2009年8月に埼玉県深谷市の民家で64歳の男性・Aさんの遺体が見つかる。その10ヵ月後、Aさんを殺害した容疑で逮捕されたのは、甥に当たる新井竜太(当時41)と、高橋隆宏(同37)の二人だった。高橋は年上の従兄弟である新井に心酔し、二人は「まごころ相談室」と称するトラブル仲裁業を手掛けていた。新井は高橋に「俺たちはマジンガーZだ。俺が頭で、お前が体だ」と言い含め、強固な“主従関係”が結ばれていく。そして、凄惨な事件が起きる――。(前後編のうち「後編」)【高橋ユキ/ノンフィクションライター】

前編【「俺たちはマジンガーZだ。俺が頭で、お前が体だ」 年上の“従兄弟”を盲信した男が手を染めた「横浜・深谷連続殺人事件」の暗すぎる闇】からの続き

 マジンガーZの従兄弟二人が「まごころ相談室」を続けているそんな時、高橋は出会い系サイトで女性と知り合う。それが夫と二人の子供とともに、茨城県に暮らしていたBさんだった。高橋は当時夫婦関係に悩んでいたBさんに対し、恋愛感情を抱いているフリをして、夫に内緒で離婚届を出すように指示。Bさんは高橋に言われるがまま、無断で離婚届を提出する。彼女はこのとき、高橋との幸せな未来を夢見ていたのかもしれない。だが、実際に彼女を待ち受けていたのは“地獄”の日々だった。

 高橋はまずBさんと養子縁組したのち、Bさん自身にも養子縁組を繰り返させた。そうしてBさんの姓を変更し、何度も借金を重ねさせ、生活保護費の不正受給もさせている。さらには詐欺を働くように指示したが、Bさんは逮捕されてしまい執行猶予判決を受ける。高橋は「Bさんでは金を稼げない」と新井に相談。すると新井が保険金殺人を高橋に提案し、Bさんを監視下に置くよう指示したのだという(確定判決より)。こうしてBさんは、新井の親族が経営する会社に住まわされることになった。

「ああいうどうしようもないヤツは、やっちゃうしかない」

 新井から保険金殺人を提案された高橋は「保険をかければ金が入ってくるという話を聞いて、そんなことも考えつくんだと(新井に)感心しました」と無邪気に尊敬を深めたと語った。家族との折り合いが悪い高橋は当時、「新井さんに“お前ぐらいだったらいつでも養子に迎えてやるから心配すんな”と言われた」とも話す。

「ホントに感動しました。絶対、新井さんを裏切らないって思った」

 監視下に置かれたBさんはマジンガーZの二人から指示されるがまま売春をさせられていたが、最終的に新井の親族にその事実を打ち明けた。これが事件の引き金となる。激昂した新井が、犯行を決意したのだ。だが、高橋はまさか自分が実行役を任されるとは、当日まで全く思っていなかったという。

検察官「当時、新井はあなたに何と言いましたか?」

高橋「“もうアイツはダメだ。ああいうどうしようもないヤツは、やっちゃうしかない。お前がやれ、風呂場につけて”って言われました」

検察官「指名を受けてあなたは?」

高橋「びっくりしました。“自分ですか?”って聞きました。新井さんは“そうだ”って」

 びっくりした高橋だったが、当時の金回りは悪かった。内妻への借金があり、生活費にも事欠いていた。

「それを新井さんに伝えると“保険で全て賄えるし、全て俺がやってやるから”と言われ、当時、車……ベンツ欲しかったし、ホントにできるのか分からなかったですが、新井さんがやれというなら、やらなきゃ。捨てられても困るし……」

「これ、いけないと思った」

 こうして高橋は新井の指示を受けながら、Bさんに睡眠薬入りの飲み物を飲ませ、寝入ったBさんを風呂場の浴槽に沈めて殺害した。Bさんの遺体は、こうした事情を何も知らない新井の親族が発見し、その後、通報している。だが、事故として扱われ、事件化されることはなく、高橋らはまんまと死亡保険金を手に入れた。

「わあ、すごいなと思いました。新井さんは“妖怪退治は罪にならないからな”とも言ってました。Bさんは何でも食べてしまう人だったから、普段、“お口の妖怪”とかそのように言ってて、だから妖怪退治だと言ったんだと思います」

 3600万円のうち800万円が高橋の取り分、残りの2800万円は新井に渡った。

 Bさん殺害の翌年、事件発覚の発端となったAさん殺害についても、Aさんの会社の金を無断で引き出したことでトラブルになっていた新井から「深谷の叔父貴、殺してくれねえか、もう許せねえ」と言われた高橋が、軍手をはめて包丁を持ち、合鍵で入室し、殺害した。現場でも新井にメールで逐一指示を仰ぎ、動いていたという。

 このように高橋は、かつて心酔していた新井からの指示を受けて殺害を実行したと証言した。対する新井は「高橋がひとりで殺害した」として無罪を主張していた。この場合、高橋が嘘をついて新井に責任を負わせようとしているか、もしくは新井が高橋に罪をかぶせようとしているか、どちらかの可能性が考えられる。だが、高橋は、逮捕後に2件の殺人を認めた経緯について「被害者の方々や遺族の方々のこと……自分を遺族の立場に置き換えて考えたとき、これ、いけないと思った」と、小さな声で言った。

 判決でも、新井が主犯、高橋が実行犯と認められた。新井は死刑判決を不服として控訴、上告し、無罪を主張し続けたが、最高裁で死刑が確定する。一心同体だった従兄弟たちは、最終的に「体」役の高橋が意思を持ち、バラバラになった。

前編【「俺たちはマジンガーZだ。俺が頭で、お前が体だ」 年上の“従兄弟”を盲信した男が手を染めた「横浜・深谷連続殺人事件」の暗すぎる闇】からの続き

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部