全国63人の医師と歯科医師がGoogleを東京地裁で集団提訴──4月18日にニュースが報じられると、驚いた人も多かったに違いない。地図サイトの「Googleマップ」はユーザーが訪れた場所に「口コミ」を投稿できる機能がある。飲食店や宿泊施設の“評価”はよく知られているだろうが、病院も対象になっているのだ。

 ***

 担当記者は「63人の医師と歯科医師が、アメリカのGoogle本社を訴えたのは、Googleマップの口コミに事実無根の誹謗中傷が多数、投稿されているためです」と言う。

「中には勝手に『閉業マーク』を付けられた病院もあったそうですから、これでは文字通りのデマでしょう。加えて医師は患者に対する守秘義務を負っており、全面的な反論は困難です。『怒鳴られた』、『診察してもらえなかった』という悪意に満ち、事実無根の投稿はGoogleに削除を要請しても無視されたと指摘しています」

 ネット上の名誉毀損では、悪意のある投稿を行った者に提訴を起こすのが一般的だ。ところが今回、医師たちはプラットフォームであるGoogleを提訴し、約145万円の損害賠償を求めた。この点でも話題となっている。

 ITジャーナリストの井上トシユキ氏は「Googleマップの口コミにおける罵詈雑言は目に余るものがあります。Googleは訴えられて当然でしょう」と言う。

「Googleは悪意ある口コミを完全に放置してきた、とまでは言いません。それなりに問題視し、対策を講じようとしてきたことも事実でしょう。しかし『口コミの管理や監視を担う責任が我々にあるのか?』という本音を隠し持っているのも間違いないと思います。これまでにも多くの人が改善を求めてきましたが、何も変わりませんでした。訴訟費用の負担などは大変ですが、今後も被害者の皆さんはGoogleを提訴すべきだと考えています。訴訟を起こすことでしか、Googleに猛省を促すことはできないでしょう」

A.I.の限界

 4月10日にはSNSなどに掲載される「なりすまし広告」の被害を受けている実業家の前澤友作氏と堀江貴文氏が自民党の勉強会に出席し、改善を強く求めたことも大きく報じられた。

 前澤氏は報道陣の質問に対し「シンプルにプラットフォームをまず規制するのがよい」と提案。これはGoogleを訴えた医師たちの問題意識と通じるものがあると言えるだろう。

「Googleの子会社が運営するYouTubeでも問題のあるCMが今も放送されています。GoogleはA.I.技術を活用することで、問題のある動画や広告を削除しようと注力してきました。しかし、A.I.には苦手な分野もあることが浮き彫りになったと言えます。例えば性的なコンテンツの問題点を見つけることは得意ですが、動画作品や広告から『これは人を騙そうとしている』という“意図”を読み解くことは苦手です」(同・井上氏)

 口コミの問題で考えてみよう。問題ある投稿をチェックするためには、NGワードを設定するのが現実的だ。しかし悪意ある投稿、誹謗中傷ばかりの投稿と言っても、差別用語や放送禁止用語が連発されるとは限らない。「あの病院の医師は常に態度が悪くて失礼です」という口コミが事実無根だったとしても、A.I.に真偽を判断できる能力はない。

Googleは営利企業

「A.I.が『なりすまし広告』の発見を苦手にしているのも、普通に投資を呼びかけるCMとの違いを判断できないからです。口コミの場合でも、A.I.は善意ある投稿も、悪意に満ちた投稿も、第三者の感想という視点からは同じだと判断してしまうでしょう。こうした問題点を突き詰めていくと、そもそもGoogleマップに口コミの機能が本当に必要なのかという根源的な疑問が浮かびます」(同・井上氏)

 飲食店や病院を対象にした格付けサイトで、正確な情報を提供しようと努力している運営企業は存在する。本当は専門の評価サイトを利用すればよく、Googleマップは口コミ機能を停止すればいいという話なのだ。しかしながら、そういうわけにもいかないという。

「民間企業であるGoogleは常に利益を追求します。今やGoogleマップは交通標識に匹敵する社会的インフラとなりましたが、そのサービスは社会貢献のため無償で提供されているわけではありません。以前から、マップの口コミ機能はネット広告との親和性が高いと指摘されてきました。Googleとしては、マップを使って利潤を生み出そうとするのは当然のことだとも言えます」(同・井上氏)

 またGoogleだけを悪者にするのはフェアではないだろう。やはり事実無根の口コミを撒き散らすユーザーの責任も問われるべきなのは言うまでもない。

病院に口コミは必要か?

「たとえ問題が全くない、善意に満ちた口コミだったとしても、その大多数は素人の単なる感想です。専門家による公平公正で客観的な批評とは全く異なります。Googleマップの口コミを読んでいると、『私たちお客さまは神様だ。だからサービス提供者には何を言ってもいいのだ』という消費者の傲慢を感じることもあります。口コミを投稿する人も、それを読む人も、もっと冷静にならないと、口コミによる被害者は増える一方だと肝に銘じるべきです」(同・井上氏)

 井上氏は「現実的な改善点として、Googleは飲食店と病院を同じサービス業として捉えることだけは、今すぐやめたほうがいいと思います」と言う。

「医療行為は人命と密接に関係しており、医師や歯科医師は高度な知見や専門的技能の持ち主です。ラーメン店に対する口コミですら、中には素人の勘違いが散見されます。まして病院ともなれば、素人である患者=消費者が安易に書いた感想が参考になるはずもないのです。Googleマップは病院を筆頭とする公共性や公益性の高い施設に対しては、口コミの投稿を禁止するのが現実的な改善策ではないでしょうか」(同・井上氏)

デイリー新潮編集部