祖母がよく「玄関を奇麗にしろ」と言っていた。それを僕は、家は散らかっていてもいいから、せめて他人から見える場所は奇麗にしろという意味だと受け取った。今でもリモート会議で、画面に映り込む部分だけは部屋をやたらおしゃれにしていたり、祖母の影響を受けているのかなと思う。

 なぜ祖母の言葉を思い出したかといえば、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが、Xでこんな投稿をしていたからだ。

 安田さんが成田空港から京成スカイライナーに乗った時のことである。外国人らしき青年が、乗車方法が分からないまま、発車前の車両に乗っていた。その彼に車掌が何度も怒鳴っていたらしい。その内容が「No ticket? Get out!!(チケットがない? 出て行け!!)」

 安田さんが車掌に話しかけると、丁寧に「強く言い過ぎてしまった」「不快な思いをさせてすみません」と謝罪してきたという。

 京成スカイライナーといえば、日本の玄関口である成田空港と都心を結ぶ路線である。当然ながら外国人の乗客も多い。その車掌が2024年にもなって本当にこんな対応をしていたのなら、時代錯誤もいいところである。

 何も日本中の鉄道職員が外国語に堪能であるべきだとは思わない。今時は自動翻訳アプリを使えば意思疎通など簡単だが、ITリテラシーの問題もあるだろう。

 問題は、この事件が日本の玄関口で起きたことだ。なぜ京成スカイライナーに、外国語能力も持ち合わせていない、露骨な外国人差別をするような職員を配置したのか。ちょっとした国際問題になりかねない。

 もし外国語に堪能な職員を用意できないなら、システム的に解決する方法もある。京成スカイライナーの乗車方法は、日本在住者にとっても少し難しい。通常の乗車券に加えて、専用のライナー券が必要なのだ。だがSuicaなどを持っていれば車両には乗れてしまう。実際、Xの安田さんの投稿を批判する人のほとんども、この仕組みを理解していなかった。空港での切符売り場は分かりにくいし、ウェブは古くさく使いにくい。

 もしライナー券を持っていない乗客がいれば、その場で買えるようにすれば済む話だ。京成電鉄は、そのことを外国語で書いたボードなどを用意して、乗客に見せればいい。

 今、先進国のちょっと気の利いた街の、空港からのアクセス線は、クレジットカードのタッチ決済で乗れてしまう。切符さえ買わなくていいのだ。日本では福岡空港から乗れる福岡市営地下鉄がこの仕組みを採用している。これならわざわざ外国語のできる職員を配置する必要もない。

 それに引き換え京成スカイライナーの時代錯誤ぶりにはあきれてしまう。せっかく成田空港と上野を最短36分でつなぐ便利な列車なのに、全く時代に対応できていない。この国もインバウンドに期待するなら、せめて玄関くらいは奇麗にしておきたいものである。家の印象は玄関で決まると言っても過言ではないのだ。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

「週刊新潮」2024年4月25日号 掲載