今回の東京都知事選では、本筋とは別の話題が多い。序盤に注目を集めた、女性のセクシーな画像を用いたポスターもその一つだ。あまりにも政策論争と関係のないポスターは多くの批判を集めたが、実はこの種の手法、以前にも見られたのだという。全国の選挙をウォッチするのが趣味で『ヤバい選挙』(新潮新書)の著書がある選挙マニア、宮澤暁さんの特別寄稿。

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セクシーなポスターが大問題に

 今回の東京都知事選は選挙ポスターを巡って様々なことが起きており、世間の注目を大いに集めています。その中の1つに、河合悠祐候補が選挙ポスターにほぼ脱衣した女性の画像を使用したことが挙げられます。

 このポスターは世間の激しい批判を呼んだだけではなく、警視庁から東京都迷惑防止条例違反の警告を受け、河合候補が自主的にポスターを外す事態となりました。選挙活動の一環である選挙ポスターの内容に、警察が介入することが良いことなのか、という議論も呼んでいます。

 過去には海外で、脱衣した人を選挙ポスターに使用した事例がありました。日本に同様の候補者はいなかったのでしょうか。今回は過去の事例を紹介します。

男性脱衣ポスターは前例があった

 脱衣した男性の画像を選挙ポスターに使用した事例は、数年前にあります。

 今回の都知事選にも立候補している後藤輝樹候補は、2015年の千代田区議会選で模造と思われる日本刀を持ち、脱衣状態で大切な部分を文字で隠すという選挙ポスターを掲示しました。ネットを中心に話題を呼びましたが、今回のように大きな騒動にはならず、警察等の警告も確認されずに掲示されていました。なお、その後に立候補した選挙でもしばらく使用されています。

 また、ポスターではありませんが、後藤候補は16年と20年に立候補した東京都知事選では、政見放送で卑猥な言葉を連発しました。こちらは公職選挙法で規定されている「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ(略)いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない」という政見放送のルールに基づいて、音声部分がカットされています。

 後藤候補はこの音声カットを不服として裁判を起こしましたが、最終的にはこのルールの違反で敗訴しました。なお、20年の政見放送ではおむつ1枚だけを身にまとった姿でしたが、普通に放映されたことも付記しておきます。

女性の画像を使った候補は過去にも

 以上のように、「大切な部分」を隠しているものの、脱衣した男性の画像を選挙ポスターに使用した事例は比較的最近に確認されていました。一方、今回のように女性の画像を使用した事例は今回の他にあるのでしょうか。

 1980〜90年代頃に兵庫県の淡路近辺を中心として、無投票阻止などを掲げて各種選挙に何回も立候補していた影山次郎氏という人がいました。ローカルではあるものの地元の有名人的な存在で、94年の三原町長選(現・南あわじ市)と北淡町長選(現・淡路市)の2つの選挙において、選挙ポスターの一部に脱衣した女性の画像を用いています(なお、ここでも「大切な部分」は巧妙に隠されていたことが確認されています)。

 影山氏はその意味について「町長には女と金がつきものだと言いたかったから」と当時、取材に対して答えています。このポスターは町内各地のポスター掲示場に貼られ、選挙管理委員会に苦情が殺到しました。しかし、このようなポスターを規制するルールがないため、選挙終了まではがすことができませんでした。

 影山氏はこの町長選で、自らが設立した汲み取り会社の免許取得を訴え、バキュームカーを宣伝カー代わりに選挙戦を戦うなど、ポスター以外でも個性的な活動を展開。あえなく落選しています。

選挙終了まで手が出せなかった選管

 影山氏は同年に行われた兵庫県知事選において、「自分の主張に賛同する人はポスターを自由に掲示してほしい」と呼び掛けた候補者Aに接触し、候補者Aの主張と名前を記載したポスターを貼りたいと申し出ています。

 候補者Aは申し出を断ったものの、影山氏は自身とある議員が肩を組んでいる画像と、脱衣した女性の画像を使用して候補者Aの名前を記載したポスターを作成。それを勝手に淡路島や神戸市などに掲示したため、県選管に苦情が寄せられました。

 ポスターには掲示責任者などがきちんと明記され、法的には一応問題のないものだったため、はがすことができない選管は候補者Aに「善処」を依頼しました。しかし、候補者Aは勝手に貼られて迷惑しており撤去したいが、影山氏と連絡がつかないので困っている旨を述べ、世間に騒ぎを引き起こしています。

 以上ように、これらのポスターは大きな問題になったものの、選管が直ちに取り締まることはできず、選挙終了まで手が出せないという状況に陥りました。

ポスターの内容は規制できるのか

 今回のほぼ脱衣した女性の画像を使用した河合候補の選挙ポスターは、警視庁が警告を発し、河合候補が自主的にポスターを外すという事態になりました。また、このような画像を選挙ポスターに採用することはふさわしくない、規制することはできないのか、という意見も出ています。

 ただ、現在のルールでは、選管がポスターの内容に介入することは違法という状況です。75年に実施された埼玉県の加須市長選では、ある候補者の選挙ポスターの内容が不適切であるとして、選管が撤去や文言取り消しの警告書を発しました。

 それを受けて、候補者はポスターを修正することになりましたが、自分の意見を消されたとして裁判も起こしました。最終的には、選管に選挙ポスターの内容を審査したり取り消したり、修正を命じたりする権限はなく、選挙の自由公正が阻害されたとして選挙無効の判決が下ったのです。

 このように、現在のルールでは選管がポスターの内容に介入することはできません。ただ、選挙活動と称すれば、選挙ポスターで何をしても犯罪に問われないわけではありません。

名誉棄損で有罪になったポスターも

 公職選挙法では、当選目的で経歴や所属政党などで虚偽事項の公表を禁止しています。また、最近の選挙においては、選挙ポスターに候補者でもない他者の名誉を棄損する内容を記載した候補者に、名誉棄損として地裁で有罪判決が下った事例があります(この選挙ポスターは選挙期間中掲示され続けていました)。

 そのため、あまりにも卑猥なポスターを掲示した場合、何らかの罪に問われる可能性は0というわけではないと思われます。

 さらに今回の事態を受け、選挙ポスターのルールが改正される可能性があります。前述したように政見放送では、卑猥な言葉を連呼したとして音声がカットされた事例がありました。河合候補のポスターやNHK党によるポスター掲示枠「販売」などの事態を受け、ポスターにも政見放送のような規定を作るべき、という議論が発生する可能性は大いにあります。

宮澤暁(みやざわ・さとる)
1984(昭和59)年東京都生まれ。東京理科大学理工学部卒業後、埼玉大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。化学関連企業に勤務する傍ら、個性的な候補者や珍事件など変わったトピックスを扱う選挙マニアとして活動。Actin名義でブログや「選挙ドットコム」等に寄稿中。

デイリー新潮編集部