自民党政治刷新本部の会合で発言する岸田文雄首相(中央)=2024年3月7日、東京・永田町の党本部

 自民党の裏金問題に対して、「なぜ脱税で逮捕されないのか」などと国民の不満の声が上がっている。確かに、一般の国民であれば追徴課税、悪質な場合は逮捕もあり得る案件だが、なぜ国会議員は罰せられず、逮捕もされないのか。元国税局調査官の大村大次郎さんは「国税局は税務調査の権限があるのに、それを使っていない」と指摘する。その実態を聞いた。

――自民党の裏金問題をどうみていましたか。

 課税されるべき案件だとみていました。派閥からキックバックされたお金について、多くの自民党の国会議員が「使用していなかった」と答えていました。使われずに残ったお金は雑所得となります。雑所得は課税対象です。それにもかかわらず、納税していません。

 また、政治活動に使ったお金は非課税となりますが、本当に政治活動に使ったのか、調べる必要があると思います。私的なものにお金を使っていれば個人所得であり、課税の対象になります。

■政治家には昔からアンタッチャブル

――なぜ国税局は税務調査に入らないのでしょうか。

 単に政治家に遠慮しているだけです。「調査をしたらこうなる」というような具体的な圧力や危害があるわけではありません。ただ、国会議員は権力を持っています。調査をすれば自分が不利益を被る可能性が考えられます。捜査するとなれば、当然、上の承認が必要になってきます。事案によって変わりますが、政治家の存在というものが当然あります。

 官僚にとっては最終的なボスは政治家です。さらに言えば、政治家という存在が昔からアンタッチャブル(触れてはいけない存在)だからでしょう。政治家に対しては税務調査をしてこなかったし、しないという認識があるのだと思います。

東京国税局=東京都中央区築地5丁目

――国会議員には調査されない「特権」があるようにも見えます。

 特権があるわけではありません。ただ、実態として調査しない、かかわらないようにしているだけです。国税局は税務調査の権限を持っています。その権限を使っていないのです。政治家の会計については「たたけばほこりが出る」と言われています。特に今回の裏金問題は驚くほどずさんなものです。お金の出入りを管理するという会計の考えを完全に無視したものです。

 一般の企業であれば、1円も不明なおカネが許されないという世界です。それは税務調査があるからです。結局、ずさんな会計でも許されると政治家が思ってしまっている実態があり、国税局の姿勢が政治家のゆるみにつながっていると見ています。

――連座制など制度改革の議論が進んでいますが、どう見ていますか。

 連座制の議論もいいですが、その前にいまやれることがいくらでもあるはずです。先ほども指摘したように、国税局には税務調査する権限があります。アンタッチャブルな存在として触らないだけで、政治家に対して税務調査する権限があるのです。国税局はその権利を使って、企業に調査するのと同様に、政治団体に調査をすればいいのです。

■政治団体にも税務調査を

 一般の企業では4、5年に1回程度は、疑わしいことがなくても税務調査が入ります。政治団体にも例外なく、税務調査に行けばいいんです。国税局は調査をする権利も義務もあるということを、国民はもっと知っておくべきだと思います。

「政治団体は法人税が非課税なので税務調査ができない」と言われることもありますが、政治家の所得には所得税が課せられています。そのため、所得税の調査はできます。政治団体から政治家が受け取った金についても、所得税の調査で普通に調べることができるのです。

――税務調査をしない国税局に対して、国民の不満の声も上がっています。

 SNSでは「確定申告ボイコット」という言葉がトレンドに入っていました。納税者から見れば「やってられない」という気持ちが生じるのは当然ですね。マスコミもこの問題をもっと追及するべきです。国税庁は確定申告などを通じて国民と接する機会が多く、他の省庁と比べ、国民の声には敏感です。国民の批判の声が大きくなれば、国税局も重い腰をあげやすくなってくると思います。

自民党大会を前に森喜朗元首相(左)と話す岸田文雄首相=2024年3月17日、東京都港区

 過去には自民党元幹事長の加藤紘一氏や、元副総裁の金丸信氏に対し、国税局が重い腰をあげたことがあります。ただ、加藤氏の場合は、加藤の乱のあと、政治的な権力を失ってから脱税容疑で国税局の調査が入り、金丸氏については闇献金問題で世論の批判を受けて国会議員を辞めてから検察が動いています。

――政治家が政治団体に寄付する形で相続税を逃れているといった批判が出ています。

 事実上の相続だったとしても、法律上、政治団体に寄付したとすれば、自分の資産を子どもに相続税を払わずに相続させることができます。政治団体が法律の抜け穴になっています。また、選挙区、後援会といった「地盤」を引き継ぐときにも相続税がかかっていません。

 相続税法では金銭的な価値があるものはすべて相続税の対象となります。地盤にはその国会議員に対する支持=票があります。国会議員になるには、数十億円単位のお金が必要になると言われており、地盤に金銭的な価値があるのは明らかです。

■相続税がかからないことが世襲議員増加の原因にも

 例えば会社を相続した場合、会社の信用力も引き継ぐことになります。信用力は株価に入っていると考えられ、相続税がかかります。会社の信用力と政治家の支持は同じように考えられます。世襲政治家も地盤を引き継ぐ場合は、相続税を払うべきです。

 国会議員には相続税がかからないという問題が、世襲議員の増加をもたらしたと私は見ています。新たに政治家になろうとしても莫大(ばくだい)なおカネがかかるため、新しい政治家が入ってくることができないのです。

 実は、現行の憲法下で戦後から平成になるまでに就任した首相15人のうち、世襲政治家は鳩山一郎氏だけと言われています。しかし、平成以降に首相となった19人のうち11人が世襲政治家です。「失われた30年」と言われていますが、世襲議員の増加と日本の衰退はリンクしていると見ています。

――実態として相続されているのであれば、政治家から相続税を取ることはできないのでしょうか。

 それはできません。法律でそういったお金の流れを認めているからです。法律自体が政治家の特権を形成しています。この問題についてはアンタッチャブルだから触れないのではなく、法律の問題でとれなくなっているのです。相続税優遇制度を廃止する必要があるでしょう。

――最後にこの状況を変えるために重要なことはなんでしょうか。

 これまで話したような実態を国民が知り、声をあげる必要があると思います。そして国政選挙で民意を示す必要があるでしょう。

(聞き手/AERA dot.編集部・吉崎洋夫)