エースが放った「サヨナラ打」

 ついに開幕を迎えた第96回選抜高校野球。どのチームが決勝戦に進出するのか、興味は尽きないが、過去においても、決勝戦は球史に残る名勝負が何度も演じられてきた。【久保田龍雄/ライター】

 昨年、阪神の38年ぶり日本一に貢献した右腕・村上頌樹は、智弁学園エース時代の2016年にも、投打にわたる活躍でチームを頂点に導いている。

 智弁学園は前年秋の近畿大会では8強止まりながら、公式戦56イニングで66奪三振を記録した村上を中心に攻守にまとまり、優勝候補の一角に挙げられていた。

 1回戦の福井工大福井戦では、村上が10安打を浴びながらも粘りの投球で4対0と完封勝ち。その後も鹿児島実、滋賀学園、龍谷大平安を連破して、春夏通じて初の決勝戦に駒を進めた。

 相手は56年ぶりの優勝を狙う古豪・高松商。1回表、村上はいきなり無死一、三塁のピンチを招くが、併殺などで切り抜ける。2回には1死から自らの四球を足場に併殺崩れによる先制点に貢献。高松商の右腕・浦大輝も3回から7回まで1安打しか許さず、1対0の投手戦が続く。

 再三得点圏に走者を出しながら、村上に要所を締められていた高松商は8回、内野安打と犠打で1死二塁、3番・米麦圭造の中前タイムリーでついに同点。なおも1死二塁の勝ち越し機ながら、ここは村上が踏ん張る。村上は9回1死二塁のピンチも切り抜け、試合は1対1のまま延長戦へ。

 そして11回裏、智弁は2死から5番・高橋直暉が中前安打のあと、村上が浦の初球を叩くと、打球は中堅手の頭上を越えるサヨナラ打となり、悲願の初Vを達成。5試合669球を一人で投げ抜き、最後は自らのバットで栄冠を手にしたエースは「興奮していて、何も覚えていないんです」と半ば夢心地だった。

KKコンビを前に、下馬評は「まず勝ち目はない」

 PL学園の“KKコンビ”桑田真澄と清原和博は、1年夏から5季連続で甲子園に出場し、優勝2度、準優勝2度を記録した。KK以外にも超高校級の選手を多く揃えたチームは、当時「(セ・リーグ最下位の)ヤクルトより強いのでは?」の声も出るほどだった。

 そんな最強チームをセンバツの決勝戦で下し、初出場初Vの快挙を成し遂げたのが、1984年の岩倉である。

 前年秋の東京大会、明治神宮大会を制し、センバツでも8強以上が期待された岩倉は、1回戦で近大福山に4対2と競り勝つと、2回戦以降も金足農、取手二、大船渡をいずれも僅差で下し、全員野球で勝ち上がってきた。

 一方、PLは初戦の砂川北戦で大会新の1試合6本塁打を記録するなど、準決勝までの4試合で42安打35得点をマーク。準決勝の都城戦では、0対0の延長11回に敵失でサヨナラ勝ちと苦戦したものの、甲子園では春夏通算20連勝中で、下馬評も「まず岩倉に勝ち目はない」だった。

 だが、「今日ものんびり楽しく野球をやらせますよ」という望月市男監督の言葉どおり、ナインは積極果敢なチャレンジで、前半から走者を出し、押し気味に試合を進める。エース・山口重幸も変化球を低めに集め、ボール球を打たせる頭脳的投球が冴えわたった。

 両軍無得点のまま5、6回と試合が進むにつれ、岩倉ナインは「ひょっとしたら勝てるかも」と思いはじめた。

甲子園で唯一喫した完封負け

 一方、PLは「勝たねば」の意識が強くなり、7回無死一塁で、4番・清原が送りバント。マウンドの山口は「PLさん、焦ってるな」と、このとき勝利を確信した。精神的に優位に立った山口は、1死二塁から桑田を中飛、次打者も右飛に打ち取り、ゼロに抑えた。

 そして8回、岩倉は武島信幸の右翼線二塁打と四球で2死一、二塁とし、前日の大船渡戦でサヨナラ本塁打を放った2番・菅沢剛に打席が回ってきた。

 2回戦の京都西戦で右手親指の付け根を痛めた桑田は、終盤以降、球が高めに浮きだし、「狙っても当たらなかった」鋭いカーブも甘くなっていた。菅沢はカウント1‐1から真ん中高めカーブを狙い打ちし、見事右前に弾き返す。桑田から毎回の14三振を奪われながらも、ついに1点をもぎ取った。

 そして、山口が被安打1の1対0で完封。前夜、山口はPLに1対0で勝利し、捕手の浅見英祐と抱き合って喜ぶ夢を見たそうだが、ナインは「ひと桁安打に抑えられるのか?」と本気にしなかった。本人も「10点ぐらいは取られるかも」と覚悟して臨んだのに、終わってみれば、スコアまで同じ正夢に。KKのPLが甲子園で唯一喫した完封負けでもあった。

菊池雄星が率いた「花巻東」の激闘

 かたや東北勢初の全国制覇、こなた長崎県勢初の大旗をかけて決勝戦で激突したのが、2009年の花巻東対清峰である。

 試合は花巻東の最速152キロ左腕・菊池雄星、清峰の149キロ右腕・今村猛の投手戦となり、6回まで両チームともゼロを並べる。

 だが7回表、小さなほころびをきっかけに試合は大きく動く。たった3球で2死を取った菊池だったが、8番・嶋崎幸平をストレートの四球で歩かせてしまう。

 この下位打者への不用意な四球が、命取りとなる。直後、167センチの右打者・橋本洋俊が直球一本に狙いを定め、カウント1‐1から144キロ直球を思い切り振り抜くと、コースもやや甘く、中堅手の頭上を抜けるタイムリー二塁打となった。

 7回まで今村の前に二塁も踏めなかった花巻東も8回に3連打で走者を三塁まで進めたが、三盗失敗もあり、得点ならず。9回にも2死から菊池が中前安打を放ち、連打で一、二塁としたが、最後の打者が左飛に倒れ、1対0でゲームセット。左右の本格派対決を制し、3年前の決勝で横浜に0対21で大敗した先輩たちの無念を晴らした今村は「やっと終わったと思った」と会心のガッツポーズを見せた。

 一方、同点の二塁走者だった菊池は、本塁へ戻ってくると、無念そうにホームベースを見つめながら呆然と立ち尽くした。そして言った。「まだ野球の神様が練習不足と言っているのだと思う」。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部