3月30日、日本で初めてフォーミュラEのレースが東京e-Prix(イープリ)として開催された。「音がしないなんて」と言われるフォーミュラEだが、その分近くで見られる、首都圏開催が可能……など新たな可能性を開いている。実際、日本で公道封鎖で国際格式のレースが行われるのは初となる。日産自動車にチケットを提供いただいて観戦してきたので、初めて体験した『フォーミュラEの魅力』と、レースの結果について書いてみよう。

※日産自動車に観戦チケットを提供いただきました。

もし、フォーミュラEがF1より速くなる時代が来たらF1の意義はどうなるのだろう?

オイルの焼ける香りの代わりに、ハンダ付けの時に嗅ぐような電気系の焼けた匂い。

エキゾーストノートの代わりに、インバーターや回生モーターの発する甲高い音。

タイヤ戦略の代わりに、バッテリーマネージメントの戦略。

フォーミュラEの話をすると、音や匂いなど情緒的な面をもって「内燃機関のレースじゃないと」という人がいるが、おそらくそれは本質的ではない。F1の1チームにかかる金額は約200億円、フォーミュラEの1チームにかかる金額が約20億円と、金額スケール的には10倍の違いがあるという話を聞いた。

ドライバーもF1に乗る前の若手と、F1をリタイヤしたあとのベテランが乗るようだ。

では、十分なお金をかけて、超一流のドライバーが乗るようになって、F1マシンを易々と周回遅れにするようなフォーミュラEマシンが登場した時に、我々はどう感じルのだろうか?

現在、F1とは違う魅力を開発中

現状、フォーミュラEの運営者が採ってる戦略はF1とは違う。

まず、コストを抑え気味にして、車体はワンメイク(パワーユニットは独自設計)、ドライバーの違いが、勝ち負けに大きな影響を及ぼすようにする。

パワーも抑え目、音も押さえめにすることで、市街地開催を前提にし、観客席もコースのすぐ近くに設けられる。

「エキゾーストノートがない」という気にする人もいるが、観客席がコースの直ぐ脇に設けられることによろ迫力で、このデメリットは帳消しになっているような気がする。

溝があるからグリップが低い……というものではなにが、コンパウンドの質もスリックとは全然違うように見える。レーシングレインに比べて、雨も素晴らしくグリップしなさそう。

公道のグリップと、ハンコックのワンメイクタイヤが前提になるグリップの低さも、競技の過剰な先鋭化を抑制している。

反面、エンジンパワーを競うことはないし、過剰なスピードでコーナリングすることによる負担や危険も減っている。

狭い市街地を、車両同士が接近してタイトなレースをする。さらに、観客はそれをすぐ近くで見ることができる……これがフォーミュラEの大きな魅力になっていると思う。

その他にも、デュエル方式の予選や、アタックモードなどのゲームっぽいエンターテイメント性を高める工夫が施されており、それらが一体になって、フォーミュラEの魅力になっているのだと思う。

日産は22番がベテランのオリバー・ローランドと、23番が若手で日本でのレース経験の長いサッシャ・フェネストラズ。まずはこの2人を覚えておこう。

それを確かめるために、フォーミュラE 第5戦 東京E-Prixを観戦しに行ってきた。

分かりやすい『対決!』方式の予選!

予選は、A組、B組に分かれて出走。それぞれの上位4人がトーナメントに進む。

トーナメントに進むと、1対1の『デュエル』という予選方式に移行する。

たとえば、F1の予選を現地でタイムボードなしで何も知らずに見ていたら、何が起こったのか分からないまま予選が終わってしまうことだろう。

対して、フォーミュラEの場合、2台が出走し、その2台のタイムの比較で、どっちが先に進出するかが決まるので、現場で見ていても分りやすい(これとて、アストロビジョンがあるから分かるのだが)。

予選を勝ち上がる日産のオリバー・ローランドに、観客席が湧く!

そして、さらに盛り上がったことに、我々が応援している日産(日産に招待いただいたこともあるし、唯一の日本メーカーなので自然と日産を応援していた)のドライバーの1人、オリバー・ローランド(いぶし銀のイギリス人ベテランドライバーのようだ)が準々決勝、準決勝と順調に勝ち上がり、最後、マセラティのマクシミリアン・ギュンター(以前は日産系のフォーミュラEチームにも所属していたことがあるらしい)との抜きつ抜かれつ(タイム的に)の勝負を繰り広げ、わずか0.021秒差でオリバー・ローランドがポールポジションを獲得した。

昨日までは、恥ずかしながらフォーミュラEで誰が走ってるのかも知らなかった私だが、この頃には「がんばれ日産! がんばれローランド!」という気持ちになっていたのだから、こうやって記事を書いていることを含めて、我ながら「ニワカのクセに!」と思わなくもないが、そのあたり気軽に考えた方が人生は楽しい。

日産GT-RでスーパーGTを戦うKondo Racingの代表であり、スーパーフォーミュラを運営するJPRの会長を務める近藤真彦氏も観客席で観戦されていた。

日産のもうひとりの若手、サッシャ・フェネストラズ(日本でのレース歴が長く、日本語が堪能で、日本を第3の故郷だというフランス生まれ、アルゼンチン育ちのドライバー。若くてチャーミング)は、20番手に沈んだ。何か事情があったのかは現地では分からなかった(後の報道によると、前日のFP1のターン2のジャンプ後、ウォールに後輪をヒットさせたことが、響いたらしい)。

ポールポジションから先頭を走り続ける日産のローランド

開会式では、岸田首相と小池都知事が挨拶し、カーボンネットゼロへの想いを語った。その時流に乗ったから『日本初の公道封鎖レース』が実現したのだから、ありがたいことだ。

「タイトなコースで抜き所がないので、レースは予選が大事」という私の予想はだいたい当たっていたが、フォーミュラEにはそれとは別に戦略というか、考えねばならないことがあった。それが電費とアタックモードだ。

明日、フォーミュラE日本初開催(東京E-Prix)! お台場の公道で、EVが走る! 地上波放送あり!

明日、フォーミュラE日本初開催(東京E-Prix)! お台場の公道で、EVが走る! 地上波放送あり!

2024年03月29日

ルール詳細については昨日の記事をご覧いただきたいが、レースはポールから好スタートを決めたローランドが引っ張る、日産応援団大歓喜の展開。日産、母国初レースでの初優勝への期待が高まる(その分、ローランドへのプレッシャーも高かったことだろう)。

3番手スタートのエドアルド・モルタラ(マヒンドラ)が、ローランドに並びながら、チャンスをうかがう。

数珠繋ぎでレースが展開すると、アタックモードの使い方が難しい。アタックモードを使うためには、アクティベーションゾーンを通過する必要があり、そうすると順位を失ってしまう。

アタックモードにすると抜き返せる……というのが本来のコンセプトのはずだが、タイトな東京・有明特設コースでは、抜き返すのが難しい上に、アタックモードで電力を消費すると、最後まで電力が持たなくなる危険があるらしい。つまり、現状(コースによるのかもしれないが)ではアタックモードは使いどころが難しく、むしろ『アクティベーションゾーンを通過する』というハンデをどこで消化するか……ということになっているらしい。

先頭を疾駆する日産のローランドと、後を追うマセラティのギュンター。

ローランドはペースアップし、モルタラと差をつけてから2回のアタックモードを消化した。しかし電費の問題があり、後続に大きな差をつけることはできない。あとで、詳しい人に聞いて分かったことだが、先頭を走り続けたローランドは、後続に食いつかれ続けたことで、一番空気抵抗を受け続け、電力消費的に厳しい立場に追いやられていたのかもしれない。

中団のクラッシュとイエローフラッグが分けた明暗

そんな中、ローランドのアタックモード消費の隙を突いて、マセラティのマクシミリアン・ギュンターが首位に立つが、ギュンターはアタックモードを使うことで、再び3位に順位を落とす。

ローランドが先頭を押さえ、数珠繋ぎで続いていくレース展開。中位のドライバーも焦れてくるのか15〜20周の中盤頃にクラッシュが多発した。

トップのローランドの後ろに数珠繋ぎのレース展開。筆者は分かっていなかったのだが、この展開だと先頭で風を受けるローランドのバッテリー消耗が速い。

クラッシュでコース上に破片が広がり、20周目から23周目まではイエローフラッグで、セーフティーカーに押さえられてのスロー走行になる。

後続のクラッシュを受けてイエローフラッグ(追い越し禁止)が出て、レースペースはいったん下がる。この周回はあとで追加されるので、あらに電費が苦しくなる。

この展開もバッテリー消費に大きな影響を及ぼしたようだ。

再び、グリーンフラッグが振られて、レースが再開した時に、ローランドのバッテリーは38%、ギュンターのバッテリーは40%。さらに後続のドライバーにはもっと残量の多いドライバーも多い。

となると、予選からずっとトップを走り続けたのに、日産のローランドの初優勝に急に暗雲が立ちこめてきた。

アタックモードと電費の複雑な関係

ローランドはいったんトップを譲って、バッテリーを温存しようと思ったのか、2位に下がり、ギュンターがトップに立つ。

ここで、ギュンターの猛烈なペースアップにローランドがついていけなかったのが、勝敗を決した。

ギュンターが4コーナー外側のアクティベーションゾーンを通り、そのままトップでローランドの前に戻った。

ギュンターは1.7秒ほど差をつけて2度目のアタックモードを消化。ローランドの前でコースに戻った。ローランドは、電池の残量がなくついていくことができなかったのか(抑制しないとゴールできずノーポイントになるし、そのあたりはピットとのやり取りでコントロールしているらしい)、それとも運転技量的にギュンターのスパートが素晴らしかったのかは見ていて分からなかったが、ともかくここが天王山だった。

3位以下を押さえながら電力消費を抑えていたのか、ラストラップにはローランドがギリギリのアタックを繰り返し、日産応援席には歓声とため息が交互に訪れたが、最終ラップまでギュンターをかわすことができなかった。

ラストラップ! ローランドが残りのパワーを振り絞ってギュンターに猛然とアタックをかけ、何度も横に並ぶが抜き去ることはできない。

マセラティのギュンターは見事今年初の優勝を飾って、ポイントランキングを一気に5位に上げた。

ローランドはギュンターに譲らなければ勝てたのか? それともそうすると電欠に見舞われてノーポイントになってしまったのか? そもそも前半2/3の間先頭を走り続けたこと自体が電力消費という意味で敗因だったのか? 現地で観戦していると分からないところだった。詳しい人に解説して欲しいところ。

ゼロカーボンと、日本初の公道封鎖レースであることの意義

ローランドは日産の母国での優勝こそできなかったが、逆に勝たなかったことで「ぜひ日産の初優勝を見届けたい!」という気持ちを、我々ニワカファンに与えてくれたように思う。

優勝はギュンター。手前の白いスーツが小池都知事。

会場には、小池百合子東京都知事が訪れ表彰式でギュンターにトロフィーを渡したし、岸田首相もオープニングで「今日は東京の街を未来が、夢が猛スピードで駆け抜けます」と語った。日本で初めての公道レースが許可されたのも、政府の『脱炭素をアピールしたい』という思惑と一致したからだし、それとてフォーミュラEがスタートしてから10年かかったのだ。

しかし、一度、開催が成功したら、次年度の開催の可能性もグンと上がるし、将来的にはF1の日本での公道レース開催(F1も、最近ではターボエンジンと2期のモーターを組み合わせたパワーユニットを搭載し、カーボン・ネットゼロを目指している)みたいな可能性もチラついてくるのではないか?

日本で初めての、公道を封鎖してのレースには意義がある。

今回のフォーミュラE東京は、そういう意味で「蟻の一穴」を目指したイベントだったし、観客席の数からいっても収益性は高くないように思う。しかしながら、一度成功したのであれば、首都圏開催で多くの来場者を呼び込むレースを開催可能になるし、いろいろな可能性が広がっていくと思う。

「日産の初優勝を見届けたい」という気持ちが芽生えた

少なくとも筆者はフォーミュラEを楽しんだ。

まだ、レースとしての規模も小さいし(F1に比べれば……だが)、どういう方向に成長していくのか? というのもあるが、今後もEVの可能性の広がりとともに(世界的にはいろんな意味で純EVは減速している側面もあるが)、フォーミュラEが発展していくことは間違いないだろう。

2025年も東京での開催が決定しているらしいし、筆者としても「日産の初優勝を見届けたい」という気持ちが芽生えてしまった。ローランドにも、サッシャにもがんばって欲しい。

みなさんも、そんな気持ちでフォーミュラEを見て、日産ドライバーを応援してみてはいかがだろうか?

帰路。ビッグサイトの前から。交差点の手前には、一般車が走り、フェンスの向こうにフォーミュラEの熱狂の残り香がただよう。

(村上タクタ)

著者:村上タクタ