英王室離脱から丸4年が過ぎ、現在は米カリフォルニア州の高級住宅街に“自宅”を構えるヘンリー王子。4月中旬には公的書類の「通常の居住地」を「米国」に変更した事実が英メディアで報じられ、「ついに英国と絶縁」などと書き立てられた。とはいえ、米国を終の棲家とするにも大きな問題があり、しかも政治がらみという厄介さで……。

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自叙伝に書かれた薬物使用歴

 ヘンリー王子の「通常の居住地」が「米国」に変更されたのは、エコツーリズム推進企業「Travalyst」が英国の企業登記局に提出した書類だった。この企業の代表はヘンリー王子こと「ヘンリー・チャールズ・アルバート・デビッド・サセックス公爵」。以前は「通常の居住地」を「英国」としていた。

 現在のヘンリー王子はカリフォルニア州モンテシートの豪邸が“自宅”のため、この変更は現状に即している。だが、「英国人」という立ち位置からすると、米国在留には何らかの法的なステップが必要だ。

 この変更が注目される以前から、英米ではヘンリー王子の米国在留資格に関する議論がヒートアップしていた。2023年1月に出版された自叙伝『Spare』には、過去の放蕩エピソードとして薬物使用に触れた箇所があり、出版後のインタビュー発言でも使用を認めている。米国は通常、薬物使用歴のある外国人の入国を許可しないため、なぜ米国に在留できるのか、ビザの種類は何なのかといった“謎“が注目されたのだ。

 この“謎”を問題視した保守系シンクタンクのヘリテージ財団は、国土安全保障省(DHS)にヘンリー王子のビザ申請書の開示を請求した。だが拒否されたため、2023年6月、DHSを相手取って開示請求の訴訟を起こした。

連邦裁判所が判断へ

 外から見る限り、この訴訟のポイントは米国の移民問題にある。ハーバード大学米国政治研究センターなどが行った世論調査で、バイデン政権の「最大の失策」第1位は「開放的国境政策と大量の移民流入」(44%)という結果が出るほど、米国にとって移民は喫緊の課題だ。

 訴訟の中心人物であるナイル・ガーディナー氏も、あくまでも問題は「DHSの行動と判断」とし、ヘンリー王子のビザ申請で便宜を図ったとすれば他にも同様の例があるのではないかと主張している。

 ガーディナー氏はヘリテージ財団内に設立された「マーガレット・サッチャー・センター・フォー・フリーダム」の所長で、2000年から02年まではサッチャー氏の外交政策補佐官を務めた。そのため訴訟に対する自身のモチベーションとして、英米は法の支配により国境を守り管理せねばならないというサッチャー氏の信念も挙げている。

 DHSは「ヘンリー王子のプライバシー」を盾に書類開示の免除を主張していた。だが今年3月、当該書類および公開で生じるであろう損害の詳細を連邦裁判所の判事に提出するよう命じられ、現在はこれを終えている。連邦裁判所はどのような判断を下すのだろうか。

米大統領選の行方次第では

 米国のリベラルと保守が作った渦に巻き込まれているヘンリー王子。となれば、必然的に11月の米大統領選がさらに渦を大きくする。

 共和党候補となることがほぼ確定しているドナルド・トランプ氏は、以前からヘンリー王子とメーガン妃に批判的だ。今年3月には英メディアに対し、自身が大統領となった場合、ヘンリー王子のビザ申請書類に虚偽があれば「適切な行動を取らなければならないだろう」と語った。一部メディアはこれを「国外追放の可能性を示唆」というトーンで報じている。

 これを受けて、バイデン政権側のジェーン・ハートレー駐英米国大使は同月下旬、英メディアに対し「バイデン政権ではそんなことは起こらない」と語った。するとヘリテージ財団はこの発言を「政権によるヘンリー王子擁護」とする分厚い文書を提出し、改めて“バイデン政権の不透明感“を批判。ヘンリー王子のビザ申請書類の開示を強く求めた。

 ヘリテージ財団は「もしトラ」と大統領令の復活を想定した人材募集サイト「プロジェクト2025」を立ち上げ、保守派を政権中枢に送り込もうとするなど、トランプ陣営への接近が顕著である。ただし、トランプ陣営側は一定の距離を置いているという報道もある。

 ヘンリー王子が米国で“政争の具”にされるのではという危惧は、2020年の移住当時から存在していた。夫妻の側から政治に首を突っ込むことはあっても、巻き込まれた末の表立った騒ぎはレアケースだ。この訴訟を「小競り合い」と表現する米メディアもあるが、当初の危惧が目に見える形で現実のものになった感は否めない。

相変わらず不明なビザ種類

 騒ぎを大きくする要因の1つは、ヘンリー王子に発給されたビザの種類が不明という事実である。「A-1」ビザと推測する専門家は多く、ある移民専門弁護士は「A-1の上位ではないか」とブログに綴っている。「A-1」は外交パスポートまたはそれに相当するものを所持する層(日本では皇族や閣僚等)に発給されるが、訪米目的は政府関連の公式活動などで自国を代表してのもの。上位の「A-1 Head of State」なら訪米目的は不問で、「身元調査も甘い」らしい。

 また「並外れた能力または業績」を持つ人物に発給される「O-1」ビザという推測もある。業績とはヘンリー王子が創設した傷痍軍人のための国際スポーツ大会「インビクタス・ゲームズ」や数々の慈善事業が相当するそうだ。「A-1 Head of State」と同様、更新を続ける限り永住権(グリーンカード)を取得する必要はない。

 グリーンカード取得済ではないかという説もあるが、英メディアは移民弁護士の見解として、現時点でその可能性は低いと報じた。「通常の居住地」が「米国」に変更された書類に「永住権」の言葉が使われていないことがその根拠だという。英国籍を抜けて米国籍となる市民権取得はさらに可能性が低いものの、もし決断した場合は英国での称号を捨てる必要があるという報道も多い。

 ヘンリー王子夫妻の新しい公式サイト「sussex.com」が公開された2月には、子どもたち2人の姓が「マウントバッテン=ウィンザー」から「サセックス」に変更されたという報道もあった。父が「サセックス公爵ヘンリー王子」、母が「サセックス公爵夫人メーガン」なら、子どもも「サセックス」を名乗るという判断だ。とはいえ、これからも米国の「サセックス一家」でいるのなら、父の在留資格に関する”謎“は早めに解決しておいたほうが得策だろう。

デイリー新潮編集部