4月15日、田原総一朗さんが90歳を迎えた。誕生日会には小泉純一郎さんや菅直人さんなど総理経験者から、三浦瑠麗さん、宮崎哲弥さん、山本リンダさんまで約280人が集まった。

 僕が初めて田原さんと会ったのは2012年のこと。当時は「若手論壇」なるものが若干のブームだった。田原さんも積極的に彼らと交流していたのだが、若手の方が先に消えてしまった。そもそも「論壇」自体が風前の灯火だ。

 よく林真理子さんが「古老は語る」と言って、昭和・平成時代のエンタメ界の舞台裏を話してくれる。最近では僕も「古老」として過去を解説することがあるのだが、これが難しい。年下の友人が安藤美冬さんを知らなかったので、何とか説明しようとしたのだがうまく伝わらない。

「スターバックスでMacを開いて仕事をすることが当時はノマドと呼ばれていて」と伝えても、友人はポカンとしている。「SNSを駆使してセルフブランディングをして」と言葉を重ねるほど「何を言ってるんだ」という顔になっていく。

 そりゃ安藤さんが「情熱大陸」に取り上げられた当時、僕たちもポカンとしたのでその気持ちは分かる。雑踏をかき分け、Wi-Fiを求めてさまようシーンから始まる「情熱大陸」は傑作だったが、あの面白さは同時代を生きた一部の人にしか伝わらないだろう。

 田原さん版「古老は語る」がいいのは、登場人物が有名人ばかりなので、誰もが楽しめること。田中角栄から厚さ1cmの封筒をもらった時、それを上手に返却した話など、落語のように何度聞いても面白い。

 誕生日会は2時間に及んだが、何とずっと誰かがステージ上でスピーチをしていた。歓談の時間などない(もちろん勝手に歓談が始まるので登壇者の話術が問われる)。田原さんも壇上にいて、時には討論が始まる。一応、お祝いのあいさつのはずだが、望月衣塑子さんは政治演説を始めてしまい、途中から田原さんは置き去りだった。さすがである。

 面白かったのは編集者の水口義朗さん。「田原くんとは今、けんかをしている」という話から始まったスピーチ。ちなみに水口さんは89歳で、田原さんと同学年。この年齢になってけんかのできる友人がいるというのは、うらやましい。

 パーティーが終わり、中森明夫さん、たかまつななさん、大空幸星くんでバーへ行った。遅れて望月さんもやって来る。いつもならまず一緒にならないメンバー。こうやって田原さんは意図せず人と人をつなぐ結節点になってきたのだろう。

 ところで今回のエッセイでは、いつにもなく固有名詞を多用した。多分100年後の人が読んだら意味不明だと思う。人名などの固有名詞を理解し合えるというのは、同じ時代に似た境遇を生きてきた証しともいえる。中森さんの命(めい)によって、大空くんが22世紀にこの誕生日会を伝えてくれることになっているが、何人の名前が残っているだろう。人生ははかないからこそ、誕生日は大事にしたい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

「週刊新潮」2024年5月16日号 掲載