人口減少・少子高齢化に伴い、「移民」政策の必要が叫ばれて久しいニッポン。しかしこの島国で、「多文化共生」は実現できるものなのだろうか。今月、埼玉県川口市の市長が法務省の政務官と意見を交わし、在留資格がなく、入管の許可を得て一時的に地域で暮らすことができる「仮放免」のクルド人を巡る問題について意見交換を実施。クルド人が多く生活する川口市では喫緊の課題となっていることが分かるが、果たしてクルド人問題の実態とは――。ノンフィクション作家の西牟田靖氏が、近年クルド人が急増している埼玉県川口市周辺を取材した。(以下、「週刊新潮」2024年2月1日号をもとに加筆・修正しました。日付や年齢、肩書などは当時のまま)

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「十分気を付けて。見つかったらワッと囲まれます!」

 バーの建物や、オーナーの名前であろうアルファベットが彫られたコンクリート板を撮っていると、松浦洋之・川口市議にくぎを刺された。一帯はよくある庶民的な住宅街。中南米のスラム街のような荒んだ雰囲気はない。公道から写真を撮っているだけでなぜそんなに警戒しなければいけないのか。僕は首をかしげた。

暴動が起き、救急の受け入れが5時間半ストップ

 2023年の春ごろから、埼玉県は川口市を中心とした地区で、クルド系の住民と地元住民とのあつれきが話題になっている。例えば、改造車による爆音や危険運転、コンビニ前でのたむろ、見境のないナンパ、違法駐車といった、クルド系住民の迷惑行為が主な理由だ。そして7月には県南部の中核医療施設の前で約100人が集まる暴動が起こり、救急の受け入れが5時間半ストップする事態に発展。「もう我慢できない」と地元の人たちがSNSで怒りの声を上げるようになった。

「そのうちリビングに突っ込んでくるんじゃないかって…」

 その後、松浦市議が毎晩午後10時ごろから事務所の周辺をパトロールしていることを知った。そこでお願いして参加させてもらうことにした。

 JR蕨駅から北東に2キロほど離れた地区を松浦市議のほか、地元の中年男性お二人と共に実情を教えていただきながら歩いた。このあたりはクルド人がもっとも多く住んでいる一帯。体感では行き交う人の2人に1人ぐらいが中東系だろうか。庶民的な住宅街で外国人をこれだけたくさん見かけるというのは不思議だ。

 彼らは、数人で公園のベンチに座りひそひそ声で静かに酒を飲んでいたり、コンビニの前に座りこんで長電話していたりしている。

 と思えば、クルド人らしきローティーンの男女が爆音ホーンを鳴らしながら自転車で通りがかったり、遠くの方でタイヤがアスファルトとこすれる音がギギギギーと響いたり。同行のKさんがため息をついた。

「ウチの前でもよく急ブレーキをかけてます。そのうち1階リビングに突っ込んできて妻子が大けがするんじゃないかと思うと気が気でありません」

「SNSで告発しているのは被害を受けた人」

 日付が変わった深夜、改めて一人で歩いたが、コンビニの前で3人のクルド人が静かに酒を飲んでいるだけ。一方、頻繁に見かけたのは、埼玉県警のパトカーだった。

 川口市議会の6月定例会に自民党議員団が提出し採択された「一部外国人による犯罪の取り締まり強化を求める意見書」の効果なのだろう。この意見書は、〈一部の外国人は(中略)人身、物損事故を多く発生させ、死亡事故も起こしており、看過できない状況が続いている〉〈窃盗、傷害などの犯罪も見過ごすことはできない〉とし、当局に犯罪の取り締まりの強化を要望するもの。採択後、県警はパトロールを強化しているのだ。

 結局、その夜は迷惑行為を目撃することはなかった。後日、改めてKさんに問うと、

「クルド人の迷惑行為をSNSで告発している人たち。それは僕を含め何らかの被害を受けている人だと思います。被害を受けていない人たちがわざわざクルド人について関心を抱き、発信する理由がありませんから。でも僕のように問題視し告発する人はどんどん増えていますよ」

 と答えた。依然としてこの街で何かが起こっていることは間違いない。

「昔のクルド人の印象は…」

 荒川を隔てて南は東京都という川口市は埼玉県最南部の街。ベッドタウンとして人気で人口約60万人。うち外国人は約4万人で全国市区町村一の比率である。

 クルド人とは中東のトルコやイラン、イラク、シリア等に住む“国を持たない”民族。日本に在留しているのはほとんどがトルコ国籍だ。

 この地にクルド人が住み始めたのは1990年前後で、94年には10人ほどに過ぎなかった。もともと川口に住んでいたイラン系のクルド人を頼ってきたのが始まりで、彼らが親族を呼び寄せ、90年代後半には200〜300人に増加していったらしい。

 当時、住んでいたのは働き手となる男性ばかり。

 生まれも育ちもこの一帯という奥富精一市議が当時のことを回想してくれた。

「難民として逃れてきたクルド人が近所にいて、解体屋で頑張っておられました。すごく真面目で、一生懸命働く。それがクルド人の印象でした」

 なぜ解体業なのか。

「汚いし大変だということで日本人が敬遠した。そんなときクルド人が解体業に就いたんです。彼らは力持ちだし真面目。日本人親方からすると大助かり。そんな彼らが日本人親方のもとで仕事を学んで、独立していったんです」(松浦市議)

 それから20年余りがたち、今や2千人以上と10倍近くに急増した。

難民申請のカラクリ

 きっかけは2010年、入管当局が難民申請後、6カ月たてば一律に就労を認める運用を開始したことだ(現在、この措置は廃止)。

 約30年、クルド人を支援してきた松澤秀延氏は言う。

「クルド人は観光目的という体で入国し難民申請します。入国時に難民申請をすると入国拒否か入管施設に収容されてしまうので3カ月は観光ビザで在留して、2〜3カ月以内にビザ変更のために難民申請します。難民審査は数年かかります。数年後に『1回目の難民不認定』になってもそれまでの間は特定活動の資格を更新し続けて在留できますから、子ども・母親・父親で家族一緒の生活ができます。その審査を繰り返すことで5年〜10年特定活動ビザで就労が可能です。そうしたカラクリが“日本に行けば仕事ができる”というように現地にいるクルド人に伝わり、家族を呼び寄せたりして人口が爆発的に増えていく原因となりました。彼らには子どもが3〜4人いますから1世帯あたり3倍4倍と増え、15年までに人口約2千人にまで増えたんです」

 クルド人が定住し始めた90年代は人数が少なかったため、文化の差異によるトラブルがあっても、直面するのは不動産屋や同じ集合住宅に住む人ぐらいのもので、地域の人たちが相対する場面は少なかった。

 しかし、彼らが次から次へと家族を呼び寄せ人口が増えれば増えるほど、あつれきが多く生じるようになった。特に15年ごろからは深刻なトラブルが頻発し、23年になって我慢の限界を超えたと感じる地元住民が急増、同時多発的に声を上げ始めた――ということらしい。

“悪いのはそっちだ”

 まず問題になっているのは、彼らの運転マナーだ。

「車間距離を過剰に詰めてきたり、割り込みをしてきたり、午前3〜4時に爆走したり」(松浦市議)

 中にはSNSで危険運転を自慢する若者もいる。アップされた映像を見るとハンドル脇には缶チューハイ、メーターは時速約150キロであった。

 また過積載の状態で運転している解体屋のトラックの画像がたびたびSNSに上げられてもいる。

 取材中、事故の体験談は珍しくなかった。

「私の車が盗まれ街路樹に激突して全損した状態で見つかったんです。自分で調べてクルド人が犯人だと目星をつけました。その後、彼らが住む集合住宅を発見。警察に通報し逮捕に至りました。が、彼らには支払い能力がなく、結局、自腹を切って直しました」(住民)

 前出のKさんもその一人。

「2年前、同級生の家にクルド人の車が突っ込んできて。その後すぐ、クルド人が15人ほどすごい勢いで集まってきたんです。彼ら、声がとても大きくて、『むしろ悪いのはそっちだ』と意味不明の主張をしていました」

 23年10月には、車に激突された電柱が折れ、周辺一帯でWi-Fiが使えなくなるという事故があった。

「アパートの駐車場で結婚式を始めたことも」

 騒音の問題も深刻だ。

 クルド人居住者が多いエリア在住の女性は言う。

「私の母親は16年ほど、市内北部にある木造アパートに住んでいました。2階建て6世帯2DK。母の部屋は1階の真ん中でした。去年の4月、母の真上に若い夫婦と生まれたばかりの双子というクルド人家族が引っ越してきました。頻繁に知り合いが訪ねてきてワイワイ騒がしいんです。昼は子連れのクルド人女性が騒がしい。子どもたちは2階で駆け回ったり、ボールを床についたりと暴れ回る。夜になるとそこに男たちが加わって深夜2時ぐらいまで騒いでいるんです」

 それだけではない。

「アパートの駐車場に突然100人ぐらい集合して、結婚式を始めたこともありました」

 騒音に我慢できなくなった彼女の母親は先日、ついに引っ越してしまった。

 さる不動産業者によると家賃滞納もしばしばで、部屋を汚したまま退去するケースも見られる。

 クルド人経営のバーは彼らのたまり場になっている。

「深夜の間もずっと大音量で音楽を流しながら営業していて大変迷惑。私の方からも警察に情報は伝えています」(松浦市議)

 同じくクルド人経営の水たばこ屋も苦情が絶えない。店のそばに住む地元住民が悩みを打ち明ける。

「シーシャバーの騒音で安眠できません。店の前に路駐している車が窓を開け音楽を流したりアクセルを空吹かししたり。店のドアは深夜になっても開けっぱなしで音がダダ漏れ。なぜドアを閉めないのかさっぱりわからない。これまで110番通報を20回以上されているのに」

「突然、車のドアが開いて…」

 執拗(しつよう)なナンパも問題になっている。

 駅周辺のコンビニ前や自転車置き場、ショッピングモール前で女性を待ち構え、「ねえねえご飯食べに行こうよ」「LINE交換しようよ」「かわいいかわいいかわいい」などと声をかける。

 50代前半になる某女性はモールに向かって歩いているとき、無理やり車に連れ込まれそうになった。

「突然、車のドアが開いて『どこ行くの? 乗せてくよ』と声をかけられて。あのときは怖かったです」

 松浦市議も被害に遭った別の女性から話を聞いている。

「蕨駅前の自転車置き場で毎日のようにしつこく声をかけられたそうです。嫌気が差したのでしょう。彼女は結局、別の街へ引っ越して行きました」

 ここまでなら文化の違いによるあつれきと解釈することもできるが、最近はフェーズが変わってきた。

7人逮捕されるも、全員が釈放

 冒頭で触れた事件は、地域の安心安全に重大なダメージを及ぼした。

〈病院でクルド人「100人」騒ぎ、救急受け入れ5時間半停止 埼玉・川口〉(23年7月30日付/産経新聞)

 川口市のクルド人をよく知る事情通は言う。

「クルド人の若い男が既婚のクルド人女性を連れて横浜に逃避行。それがもめたそもそもの理由です。その男性が彼女の親戚一族の男たちに襲われて刃物で切りつけられ、(川口市立)医療センターに救急搬送されました。それを聞きつけた男の親族や双方の親戚、仲間が集結したんです。中には開けろと大声で叫んで、救急外来のドアをガンガンたたく人がいたりして大騒ぎになってしまいました」

 病院側は騒ぎを受けて110番。救急搬送の受け入れを停止した。

〈県警からは多数のパトカーや機動隊が出動。その際、男2人が暴行や警察官に対する公務執行妨害の現行犯で逮捕されたほか、別の男4人が男性に対する殺人未遂容疑で逮捕〉(同前)

 幸い、救急搬送の停止で失われた命はゼロ。しかしその可能性は十分にあった。騒ぎを起こしたクルド人の男たちは最終的に7人が逮捕されるも、不起訴処分となり全員が釈放された。

 松浦市議は言う。

「“野放しにするのか”という不安の声を多数聞きました。釈放されたクルド人7人は今も近辺に暮らしているそうです」

花火を投げ込み…

 また、医療センターの事件以上に、注目するべきは同月に起きた次の事件かもしれない。

〈立腹…14歳が喫煙、商業施設で音楽爆音 出禁にされ花火投げ込む「外国人の僕だけ悪い事すると差別される」〉(23年8月3日付/埼玉新聞)

 この14歳の少年はトルコ国籍のクルド人。記事によると〈複数人と施設内で大音量で音楽を流したり、たばこを吸うなどの迷惑行為を繰り返したとして、60代の男性警備員から出入り禁止を告げられた。これに憤慨し「外国人を差別するのか」「爆破してやる」と警備員を脅迫。その後、一度立ち去り、煙幕花火を持って施設に戻ってきた〉。

 そして花火に火をつけ、施設入口に投げ込んだのだ。少年は数日後、脅迫容疑で逮捕(翌月には威力業務妨害容疑で再逮捕)された。

 深刻化する川口市の状況。以上の例からも分かるように、迷惑行為や犯罪行為の多くは若年層、つまりこの地に定着していたクルド人の2世や、ここ15年余りで渡航してきたニューカマーによる。

 後編では、クルド人側の言い分、そして川口市議の「多文化共生は不可能」との意見を紹介する。

西牟田 靖(にしむたやすし)
ノンフィクション作家。1970年大阪府生まれ。日本の国境、共同親権などのテーマを取材する。著書に『僕の見た「大日本帝国」』、『本で床は抜けるのか』、『誰も国境を知らない 令和版』など。

デイリー新潮編集部