずです。」と言います。

 ここに描かれるのは「ダークファンタジー」ということで一見リアルとは異なるように感じるのですが、よく読めばその背景に確かな現実があることがわかります。このことを知ったとき、はじめてこの本書の価値がわかります。繰り返しますが、ここに描かれているものは、実はすべて現実なのです。まずは本書を開いてみて、そして取り上げられていることについて実際に調べてみる。すべてはそこからはじまります。

<参考文献>
『絶滅体験レストラン もしも環境問題が13の飲食店だったら』(WoWキツネザル、山と渓谷社)
https://www.yamakei.co.jp/products/2823310500.html

<参考サイト>
WoWキツネザル氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/wowkitsunezaru_