入社前と話が違う

 新年度に入り、退職代行サービス利用者が相次いでいるという。毎日新聞電子版(4月14日)によると、アルバトロス社が運営する「退職代行モームリ」へのには4月1日から12日までの依頼件数は545件で、新卒者からの依頼は約80件だったそうだ。

 新卒者の場合、「入社前と話が違うのですが……」と切り出す人が多いのだという。就職活動の時は「御社は社会的に意義があるサービスを展開しており、私もその一員になって社会の発展に貢献したい」などと殊勝に言っていたかもしれないが、一旦社会人になると現実を突きつけられ耐えられなくなるものだ。

 都会では多くの人が転職をするわけで、特段驚くような話ではないが、もう少し戦略的に辞めることを考えてみてはいかがか。一つの前提は、“現在は転職がラクになっている”ということ。だったら面倒くさい就職活動などせず、知り合いの人手が足りない会社に入って取り敢えず何でも屋になってしまう。それこそ営業もやれば、SNS運用もやれば、宣伝もやる。

 そうすれば「入社前と話が違うのですが……」とはならない。何しろ元々まともな就職活動をしたワケではないのだから、期待値はそもそも低い。あとは「まぁ、ある程度の義理を果たし、経験を積んだらやめればいいか。社長や社員とは良い人間関係を保っておこう」なんてことを考えておけば「いつでも帰ってこいよー」と言ってもらえるかもしれない。

10回転職を成功させた男

 本稿では転職と採用のあり様について、合理的な意見を聞いたのでそれを紹介する。筆者(中川淳一郎)は2週間に1回、世の中のトレンドを様々な業種の人で語り合う会議に参加している。その中で、“会社を数年で辞めることを見越して入社する新卒が増えている”という話題になった。要は実績作りのための新卒入社である。

 10年前、「転職するには最初に入った会社の『社格』が重要」と株式会社人材研究所代表の曽和利光氏から聞いたことがある。新卒で入った会社のブランド力・格付けが高ければ高いほど後の転職で有利、という当時の状況を表す言葉だ。

 だが、今は若者人口も少なく、新卒採用も売り手市場のため、10年前よりも随分と「社格」の高い会社に入れるようになった。とはいっても、人手不足のため転職市場では最初の社格はあまり関係なく、能力があり会社に合いそうだったら採用に至る。その後、その人材は何度も転職を繰り返す。私の知り合いに10回転職を成功させた男性がいる。

 それだけ転職のハードルが低くなっている状況のなか、上記の会議で、とあるビジネス系出版社の編集者は、採用や転職の現状を以下のように語っていた。

進む人材の流動化

「新入社員はどうせすぐ辞めるから、最近はもう新入社員は採らないで、“第二新卒”的な人材を採る方向にシフトする会社も増えています。採用コストと育成コストがムダだから、こちらの方が合理的。ある程度、他社に育ててもらった人材を採った方がいい」

 採用にしても「今年から新卒採用やめます。即戦力の方のみ求めます」なんてやり方をし、高給を提示する大企業が出てもいいのではないだろうか。昔は「35歳転職限界説」があったが、最近ではネットのバナー広告でも「40代・50代の転職」を謳う広告を見かける。それだけ中高年の転職が当たり前になったし、人材の流動化が進んだということである。

 これは良いことではなかろうか。何しろ、転職が盛んでなかった時代は、部下が年下だと上司が気を遣い、部下もかつての後輩から使われる立場になることに複雑な思いを抱く。それまで、その年上社員は年下社員を呼び捨てしていたのに突然「さん」づけをするようになる。これは生え抜きが多い企業で発生するもの。しかし、転職してきた上司が年下だったり、自分が転職した先の上司が年下だったりしてもあまり気にならない。だからこそ、転職市場の流動化は好影響をもたらすのだ。ただし、あくまでも人が多く、仕事が多い都会の話である。地方都市ではあまり馴染まないかもしれない。

外資系企業がずっとやってきたことを

 先ほどの「新卒採用はせず第二新卒的な人材を採用する」発言だが、発端はリモートワークが増えてから5年目を迎え、その運用の仕方が話題になった時のことである。広告会社の管理職がこう嘆いたのだ。

「ウチの会社もリモートワークの快適さに慣れたのでこのまま続くとは思いますが、若手の育ちが遅いようにも感じられます。一応入社から半年は教育係がついて一緒に行動するようにはしているのですが、やはり直接コミュニケーションを取ったり、先輩の仕事ぶりを目の前で見たりすることで学ぶことって多いんですよね」

 こういった状況だと確かに新卒採用をいっそのこと辞めてしまうと発表し、その代わり経験者(年齢は特に問わず)を転職で好待遇にて迎え入れる、という発表を人気企業はしてしまってもいいかもしれない。ニュースやSNSで話題になるし、より優秀な人材を採用コストと教育コストをかけずに採用できるだろう。どうせ人は転職するのである。だったら「転職市場で大人気の会社の第一人者」といったポジションをさっさと取ってしまうのもいい。そう、外資系企業がずっとやってきたことを日系企業もやるのだ。ここまで新卒もすでにドライだし、企業も「他社に育ててもらえばいい」という方向に向かっていくと、「情」の採用はもはや不要である。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部