「今年もダメなんじゃないか」「中国での投資は無理」――。かの地の庶民がそう語るほど、中国不動産危機は底なし沼の様相を見せている。住宅ローンの繰り上げ返済が増加する中、一体何が問題の真因なのか。中国事情に精通し、現地でも取材を重ねたジャーナリストが迫る。(高口康太/ジャーナリスト 以下は「週刊新潮」2024年3月21日号掲載の内容です)

「無理すればぎりぎり買える」

 中国不動産市場の低迷が始まってそろそろ3年となる。20世紀末の住宅不動産取引自由化以来、これほど長引く不況はなかった。果たしていつ底を打つのか?

 投資家でない庶民は不動産市況の先行きをどう見ているのかが気になり、友人知人に話を聞いて回ったが、一番印象的だったのが、天津市に住むSさん(60代、男性)の話だ。

「今年もダメなんじゃないか。下がったといってもまだまだ高い。うちの隣のマンションなんて15年ぐらい前と比べて価格が6倍になった。高くなり過ぎたが、様子見してればさらに値上がりしてしまうから、みんな無理して買ってたんだ。不況で1割下がったってまだ高いよ。本音を言えば、半値になっても高いぐらいだ。だから、すぐに新居が必要な新婚さんで無理して買う人か、再開発で立ち退き、補償金をもらった人か、それぐらいしか買い手がいないだろう」

 不動産バブルというと、短期間で価格が爆発的に上昇した末にはじけるイメージだが、中国は違う。この20年ずっと、中国人が豊かになるのと同じようなペースで値上がりを続け、「無理すればぎりぎり買える」ラインを維持し続けてきた。

 必ず値上がりする。だから少しでも早く買った方がマシ、無茶なローンを組んででも買うしかない。毎月の住宅ローン返済額が月給を超えるような、いわゆる「房奴」(住宅ローン奴隷)も大量に出現した。

 これが値上がりしないとなれば話は変わる。値下がりを待ってもいいし、生活に余裕が生まれるまで購入を遅らせてもいい。

「早く買わないと損するからと競って買ったせいで値段が上がった。値段が上がるから、金持ちが投資目的で2軒目3軒目を買う。こういう人が消えたのだから、不動産価格が上がるはずがないよ」

 と、Sさん。庶民視点での中国不動産危機の解釈である。

普通の家を買うのは大変過ぎる

 ちなみにSさんは5年ほど前に脱法マンションを買った。家に入れてもらったが、外装も室内もきれいで、正規の住宅との違いは分からない。何が脱法かというと、住宅建設が禁止されている、農村扱いの土地に建設されたという点。取り壊されても不思議ではないが、政府も住民の反発を恐れてそこまでの強硬手段に出ることは少ない。とはいえリスクがあることは事実なので、価格は安い。普通の家を買うのは大変過ぎると、Sさんは脱法建築購入の道を選んだというわけだ。

「ローンを組んでちゃんとしたマンションを買っていたら、今ごろ値下がりでめいっていたかもしれない。脱法マンションでよかった」

 と、満足げだ。

 中国不動産市場の低迷はなぜ起きているのか。「値上がりしないなら、無理に買う必要がない」という買い控えが広がっていることに加え、「未完成住宅化という落とし穴」、そして「住宅在庫過剰」もある。

 中国政府は2020年夏に、不動産デベロッパーに対して「三つのレッドライン」と呼ばれる規制を導入した。簡単に言うと、債務を縮小しなければ新規融資を受けられないとの内容だが、目いっぱい借金をして、どんどんマンションを造るというイケイケドンドンの経営をしていた不動産デベロッパーにとっては全面的な方針転換を迫られる内容だ。先日、香港の裁判所から清算命令を受けた恒大集団(エバーグランデ)を筆頭に多くの不動産デベロッパーが資金不足に陥り、下請け業者への支払いができなくなって、マンションの建設が途中でストップ……という問題が多発している。

 有料版では、中国の知られざる「不動産危機」の構造を読み解き、その衝撃の裏側を高口氏がレポートする。

デイリー新潮編集部