戦後日本は、アメリカとの同盟関係に守られてきた。しかし中国の台頭や北朝鮮の挑発など、日本を取り巻く地政学的な環境は危機の時代を迎えている。

 日本はアメリカの庇護の下に平和を享受してきたため、日本だけが平和であればいいという「一国平和主義」や、戦力の不保持を規定した憲法第9条から、自衛のための実力は常に最小限であるべきという「必要最小限論」に過度にとらわれてきたのではないか。

 防衛研究所の研究者である千々和泰明さんは、このような姿勢を「日本的視点」と呼び、安全保障の現実とのギャップを埋める「第三者的視点」が必要だと警鐘を鳴らす。千々和さんの新刊『日米同盟の地政学 「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)から要点を紹介しよう。

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 戦後日本は、安全保障の基軸を日米同盟にすえた。

 日米同盟の根拠となっている日米安全保障条約は、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約とほぼ同時に署名され、その後1960年1月19日に改定されて、今日に至っている。日米同盟は、同条約を中心として、様々な制度や法律などの仕組み、あるいは思考様式によって支えられている。

 一方こうした仕組みや思考様式は、日本側の「こうあってほしい」という願望や、国内政治上の都合によってかたちづくられている側面があるといえないだろうか。日本が欲しないアメリカの戦争に巻き込まれないようにしておきたい。日本によるアメリカへの軍事的な協力は最低限にとどめたい。日米同盟によって戦争を抑止することが第一なので、万が一抑止が破れたあとのことまでは考えない。

 このような日本側の願望や都合にもとづく視点を、本書では「日本的視点」と呼ぶ。

 日本的視点が生じるのには、主に二つの背景があると考えられる。

 第一に、「一国平和主義」である。一国平和主義とは、日本と日本以外のあいだで線引きができる、との前提に立ち、日本の責任と関与は前者のみに限定すべきだ、とする戦後日本独特の安全保障観である。たとえば、「日本が戦争に巻き込まれなければそれでいい」とする考え方がこれにあたる。

 第二に、「必要最小限論」という憲法解釈である。よく知られる通り、憲法第9条は「戦力」の不保持を規定している。その下で自衛隊のような実力を保持するためには、自衛隊が「戦力」でないといえなければならない。そこで、自衛隊は「自衛のための必要最小限の実力」であって「戦力」ではないため、憲法違反ではない、と公式に解釈されている。これが必要最小限論である。

 この解釈に従えば、自衛のための実力は保持できるとしても、必ずどこかで「ここより内側が必要最小限」という「一線」を引かなければならないことになる。典型的なのは、国際法上認められる自衛権のうち、自国への攻撃に対する自衛権である「個別的自衛権」と、自国と密接な関係にある他国への攻撃に対する自衛権である「集団的自衛権」のちがいを、「必要最小限」という概念とひもづけ、集団的自衛権の行使は必要最小限を超えるので憲法違反とみなす解釈である。

 だがこうした背景から生じてくる日本的視点は、必ずしも安全保障の現実と整合しているとは限らない。

 たとえば、アメリカ軍が日本の基地から朝鮮有事に直接軍事介入するような場合、アメリカは日本政府と事前に協議しなければならない仕組みがある。日本が日本と関係のないアメリカの戦争に巻き込まれないようにしておくためであるとされる。

 ところが実際には、事前協議をバイパスできる日米両政府間の「密約」が存在していたことが明らかになっている。日本が事前協議でアメリカ側の要請を拒否するなどすれば、アメリカによる韓国防衛が成立しなくなるおそれがあるからである。

 日米同盟に批判的な論者は、こうした実態を「欺瞞」だとして厳しく非難する。たしかにこれは一面において正しい。

 ただ、こうした批判は、ある意味で問題の矮小化になってしまっているともいえる。日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増すなか、日本的視点にこだわり、このような視点に現実を従わせることがますますできにくくなってきているからである。先の例で言えば、日本が事前協議でノーの立場をとってアメリカによる韓国防衛が成立しなければ、結局日本自身の安全も脅かされるだろう。

 そこで、日米同盟の抑止力を高め、平和を維持するために、「第三者的視点」を取り入れる必要がある。

 日本的視点が、日本側の願望や都合に依拠するものであるのに対し、第三者的視点とは、日本以外の国ぐにの見方も踏まえつつ、現状を歴史的背景あるいは地域全体のなかに置いて俯瞰する見方で、戦略的・地政学的視点ともいえる。

 今後は、日本的視点でかたちづくられ、あるいは評価されてきた日米同盟をめぐる仕組みや思考様式を、これまでの歴史も含めて第三者的視点から点検していく必要がある。日本的視点と安全保障の現実とのギャップをあぶり出し、そのようなギャップを埋めていく努力をしていかなければならない。

※本記事は、千々和泰明『日米同盟の地政学 「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)に基づいて作成したものです。

デイリー新潮編集部