4月上旬、Xのとある投稿が話題になった。内容は「ヤフオクで個人経営の廃ビデオショップがまるまる出品されている。しかも1円スタート!」というもの。ヤフーオークション出品ページのウォッチ数が「999+」のカンスト状態になった“注目オークション”の裏事情とは――。

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1円で開始されたオークションを多くのヤフオク民が見守った

 日用品からマニア垂涎のレアモノまで、日本中のありとあらゆる物品が売り買いされる「ヤフーオークション」。その中でひと際、異彩を放つ出品が注目を集めたのは、4月上旬のことだった。

「驚愕の1円スタート!引き取り限定 松山市 廃棄処分 VHS DVD」というタイトルで出品されたのは、なんと閉店したビデオショップの全在庫。

 驚くのはその数で、ビデオ約3,300本、DVD約300枚。

 商品説明欄にはこんな“但し書き”が記されていた。

・商品はカウンター以外店内にある全てのVHS、DVDとその棚が対象になります。

・廃棄処分のため、4月末の連休前までにビデオと棚を一緒に引き取っていただける方のみ入札ください。

・ハイエース1台では積み切れませんのでご注意ください。

 ビデオショップ内の在庫画像がXで拡散されたこともあって、ヤフオクの商品ページのウォッチ数は瞬く間に1000を超え2000近くになったという。

 商品タイトルにある通り、本当に1円でスタートしたオークションには、延べ23人のユーザーが参戦。77件にのぼる入札の応酬が繰り広げられたのち、後述する“ある男性”が6万6000円で落札した。

10年前から閉店したままの事情

 とはいえ、なぜこんな前代未聞のオークションが行われたのか。まずは“お店丸ごと出品”に至った経緯を整理していこう。

 快く取材に応じてくれたのは、出品者ご本人の大嶋さん。大手製薬会社に勤める40代の男性だ。

「実は、私はビデオショップとは全く関係なく、代理出品しただけなんです。営業という仕事柄、松山市内のあちこちを移動するのですが、たまたま、行きつけの喫茶店の従業員さんから相談を受けたのがきっかけでした」(大嶋さん)

 大嶋さんに相談を持ち掛けたのは、40代の女性だ。レンタルビデオ店の店主だったご主人が5年前に他界。ビデオ店はご主人の体調の問題もあり、10年以上も閉めたままになっていた。

 夫に先立たれあと、娘や息子のためにビデオ店だったスペースを賃貸に出し、生活の足しにできればと考えたが、なかなか話が進まない事情があった。

「実はその方は欧州出身で、会話は不便なくできるものの、日本語の読み書きが苦手なんです。そのため店内を片付ける手続きや、それをどこを頼ればいいのかが分からず途方に暮れていたそうです」(大嶋さん)

 店内在庫の多くが“大人向け”だったことも、女性の片づけ意欲を削ぐ要因だったそうだ。

「私はツーリングが趣味でして、以前にも閉店したバイク店のご家族に相談され、ヤフオクを使って在庫一掃セールをやったことがあります。その時は全部で200台ぐらい出品しました。その経験があったので、今回も同じ手が使えるかも知れないと閃いたのです」(同)

 売上金はすべて、生活の足しになるよう、その女性に渡したのだそう。つまり、完全なるボランティア出品だったということになる。

30万円の“大人ガチャ”

 一方、気になるのは落札者の素顔。いったいどんな人物が、なんのために――?

 店舗在庫のほとんどが“大人向け”だったこともあり、恐る恐る、出品者を通じて連絡を取ると、意外なことに、「実名、顔出しOK」で取材に応じてくれた。

 都内在住の近藤さんは、ソフトウェア会社に勤める59歳。いわゆる「映像オタク」で、サブスクなどでは見ることのできない、過去の映像作品をコレクションするのが趣味だという。

「私が出品を知ったのも例のXの投稿です。ヤフオク歴20年ぐらいになりますが、こういう形での出品はなかなかありません。3300本の“大人ガチャ”を引けるなら面白そうだと、参戦を決めました」(近藤さん)

 落札の動機は転売益ではなく、純然たるオタク魂からくるもので、運悪くお宝作品が1本も出なかったとしても、それは覚悟の上なのだそう。それにしても、費用はいくらかかるのか。

「入札額が6万6000円、現地へは格安航空券を使って往復2万円、宿泊費が2泊2万円、車がないので商品は段ボールに梱包してヤマトで送ります。それにざっと8万円かかる計算で、箱詰めには便利屋さんのスタッフにも手伝ってもらって……。もろもろ合わせると30万円ぐらいになると見積もっています」(同)

「丸ごと出品」はこれから増える?

 近藤さんの試算では、全商品に使う段ボールの数は全部で70箱。それを両親が使っていた北関東の実家に送り、実際に“ガチャ”に取り掛かるのは5月の連休中という壮大な計画だ。

 ところで、こんな大作戦を決行したからには、その道ではかなり手練れの“紳士”なのではないか。念のため聞いてみると……、

「そういう直接的な喜びを求めてというよりかは、アニメとかB級映画も含め、今は見られなくなった作品に再会できるかも知れない、というノスタルジーに対してお金を払っている感覚です」(同)

 なおも、特に思い入れの強い“役者さん”がいないかと食い下がったところ、

「学生の頃、初めて買った大人向けビデオに出演していたのが、“泉じゅん”なんです。ないとは思いますけど、もし今は見ることができない泉じゅんの作品が出てきたら、ひゃっほー! と声を上げてしまうかも知れません」(同)

 そう明かし、少年のようにキラキラした笑顔を見せるのだった。

 大嶋さんが言うには、地方では過疎化の進行もあり、コレクターや個人商店の店主が亡くなって、行き場を無くしたお宝が取り残されている、という事例が少なくないのだそう。

「丸ごと出品」はこれからもっと増えていくのかも知れない。

デイリー新潮編集部