同じ年生まれの国民的スターとして常に注目を浴び続ける大谷翔平と羽生結弦。好感度も極めて高い二人だったが、羽生に関しては否定的なコメントも見られるようになってしまった。一方で、今のところ大谷は情報発信でもパーフェクトゲームに近い状況を生み出せている。後編では羽生のナイーブさゆえの同情すべきエピソードを紹介しているが、前編では専門家に、その違いをマーケティング戦略の視点から分析してもらった。【前後編の前編】

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「大谷世代」「羽生世代」

 1994年生まれの戌年で、今年30歳を迎える大谷翔平と羽生結弦――。それぞれ球界とスケート界で頂点に立った二人が、初めて顔を合わせたのは今から8年前にさかのぼる。

 当時の羽生は2014年のソチ五輪で金メダルに輝き紫綬褒章を受章。大谷は日本プロ野球史上初となる「投手で10勝、打者で10本塁打」を同じく14年に達成していた。

 そうした活躍から二人は16年に「テレビ朝日ビッグスポーツ賞」の表彰式に招かれ初対面を果たしたわけだが、その時に大谷はこんなコメントを残している。

「常々、羽生くん世代だと思っているので、負けないように頑張りたいと思います」

 実は一昨年、羽生が現役引退を発表した際の緊急特番(テレ朝系)で、この大谷のコメントはVTRの形で紹介された。同番組に出演した羽生は、改めて感想を求められ、

「いや、僕は大谷世代なので」

 と殊勝に語ってみせた。

「羽生世代」「大谷世代」と互いをリスペクトしあっていた二人に、最近、人生の大きな転機が訪れたのは誰もが知るところだろう。

 羽生は昨年8月に結婚、11月に離婚を発表。

 一方、大谷は先月末に結婚を発表。当初はベールに包まれていたお相手についても少しずつ情報を公開し、今では名前も顔も広く知られることとなっている。

 その大谷と真美子夫人(27)が仲良く並ぶ写真が、ドジャースの球団公式SNSで初公開された今月14日(日本時間15日)、奇しくも高級ファッションブランド「グッチ(GUCCI)」は、羽生をブランドアンバサダーに任命したと発表。公式ホームページによれば、この就任について羽生は次のようにコメントを寄せている。

「ファッションの領域を超えて世界中の表現者 との絆を育んでいるグッチのコミュニティの仲間になることを、心から嬉しく感じています。長い歴史の中で、クラフツマンシップに情熱を傾け、類稀なクリエイティビティを発揮し、日本でも多くのファンを持つグッチの魅力を、これからも自分も学んでいきたいと思っています」

 優等生的なコメントと受け止める向きもいるかもしれないが、もともと羽生は、「炎上」などとは縁が薄いタイプだった。世界の頂点に立っても、謙虚な姿勢を保ち、コメントも常に適切で好感が持たれるものばかり。むろん、一定のアンチは存在したのだろうが、まったく目立つことはなかった。

 その”空気“が変わったのは、私生活の変化が大きく関係している。

 度肝を抜いた離婚発表

 振り返れば昨年8月4日、羽生は自身の公式SNSで〈この度、私、羽生結弦は入籍する運びとなりました〉とのメッセージを投稿して「結婚発表」を行ったが、顔や名前はおろか、お相手の素性に関する情報まで一切明かさなかった。

 忘れられがちだが、この時点では彼の秘密主義は批判の対象とはなっていない。地元紙が新婦の素性をスクープするまでは、少なくともほとんどのメディアがその意向を尊重していたといえるだろう。

 が、それから105日後の11月17日、彼は自身の公式SNSで「離婚発表」を行い、世間の度肝を抜くこととなる。

 スポーツ紙のデスクが解説する。

「羽生は結婚後、〈誹謗中傷やストーカー行為、許可のない取材や報道〉に思い悩み、〈お相手と私自身を守り続けることは極めて難しく〉離婚を決断したと弁明。最後まで結婚相手を〈一般人であるお相手〉と表現しましたが、実際の夫人は結婚前まで芸能界でも活躍していたバイオリニストでした。離婚後には『週刊文春』が彼女の後見人の話として、羽生のマネジメントを仕切る実母や実姉などからも、彼女が結婚後に〈一般人〉と称することを半ば強要されていたと報道。違和感を持つファンも多くいました」

 誹謗中傷やストーカー行為が許されないのは言うまでもない。また取材に許可は必ずしも必要ではないにしても、私生活を脅かすようなものであれば、思い悩むのも当然だ。

 ただ、結果としてこれらの発表は彼へのシンパシーを増すのにはあまり貢献しなかったようである。むしろこれまでにないタイプの批判を浴びることとなる。

 特にニュースそのものというよりも、それに対するコメント欄に批判的な意見が多く見られる事態となってしまった。

 ここにいかなる教訓があるのだろうか。

「小出しに情報発信」の有効性

「大谷さんも羽生さんもSNSで結婚を公表しましたが、その手法は大きく異なっていたと感じます」

 と指摘するのは、数々の大手企業の広告戦略、SNSマーケティング戦略の立案や実施に従事してきた桜美林大学准教授の西山守氏である。

「大谷さんの場合は少しずつ小出しに情報を発信していきましたよね。インスタグラムでの初公表時は日本人女性だと伝え、さらに囲み取材で自ら対応するとも書いた。どのタイミングでどんな情報を出せばいいかを、緻密に計画した印象を受けました。対して羽生さんのように相手の情報を全く出さないと、ファンが変に邪推したり、メディアが勝手に報道を始めたりと、事態の主導権を失ってしまうことになりかねません」

 ここでいう「主導権」の意味について聞くと、

「お相手のプライバシーを守りつつ世間の期待にも応えようと、大谷さんはメディアやファンが暴走しないようコントロール、つまりは主導権を握っていた。お相手とのツーショットでいえば、所属球団の公式Xを通じて公表したことで、夫婦がドジャースと良好な関係であることもアピールできていました。著名人が夫婦のツーショットを自ら公表すれば、お惚気(のろけ)や嫌味に捉えられてしまい、熱狂的なファンから反感を買う可能性もありますから」(同)

 対して羽生はといえば、

「羽生さんも事態をコントロールしたかったはずですが、お相手に関する情報を完全に秘匿したことで、ファンやメディアの間で消化不良が起きて、結果的に主導権を握り損ねたように見受けられます」(同)

 女性ファンの多いアイスショーを生業とする羽生にとっては、いつまでも孤高のイメージを守り続けたい。そうした思いが空回りしてしまったのだろうか。

 長い歴史を誇り、巨大ビジネスを運営しているドジャースとは異なり、ほとんど「家族経営」のような形でマネジメントが行われている羽生に、周到な戦略を求めるのは酷なのかもしれないが――。

 後編では、彼の人気と優しさが裏目に出た、故郷、仙台の「ずんだ餅」にまつわるトラウマについてのエピソードから、その情報発信戦略を読み解いていく。

「週刊新潮」2024年3月28日号 掲載